第五百三十二夜 おっちゃんと名産品の販路
造られたジャムは西に運ばれ、バレンキストの街に到達する。
砂糖商人がバレンキストから砂糖を運ぶついでに、ビアンカからの手紙を運んできてくれた。中身を読む。
手紙には苺ジャムを使ったパンを造った。だが、事前の予想に反して、評判はいまいちだと書かれていた。
(何や。人間には不評か。味はええんやけどな)
キヨコがお茶を淹れながら柔和な顔で訊いてくる。
「貴方、そんな難しい顔して、どうしたの? あまり良くない知らせ?」
「ホレフラ村の苺ジャムを使ったパンが、いまいち売れておらんようや」
キヨコがやんわりと告げる。
「初めから、何でも上手くいくとは限らないわ」
「そうやな。でも、何か手を考えんといかんな」
ハウルがやって来たので、お茶をご馳走して、話を聞く。
「どうや? 苺ジャムを買いたいお客は見つかったか?」
ハウルが冴えない顔で謝った。
「申し訳ありません。やはり、呪われた密林のジャムだと知ると、手が伸びないようです」
(異種族も駄目か。これは、ちと売り先が限られるかもしれん)
「なら、密林に住んでいる種族はどうや。密林には猿人と蟻人が住んでおるやろう」
ハウルは澄ました顔で答える。
「猿人と蟻人ですか? 両方とも、私の得意先にはありませんね」
(何や、モルモル族と猿人は取引がないのか。これは期待が持てるで)
「猿人の住む村の隣には大きな湖がある。水脈物流で行けるやろう」
「行けることは行けますが、猿人は、あまり外からの商人を歓迎しません。また、甘い物も好む、との話も聞きません」
「なら、蟻人はどうや? 蟻人は甘い物が大好きや。猿人村には飛竜商人がいる。飛竜商人を通して、蟻人に苺ジャムを売り込めんやろうか?」
ハウルの表情は渋かった。
「可能かもしれませんが、果たして猿人が引き受けるかどうか」
「よし、なら、わいが酋長と話を付ける。ハウルはん都合の良い時に連れて行って」
ハウルが明るい顔で誘った。
「それでしたら、これから行きますか。私共も、猿人に対して交易路を持てるものなら、持ちたい」
「なら、さっそく行こう。待っていてくれ、サンプルをすぐ用意する」
おっちゃんはジャムのサンプルを持つと、ハウルと一緒にメダリオス河に行く。
ハウルが呪文を唱える。操舵輪が着いた全長八m幅三mの気泡に包まれ木製の小舟が川底から現れた。
気泡が割れて、船に乗れる状態になる。
「これが水脈物流用の船です。さあ、これに乗って、猿人村まで行きましょう」
おっちゃんが船に乗り込むと、船が気泡に包まれた。
船はゆっくりと水中に沈んでゆく。船が完全に水中に没すると、魚のように船が水中を進んでいく。
「この水脈の中を移動できる船って、どれくらいの速度が出るの」
「速度は結構、出ますよ。好条件が重なれば四十ノットくらいでます。船の値段もいいですけどね」
「そうか。山越えとか、問題ないの?」
ハウルが機嫌よく説明する。
「船は小さくなれるんです。水脈が繋がっている場所であれば、地形の起伏が関係なく進めるのが利点です」
「ホレフラ村から猿人の住む湖まで、どれくらいや」
「片道四時間くらいでしょうか」
「『瞬間移動』ほど便利やないけど。荷物が積めるのが大きいな」
ハウルが気分もよく語る。
「猿人と交易ができるようになれば、安く薬草や果物を仕入れられるので魅力ですね」
「猿人村の付近の薬草や果物って、呪われていないの」
「それが、呪われていないんですよ。呪われていないから住めるんですけどね」
(呪われた密林、不思議な場所やな)
それから、雑談をして、途中に軽く休憩を摂る。
気泡の外の色が、黄色い水から段々と透明になってくる。
水が透明になってから一時間ほどすると、ハウルが声を掛ける。
「そろそろ猿人村の隣にある湖です」
船が上昇を始めると、気泡に包まれた船は湖に出た。船がゆっくり湖岸に向かうと、猿人の姿が見える。
猿人は人間と同じ大きさの、二足歩行する猿である。船が見えると、猿人が顔を歪めているので、おっちゃんは笑顔で手を振る。
猿人村近くの洗濯場のような場所に船を泊めて、ハウルと船を降りる。
武器を持った猿人の六人の戦士が、険しい顔でやって来た。
(ハウルはんの言うとおりや。歓迎されてないのう)
気にせず、声を掛ける。
「お久しぶりです。おっちゃんいう冒険者ですが、族長のドドンガはんに会いにきました。お互いに利益になる話を持ってきました。お取次ぎをお願いします」
おっちゃんが名乗ると戦士の一人が思い出した顔で、残りの五人に何やら声を掛ける。
(幸先ええね。わいを知っている猿人が、おったようやな)
猿人の戦士の顔から、険しさが取れる。
「ちょっと、ここで待て」と指示される。
ハウルが不安そうな顔で話し掛けてくる。
「大丈夫ですか、おっちゃん? 何やら警戒されていませんか?」
「武器を向けられんかったんや。心配ないやろう」
革鎧に身を包んだ、三十代後半の男の猿人が出てくる。
「族長代理のガガンボだ。族長のドドンガは、会合に行って会えない。用件があるなら、代わりに聞こう」
おっちゃんはサンプルのジャムの入った壺を渡す。
「ホレフラ村で作っている、甘くて香り豊かなジャムです。これを買いませんか?」
ガガンボはジャムの匂いを嗅いで、一口だけ舐めると、吐き出した。
ガガンボは怒った。
「お前、これは呪われた苺を使っておるだろう!」
「へい。でも、呪いは独自製法で抜いています」
「本当か?」と、ガガンボは険しい顔で疑った。
おっちゃんはジャムの入った壺を戻してもらい、ガガンボの目の前で口にする。
「本当ですわ。ほれ、この通り、普通に喰えます」
ガガンボの表情は険しかった。
「しかし、呪われた苺のジャムは買えないな」
「なら、委託販売でも、ええです。甘い品なら蟻人が買うてくれますやろう」
ガガンボはちょっと考える仕草をする。
「甘い物好きの蟻人なら、買うかもしれないな」
「なら、生産はホレフラ村がやる。猿人はんの村までの運搬はモルモル族がやる。販売は猿人はんがやる。これで、どうでっしゃろ」
ハウルが、にこにこ顔でガガンボに勧める
「委託販売形式ですが、ジャムの品質にはホレフラ村が責任を持つという条件なら、リスクも低いかと思います」
ガガンボは難しい顔で話を進める
「わかった、サンプルをいくつか置いていってくれ。族長と相談してみる」
(自分たちやなく、蟻人が喰うなら問題ない、と判断してくれたようやな)
「よろしゅう、お願いします」
おっちゃんはサンプルをガガンボに渡すと、ホレフラ村に戻った。
ハウルが別れ際に、笑顔で告げる。
「ジャムの委託販売を猿人が引き受けてくれると、いいですね」
「そうやなあ。あとは蟻人が気に入って買ってくれるといいんやけど」




