第五百三十一夜 おっちゃんと変わり行く村
おっちゃんはレヴァンにランテンの木がある場所を村人に教えるように頼む。
村人は実の成らない木の場所を覚えるのに、あまり乗り気ではなかった。
「成功すれば村を支える産業になる。信じて従いてきてほしい」
お願いしても村人は信用しない。それでも、ワー・ウルフの村人は人間に儲け話を取られる状況は嫌だった。ワー・ウルフの村人はランテンの木の場所をワー・ウルフの村人だけの秘密にしていた。
(これは仕事の切り分けが必要かもしれんな。苺ジャム作りは人間が、喉飴作りはワー・ウルフに振ったほうが、スムーズに進む)
呪われた苺は繁殖力が強く、冬でもわさわさと実を付けた。
おっちゃんは呪われた苺を摘み、解呪の井戸水に晒して呪いを抜く。あとは、蒂を取って、鍋に砂糖と一緒に入れて煮てジャムを作った。
(ここまでは問題はない。あとは、味やな)
ジャムを作ってクッキーに載せて食べる。
ジャムは苺の香を残しており、とても美味しかった。
キヨコと一緒にお茶請けにしてジャムを楽しむ。
「美味しいジャムができた。これが売れれば、この村は大いに助かる」
キヨコの顔に笑顔が浮かぶ。
「ほんとうに美味しいわ。あとは、どうやって、誰に売るか、ね」
「そうやねん。呪われた苺を使うておる事実は消えん。うまく売り先を探すことが大事や」
おっちゃんは、作ったジャムを使ったお菓子で、村人を招いたお茶会を開いた。
お茶会には、人間の村人しか来なかった。
(苺栽培には人間のクレタスはんが関わっているから、やはり、こうなるか。残念やなあ)
お茶会に来た人間は、おっちゃんの作ったジャムを偽りなく褒めた。
クレタスも驚いた顔で賞賛した。
「呪いが消えて本当に美味しいジャムになっている。こんなことが、あるなんて」
でも、村人はジャムの原料となる苺の栽培に一緒に手を出す決断には、二の足を踏んだ。
それでも、呪われた苺の栽培は手が掛からないので、四軒の農家が手を挙げた。
お茶会のあとにハウルがやって来た。にこやかな顔で、毒蛇べムボルトの毒が入った瓶を渡す。
「どうです。美味しい苺ジャムの作成には、成功しましたか?」
「成功したで。あとは、販路を切り開くだけや」
「よろしければ、協力しましょうか? サンプルをいくつか貰えれば得意先を当ってみます」
「おや、心境が変わったんか?」
ハウルが意味ありげに微笑む。
「実は少しお願いがありまして。よろしいでしょうか?」
「何や、交換条件か? ええで。販売先を探してくれる条件は何?」
ハウルが控えめな態度で告げる。
「ジャムを作るのなら、砂糖をお使いなりますよね」
「砂糖を売ろうと考えておるんか? 残念やけど、もう、購入先はあるで」
ハウルが困った顔で、首を横に振った。
「違います。私どもにも、砂糖を売ってもらえないでしょうか」
「ええけど、わいから買うより、産地のバレンキストに直接に買い付けに行ったほうが安く買えるで」
ハウルが弱った顔で申告した。
「実はバレンキストの砂糖商人から少々嫌われてしまいまして、砂糖を売ってもらえなくなったのです」
「何をやったんや?」
「水飴を安く売りすぎました。それで、砂糖商人から嫌われました」
「それ、ちょっとやちょっとの量やないやろう」
ハウルの眼が泳いで、口調も歯切れ悪くなる。
「まあ、砂糖価格に影響するほどと、申しましょうか」
(何でも、やりすぎは、良くない。せやけど、これはホレフラ村にとってはチャンスやな)
「ええで。大量には無理やけど、少し多めに仕入れて、こっそり売ったるわ」
毒蛇ベムボルトの毒を渡してくれたので、代金の代わりに砂糖で決済する。
希釈した毒の水を、レヴァンと一緒に撒いた。レヴァンは懐疑的だった。
「本当に毒蛇の毒で、実がなるのかね。おっちゃんは騙されたと思うよ」
「騙されたかもしれん。でも、まずは、人を信じてやってみることが大事や」
レヴァンは難しい顔でぼやいた。
「まあ、森に毒蛇を放すわけではないから反対はしない。だが、ヘビの毒で実をつける木なんて、聞いた覚えがないな」
「それを言うたら、舐めたら魔法のような効果が出る喉飴かて、聞いた記憶がないやろう」
「おっちゃんの言うとおりだ。漁具が壊されず、サラドンが喰えるようになったから。信じてみるか」
「もう、信用ないな」
後日、砂糖を売りに来た商人がいたので、お願いする。
「ジャムの生産量を増やす予定ができた。だから、砂糖の購入量を増やしたいんやけど、砂糖をもっと運べるか?」
砂糖を運んできた商人は、笑顔で請け負ってくれた。
「可能ですよ。バレンキストでは砂糖価格が下がっているので、量の確保は問題ないです」
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『おっちゃん冒険者の千夜一夜』の三巻は本日発売です。
三巻発売にあたって重要なお知らせがあります。詳しくは活動報告の
『【重要なお知らせ】『おっちゃん冒険者の千夜一夜』三巻(発売前日)』をご覧ください。