第五百三十夜 おっちゃんと次なる産業(後編)
おっちゃんは『瞬間移動』でカルルン山脈を越える。カルルン山脈にいるゴークス族に会いに行った。
ゴークス族とは人の体に山羊の頭を持つ種族である。だが、人間とも交易を持つ異種族だった。
村の入口には周囲百mの石造りの交易所があるので顔を出す。
「今日は、お願いがあって来ました。ランテンの木に実を着ける方法を教えてほしい」
ゴークス族の商人は、つんとした顔で突っ撥ねた。
「それは簡単には教えられないね」
「教えてくれたら、情報提供料を払います」
ゴークス族の商人は冷たい顔で拒絶する。
「あんたは人間の冒険者だろう。だったら、自分で調べるんだね」
(これは、正面から行っても駄目やな)
おっちゃんは麓の街のバルスベリーに顔を出して、友人のセサルを訪ねた。
セサルは、薄いオレンジ色の肌をした青い髪の三十くらいの男性だった。服装は灰色のローブを着て足が少し悪いので、足を引きずるようにして歩く。
「こんにちは、セサルはん。ちと、助けてほしい」
セサルが愛想よく応じる。
「久しぶりですね。いいですよ。今度は、何を調べてほしいんですか?」
「ここから西に行った場所に、ホレフラ村がある。その村の南には立ち枯れた森があるんやけど、ランテンの木だけ無事やった。このランテンの木に実を着けさせたいんや」
セサルは、おっちゃんが次にやりたい内容を理解した。
「なるほど。上手くいけば、ホレフラ村でも伝説の喉飴と同じ物ができますね」
「そうや。今そのホレフラ村を救わなならんねん」
「時間と費用が掛かって良いなら、調べてあげましょう」
おっちゃんは金貨を払うと、セサルに調べ物を依頼した。
「よろしゅう頼むわ」
一週間後、セサルの家に『瞬間移動』で顔を出す。
セサルが明るい顔で待っていた。
「おっちゃん、だいたいの理屈は、わかりました」
「ほんまか? ランテンの実を成らせるには、何が必要なんや?」
セサルが知的な顔で説明する。
「百倍に希釈した、毒蛇ベムボルトの毒です。ベムボルトの毒は人や動物には有害でも、植物には無害です」
予想できた難題だった。
「やはり、そうか。となると、入手は難しいな」
「ただ、あの大きなゼナ・ベムボルトではなく、ただのべムボルトの毒でも、小さいですが実は成ると、文献にありました」
「でも、森に毒蛇を放すわけにはいかん。毒はバルスベリーからの輸入になるな」
セサルが雲った表情で意見する。
「そうなりますね。カルルン山脈を越えて運ぶとなると、高く付きますが」
「陸路で運ぶとなると、ランテンの木が実を付けても利益が出るかどうか厳しいな」
「そこは商売の問題なので、私は何ともアドバイスできません」
セサルに申し出た。
「あと、伝説の喉飴の秘伝のレシピやけど、それを基にホレフラ村でも伝説の喉飴を作っても、ええ? もちろん、レシピの代金は払う」
セサルが柔和な笑みを湛えて応える。
「お金は要らないですよ。もう、レシピは公開したも同然ですから」
おっちゃんはバルスベリーを出ると、『瞬間移動』でホレフラ村の家に帰る。
家にはお客さんがいた。お客さんは椅子に座り、テーブルを挟んでキヨコと談笑をしていた。
客人の身長は百五十㎝。フード付きの厚手の青い上下の服を着ていた。
(はて、誰やろう? キヨコの知り合いか)
「ただいま、帰ったで。お客さんか?」
お客さんが振り返る。お客さんは白い肌の二十代後半の男性だった。髪は白く短く、緑色の眼をしていた。お客さんはモルモル族と呼ばれる異種族だった。
(東大陸にいるんやな、モルモル族)
モルモル族の男性が椅子から立ち上がり、丁寧に挨拶する。
「こんにちは、村長さん。私はモルモル族の行商をしているハウルと申します。何か、ご入用の品は、ありませんか」
「異種族の行商人か。誰かの紹介か?」
ハウルは笑顔で申し出る。
「ビアンカ様からの紹介です。是非、ホレフラ村に寄ることがあったら、村長宅を訪ねるようにとのお願いがありました。なので、寄らせてもらいました」
「ハウルはんの商売は陸路? 水路?」
ハウルは、感じのよい笑顔で応じた。
「水路でございますが、多少は水脈から離れた場所へも出張いたします」
(水脈物流を使うたほうが、安く上がるかもしれんな)
「そうか。なら、カルルン山脈を越えて、品物を運べるか?」
ハウルは明るい顔で話を進める。
「カルルン山脈の地下には水脈が走っているので、可能でございます」
「なら、難しい品を注文して、ええか?」
ハウルは気負うことなく申し出る。
「相応の対価を払っていただけるのなら、たいていの仕入れは可能です。それで、何を仕入れてきましょう」
「毒や。カルルン山脈に棲息する毒蛇ベムボルトの毒を、仕入れてきてほしい」
ハウルがおっちゃんの注文に怯んだ。
「難しい注文ですが可能です。ですが、その毒蛇ベムボルトの毒は何に使うおつもりですか」
「何にって、木の肥料にするんや。この特別な肥料があるとランテンの木に実が成る」
ハウルが明るい顔に戻って、ソロバンを出して弾く。
「では、ワイン・ボトル一本分を、このお値段でいかがでしょう」
おっちゃんは金額を確認する
「結構、ええ値段がするやん。これ以上は安くならんの?」
ハウルは澄ました顔で、ぴしゃりと発言した。
「これ以上の値引きは無理でございます」
「初回取引やし。お互いに、やってみなければわからん内容もある。その値段で買うわ」
ハウルは行儀良く頭を下げた。
「ありがとうございます。では、手に入り次第、お持ちします」
ハウルが帰ろうとしたので、引き止める。
「ほな、待っているわ。あと、まだ話があるねん」
「はい、何でございましょう?」
「村で名産品として、苺ジャムを作る予定があるねん。よかったら、買わへんか?」
ハウルは、やんわりと拒絶した。
「品物が品物だけに、呪われた苺から作るジャムはちょっと」
「呪いは解くで」
ハウルが冴えない顔で拒絶した理由を伝える。
「そうは仰られても、万一、呪いが解けなかった品が混入した場合を考えると、怖くて買えません」
「そうかー、なら、無理にとは頼まんわ。なら、喉飴はどうや。呪術詩が歌えるようになる喉飴や」
ハウルの顔が輝く。
「喉飴でしたら、買わせていただきます」
「なら、商品化できたら声を掛けるわ」
ハウルが元気良く頼んだ。
「これからは、定期的に村に寄らせてもらうので、完成したらお声をお掛けください」
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