第五百二十九夜 おっちゃんと次なる産業(前編)
呪いの苺から呪いを解く方法は見つけた。だが、苺は日持ちしない。他の街に運ぶ間に傷んでしまう。名産品として他の街に売り込むには、あと一工夫が必要だった。
(簡単な加工品は乾燥苺やけど、乾燥させたら風味が飛ぶし味も落ちる。とすると、苺酒か、ジャムにしたほうがええか)
砂糖は東大陸のバレンキストの名産品である。
バレンキストとは道が繋がっているので、砂糖を輸入できた。
(苺酒を造ろうにもホレフラ村は水が悪い。また、醸造倉がないから難しいな。それに苺酒なら、酒を飲まん人間は手に取りづらい。まずは、より多くの人に受け入れられそうな、苺ジャムで行くか。そんで、余裕が出てきたら苺酒を考えよう)
クレタスから苺の苗を買う。村人は「呪われた苺だから」との理由で触るのを躊躇った。
しかたなく、おっちゃんはキヨコと一緒に、農作業をする。
畑に土を高く盛って高い畝を作る。畝に河原から石を拾ってきて嵌める。畑に六段の石垣を作り、水捌けを良くする。
ホレフラ村は降水量が少なく、畑には河から水路で水を引いていた。なので、畑に入る水路の水は止めておく。
それでも、雨が降って苺に余計な水が掛からないように、木の板で石垣の上に雨避けの簡単な天井も作っておいた。
苺畑ができると、キヨコが明るい顔で感想を口にする。
「これで苺畑は完成ね。この村は雨が少ないそうだから、よい苺ができるといいわね」
「呪われた苺は冬でも実がなる、異常に育て易い苺や。繁殖力も普通の苺の比やない。水にさえ気を付けてやれば、苺栽培は成功するはずや」
キヨコが複雑な顔で相槌を打つ。
「呪われた苺を栽培するって、妙な気分ね。ランナーもぐんぐん伸びていくようだし、実もたくさんなるから、管理に人の手が必要ね」
「そうやねん。育たなくて困るが、育ちすぎても実がならんランナーだけが畑の外に出ていっても困るねん。だから、村人には是非とも協力してほしい」
「大丈夫よ。手を懸けただけ、収穫量が上がるとわかれば誰でも一生懸命に世話をするわ」
おっちゃん畑に苺の苗を植えていた。
「苺栽培が上手くいくと、ええんやけど」
キヨコは、にっこりと微笑む。
「やってみて駄目だったら、また別の手を探しましょう。きっと手はあるわ」
「せやなあ。何事も、挑戦する心構えが大事や」
「そうよ。一度で駄目なら二度、二度目で駄目なら三度やればいいのよ」
休憩を摂っていると、機嫌の良い顔をしたビアンカがやって来た。
「ちょうどええところに、ビアンカはん。ちと、聞きたい。今の砂糖相場って、どんなもの?」
ビアンカの実家は砂糖伯爵と呼ばれるほど、広大な砂糖大根の畑を持つ貴族だった。
ビアンカが明るい顔で答える。
「おっちゃんがバレンキストにいた時より、砂糖がたくさん採れるようになったわ。だから、砂糖相場は大きく下がったわよ」
「実はなこの村の名産品として、苺ジャムを作ろうと思うとるねん」
ビアンカは驚いた顔で尋ねる。
「苺って、この村で苺なんてできるの?」
「密林から呪われた苺を持って来て苗を作る。その苗から苺を作って呪いを抜くんや。そうすれば美味しい苺ができる。その苺でジャムを作ろうと思っている」
ビアンカが明るい顔で告げる。
「呪いが解けた美味しい苺なら、商品になるかもしれないわね。なんなら、その苺を売るのに協力しようか?」
「何かアイデアがあるの?」
ビアンカが爽やかな顔で教えてくれた。
「伯爵家のパン職人にガルシアがいたでしょう。ガルシアが新作のパンで悩んでいるのよ」
「新作として、苺ジャムを使ったパンを考えてくれるんか。そら、嬉しいな」
「でしょ? うまく行けば、バレンキストにも新たな名物ができるわ」
苺ジャムを使パンがバレンキストで流行るとする。そうすれば、砂糖を売りに来た商人が帰りに苺ジャムを買って帰る希望が持てた。
おっちゃんの苺畑はできた。苺の畑の管理は村人に手間賃を払ってお願いした。
最初、村人は呪われた苺を触るのを躊躇った。だが、おっちゃんが触っても何でもないとわかると、不承不承で手伝ってくれた。
「さて、苺ジャムの試作の準備はできた。だが、これだけやとちと不安やな」
おっちゃんは村人に尋ねる。
「枯れた森に詳しい人間ってこの村におるか?」
村人が教えてくれた。
「レヴァンさんが前は木の伐り出しをしていたよ」
おっちゃんはレヴァンの許を訪ねた。
「ちと、訊きたいんやけど。村の南に枯れた森があるやろう。あれの活用法ってないの?」
レヴァンは険しい顔で意見する。
「水が戻ってきて、森が元に戻る兆しはある。だが、木は一年、二年では育たないぞ」
「そうやろうね。なら、今ある枯れた木の利用法ってないの?」
レヴァンは諦めた顔で告げる。
「森の木は柔らかい。長い乾燥によりすぐにボロボロになった」
「茸の栽培には使えんか?」
レヴァンが苦い顔で忌々しげに語る。
「木にメダリオス河の水を掛けて茸の胞子を播いた。だが、茸は育たなかった。おそらく、水が悪いんだ」
「小麦の収量も悪いし、メダリオス河の水は普通やないんやな」
レヴァンが渋い顔で内情を説明する。
「井戸水は飲み水として使うから、貴重だ。とても、大規模な茸栽培に使えない」
「やはり、もう、木は燃やすぐらいしか価値がないのかのう」
レヴァンは難しい顔をして教えてくれた。
「乾燥に耐えた木も何本かあるが、それほど残っていない」
「何や、乾燥に耐えた木があるんか。それは、気になるな。ちょっと見に行こう」
レヴァンの表情は、どこまでも冴えない。
「あるといっても、一%以下だぞ」
「ええから、見に行こう」
おっちゃんはレヴァンに連れられて、乾燥に耐えた木を見に行った。すると、森の中にバオバブに似た木が僅かに残っていた。
おっちゃんはその木に見覚えがあった。
「何や、これ、ランテンの木やん。ここにも生えとったんか」
レヴァンが淡々とした顔で語る。
「ランテンの木を知っているのか。こいつは、乾燥にも気温の変化にも異常に強いから、残っている」
「実はどうや? 酸っぱい実が成るやろう」
レヴァンは思案顔で告げる。
「東のカルルン山脈にあるランテンの木には実が成りると聞いた覚えがある」
「そうや、ランテンの木は実が成るで」
レヴァンは暗い顔をして、首を横に振った。
「だが、ここでは、一度も実が成っている光景を見た記憶がない」
「この木から実が採れたら商売になる。このランテンの木は伐らんといてくれ」
「わかった。村の人間にはランテンの木を伐らないように伝えておく」
おっちゃんは村に戻って考える。
(以前にゴークスの商人から聞いた。ランテンの木が大事なら毒蛇ゼナ・べムボルトは倒してはいけない、って言葉がある。あれは、ランテンの実を成らせるには、毒蛇ゼナ・べムボルトが必要なんやろう)
いくら枯れた森とはいえ、強い毒を持つ毒蛇を放つ決断はできなかった。ランテンの木に実を成らせるために必要な何かを特定して、輸入する必要があった。
(必要な品は、何やろう? 毒か? それとも、糞やろうか?)




