第五百二十八夜 おっちゃんと新たな解呪の泉
おっちゃんは家に戻ると、旅の仕度をする。『瞬間移動』を二回使い、アルカキストの解呪組合を訪ねた。
解呪組合は街の中央広場付近にある、大きな三階建の石造りの建物だった。
敷地は周囲が約一㎞と、一等地にあるにしては大きな建物だった。
受付には黒色の制服を着た痩せた男性がいた。
受付でおっちゃんは用件を告げる。
「密林にある呪われた苺の呪いを解く件で相談したい。組合員としての期間はまだ残っとるで」
「資格の確認をしますね。ゴルカさんがもうすぐ出勤してきますので少々お待ちください」
おっちゃんの解呪組合員としての期間が、まだ残っていたのが確認された。
おっちゃんは《相談室》とプレートが掛かった小さな部屋に通された。
部屋にはテーブルと四人分の椅子があった。
少しの間、待つ。高そうな黒い服を着て、黒の帽子を被った老紳士が入ってきた。老紳士は立派な白い髭を生やしていた。老紳士には、見覚えがあった。解呪組合員のゴルカだった。
ゴルカは笑顔で挨拶してくる。
「久しぶりですね。おっちゃん。お元気そうで、何よりです」
「懐かしいですな。ゴルカはんも元気そうで、何よりや。今日は相談があって来た」
ゴルカが冴えない表情で尋ねる。
「呪われた密林になる苺の件、と聞いています。呪われた苺をどうなさるつもりですか?」
「あの苺を『解呪』の魔法を使わんで食べられるようにしたい。何か方法はあるか」
ゴルカは難しい顔をして、否定的な意見を述べる。
「難しいでしょうね。密林の苺は呪われているから甘いのです。もっとも、甘くなってから呪いを解けば、甘いままでしょうけどね」
「解呪組合に呪いを解く解呪の泉があるやろう。同じ物を村に作れんかな?」
「解呪の泉を作るには、泉の精の協力が不可欠ですよ」
「なら、泉の精と話をさせてほしい」
ゴルカが渋々の態度で了承した。
「本来なら、お断りしたいところです。ですが、おっちゃんさんには、世話になっています。また、解呪組合の組合員でもあるので、特別に許可しましょう」
「おお、それは助かるわ。相談に来てよかった」
ゴルカについて行き、地下へと続く階段のある場所まで来る。ゴルカが壁の一部を操作すると、通路の天井に白い魔法の光が灯った。
階段を三十段ほど降りると、大きな金属製の扉があった。ゴルカが持っていた鍵で扉を開ける。
中には直径五十㎝の円盤状の照明が、天井にいくつか設置されていた。空間は魔法の光が灯っており、明るかった。
地下は高さが五m、直径三十mほどの広い空間になっており、中央には直径十五mの泉があった。
以前は解呪の泉には、溢れるほど呪われた品が浸っていた。だが、今は泉に浸せる分しか浸ってなかった。
おっちゃんは、解呪の泉に呼び掛ける。
「泉の精はん、いましたら、出てきてください。力を貸してほしい」
おっちゃんは三度、呼び掛ける。
泉の上に、薄ぼんやりと光る。身なりの良い半透明な老婆が現れた。
「おや、おっちゃん。お久しぶりじゃな。今日は、何の用じゃ?」
「あんな、呪われた密林になる苺から、呪いを解いて出荷したい。そんで、呪いを解くために、ホレフラ村にも解呪の泉が欲しい。どうにかなりませんか?」
泉の精は、穏やかな顔で指示した。
「本来なら人間においそれと解呪の泉の力を与えたくない。じゃが、おっちゃんには、『浄水の神域』の役目を元に戻してもらった恩がある。これを持ってゆきなさい」
解呪の泉の精は、おっちゃんに小さな袋を渡した。
「村に帰って、解呪の力が欲しい場所に井戸を掘って、中の小片を入れなさい。すると、その井戸の水は解呪の泉の水と同じ力を持つ水になるじゃろう」
「ありがとうございます。ほな、さっそく、使わせてもらいます」
泉の精は真剣な顔で忠告した。
「ただ、忠告しておくが、解呪の水が湧く井戸には一日の使用量に制限がある」
「どれくらいでっか」
「一日に千ℓが限界じゃ。だからそれ以上は汲まんように気を付けなされ」
「水の使用量には気を付けます」
おっちゃんが礼をすると、解呪の泉の精は消えた。
再び『瞬間移動』で、ホレフラ村に戻る。
村長の家には既に井戸があった。井戸水の水質を確かめてから、小袋に入っている透明な欠片を井戸に投げ入れた。
井戸が数秒、淡く光った。井戸の水を汲んでみると、水から清浄な気を感じた。
おっちゃんは袋を持って、レヴァンに声を掛ける。
「レヴァンはん。密林に行きたいから、船を出して」
レヴァンが冴えない表情で質問する。
「暇だからいいけど、何をする気だい?」
「密林から苺を持ってくる」
レヴァンは険しい顔で忠告する。
「密林から植物を持ち出すなんて、止めておきな。呪われちまうぜ」
「大丈夫や。これは村の存亡に関わる話やから頼む」
「しょうがねえな」とレヴァンは渋々の顔で渡し舟を出してくれた。
おっちゃんは密林に入って、袋一杯に苺を採ってきた。
レヴァンが心配そうな顔をしていたので、優しく語る。
「大丈夫やて。このままでは食べんから。きちんと呪いを抜く」
レヴァンは懐疑的な顔を向けてくる。
「呪いを抜く、なんて、できるのかい?」
「村長の家の井戸水を、特殊な物に変えた。わいのうちの井戸水に晒せば、呪いは解ける」
レヴァンは不信感も露に告げる。
「俺は騙されたと思うよ」
家に帰って、解呪の水になった井戸水で苺を洗うと苺から呪いが消えた。
(ここまでは、予定通りや。さて、味は、どうなやろう)
味は甘酸っぱくとても美味しかった。
「よし、呪いは解けたし、味は変わらずや」
レヴァンは、まだ疑っていた。
「水に晒しておくだけで呪いが解けるなんて、本当かい?」
「本当やで。これで、村で苺作りができる」