第五百二十七夜 おっちゃんと呪われた苺
魚獲り籠をクレタスとレヴァンに返した。
おっちゃんは漁具を返す時に、二人に警告する。
「今後は漁の邪魔をした者から罰金を徴収するで」
二人は、渋い顔をして「わかった」と了承した。
人間側ではワー・ウルフが、ワー・ウルフ側では人間が、おっちゃんの漁を邪魔しに来た話が噂された。
村中に「漁の邪魔をすると処罰される」と伝わった。
村人は警戒しつつも漁を再開するようになった。
ビアンカたちも監視員として数日、残ってくれたので、漁の再開に役立った。
奥さんのキヨコも、やっと村に到着した。キヨコは笑顔だった。
「思っていたより、ずっとましな村ね」
「そうでもないで。村人の収入は、かつかつや」
キヨコは微笑んで励ました。
「でも、まだ、村人の顔には、生気があるわ。大丈夫、貴方なら、できるわ」
「わいも村の人間には、どうにか今よりええ生活をさせてやりたい」
漁が進むと、捕まった青年の親が「お詫びに」とサラドンを持ってきた。
「家の馬鹿息子がご迷惑をお掛けしました。これ、食べてください」
キヨコと一緒にサラドンを食べる。泥を吐かせたサラドンは、まあまあ美味い魚だった。
(魚が喰えるようになった。でも、これだけでは不十分や。また、互いに妨害が始まる前に何か手を考えんといかんな)
おっちゃんは、クレタスに相談しに行く。
「クレタスはん。何かこの村で育つ、名産品になるような物はないか?」
クレタスは、苦笑いして答える。
「おっちゃんさん。そんな物があるなら、とっくに栽培していますよ」
「さんは不要やで。でも、何か、あるやろう?」
「ありませんね」とクレタスが冷たい顔で突っぱねる。
「なら、メダリオス河の北側はどうや? 密林やろう。香辛料とか果物とか、あるんやないの?」
クレタスは表情を曇らせて、否定的な意見を述べる。
「メダリオス河の北は呪われた密林です。密林にある物を不用意に口に入れると、呪われますよ」
「でも、色々あるんやろう? よし、ちと密林の入口だけでも覗いてみようか」
クレタスは渋い顔で嫌がる。
「河を渡るには船が必要です。でも、船を持っている人物は、レヴァンです」
「なら、わいがレヴァンはんから船を借りてくる」
クレタスは渋々の態度で了承した。
「わかりました。なら、一緒に行ってみますが、呪われたって知りませんよ」
「大丈夫やて、密林にこそ村を救う手懸りがある」
おっちゃんは、レヴァンに頼みに行く。
「メダリオス河を渡りたいから、船を貸して」
レヴァンが愛想よく応じる。
「メダリオス河を渡るだけなら、俺が船頭をするぞ」
「クレタスはんも一緒やけど、ええか?」
レヴァンの顔が、途端に曇った。
「悪い。それなら、船を貸すから、クレタスと二人で行ってくれ。クレタスもそのほうが気分はいいだろう」
おっちゃんは全長三mの渡し舟を借りる。櫂を漕いでメダリオス河を北に渡った。
船をしっかりと係留して森に入る。
入って十分も歩くと、一面に苺がなる場所を見つけた。
大粒で色の綺麗な苺だった。だが、残念なことに、苺が呪われていた。
クレタスが注意する。
「気を付けてください。その苺は美味しそうに見えますが、呪われていますよ」
おっちゃんは苺の藪に『解呪』の魔法を掛けた。すると、苺から呪いが消えた。
クレタスが驚いた。
「おっちゃんは『解呪』の魔法を使えるんですか?」
「使えるで。これでも、元特認冒険者や」
呪いを解いた苺を口に放り込んだ。口中に芳醇な、甘く酸っぱい味が広がる。
「この苺は、美味いやん。これ、ええやん。この地方の冬でも実がなるって、凄いやん。この苺を名産品にしよう」
クレタスが無念さを浮かべて語る。
「残念ですが、無理です。私も、この苺の栽培も試みました」
「何や、すでに試したんか? でも、ホレフラ村に苺畑はないで」
クレタスは悔し気な顔で語る。
「呪いを解いた苺の苗で育てた苺は不味いんです。この苺に掛かっている呪いが、味を美味くするんです」
「呪いを解いた苗では難しいか。なら、出荷の時に呪いを解けばええ。せやけど、一々呪いを解いていたのなら、大して量が出荷できんな」
クレタスは暗い顔で過去を語る。
「量を出荷できないのと、間違って呪いの苺が交じるリスクを考えて、断念しました」
「でも、この苺のこの味は売れるで。これ、どうにか商品化しよう」
クレタスの態度は後ろ向きだった。
「どうにもならないですよ」
「ええから、クレタスはんはこの苺の苗を栽培して。今からやれば、春には大々的に栽培できるやろう。小麦から苺に転作を進めよう」
クレタスが困惑した顔で拒絶する。
「危険ですよ。最悪、村の畑が全て呪われた苺の畑になり、村人の収入が途絶える可能性があります。それなら、育ちが悪くても、小麦を育てたほうがいいです」
「わかった、なら、苺栽培はわいの畑だけでやる。だから、苗だけ作って。金は払うから」
クレタスが浮かない顔で、嫌々了承した。
「お金を払っていただけるのなら苗は作りますが、大損しても知りませんよ」
「発案者はわいや。なら、責任もわいが負う」




