第五百二十六夜 おっちゃんと枯れた森
翌日、時間があるので森まで行ってみる。
森には多種多様の植物が生育していた過去を思わせる痕跡があった。森には枯れた植物や、立ち枯れた木が、あちらこちらにあった。
植物は枯れ、虫も滅んだために、鳥などもいない。森は静かな森だった。
剣で木を思いっきり叩いてみる。木はボロボロと崩れる。
(駄目や。木が柔らかすぎる。薪としてなら充分に使える。せやけど、輸出用の木材としては使うのはもう難しいのう)
森の奥に行くが枯れ木しかなかった。
「完全に死んだ森やな」
森の奥から聞き慣れない歌が聞こえてきた。
(誰やろうこんな枯れた森で歌って。歌の練習には思えんな。呪術詩でもない。不思議や)
歌のするほうに進むと、窪地の淵で悲しげな歌を歌っている女性がいた。
女性の身長は百六十㎝くらい。白い肌に紫の髪を肩まで延ばしてして、茶色のワンピースを着ていた。
おっちゃんに気が付いたのか、女性は歌を止めて振り向いた。顔は色白で面長。眼は大きく、赤い唇が印象的な三十代の女性だった。人形のような端整のとれた顔立ちをしていた。
「こんにちは。わいの名はオウル。おっちゃんの名で親しまれた、元特認冒険者や。今この近くの村で、村長をしとります」
女性は微笑みを湛えて答える。
「私の名はぺトラよ。かつてここにあったものに思いを馳せていました」
「水が涸れる前、ここは美しい森やったんやろうな。今は、ほぼ全てが立ち枯れて、残念な状態になっています」
ペトラの顔が沈む。
「そうね。この前に広がる窪地も以前は湖でした。今はとても残念な状況になっています。でも、きっと全ては、いつの日か、元に戻るわ」
「そうなってくれると、ええんやけどな」
ペトラは黙って歩き出したので声を掛ける。
「村まで戻るなら、送りますよ。こんな枯れた森かて、一人でいたら、危険やで」
「大丈夫。私は帰り方を知っていますから」
あとを追っかけるのも、ぺトラが気を悪くすると思った。おっちゃんは、見送るしかなかった。
涸れた湖を渡る。湖は深さが十二m、周囲が六㎞ほどと、大きくなかった。
涸れた湖を対岸まで渡ると、一辺が二十m、高さ十五mの四角錐の建物があった。
(あれが、遺跡やな)
近づくと、遺跡は堅固な石材で造られていたので、しっかりと形を保っていた。
建物の中央には、中へと続く扉があった。だが鍵が掛かっていた。
(これは、魔法の特殊な鍵や。『開錠』の魔法では、開かんやつや)
中に入れてもらおうと、調査に来た冒険者を探す。だが、冒険者の姿はなかった。
(入れ違いになってしもうたな)
おっちゃんは歩いて村に帰った。村に帰ると、おっちゃんはクレタスの家に寄った。
「こんにちは、クレタスはん。河で漁がしたいんやけど、魚獲り籠を持っておらんか」
クレタスは渋い顔で警告する
「止めておきなさい。魚獲り籠なんか仕掛けても、ワー・ウルフの連中に壊されるのが落ちですよ」
(おっと、レヴァンは魔物と言葉を濁していたけど、クレタスはワー・ウルフと断言しておるね)
「そんなことないやろう。壊れたら弁償するから、貸して」
クレタスは顰め面で物置から赤い魚獲り籠を出してきて貸してくれた。
「今晩にでも魚獲り籠は壊されるでしょう。やってみればすぐにわかることです」
おっちゃんは家に魚獲り籠を置くと、レヴァンの家に行く。
「レヴァンはん、こんにちは。魚を獲りたいから、魚獲り籠を持っていたら貸して」
レヴァンもまた渋い顔をして、一度は断った。
「止めておきな。魔物に壊されるぜ」
「魔物なんて、おらんと思う。ええから、貸して、壊したら、弁償するから」
おっちゃんが頼むとレヴァンもまた、物置から青い魚鳥篭を持ってきて貸してくれた。
家に魚獲り籠を持って帰ると、ビアンカと五人の冒険者が待っていた。
「人間とワー・ウルフの両方から、魚獲り籠を借りてきた。設置するから、見張りを頼むで」
ビアンカが威勢のよい顔で、胸を張って答える。
「任せておいて。必ず犯人を捕まえるわ」
おっちゃんはわかりやすい場所に、それぞれの魚獲り籠を設置する。
夜になると、家のドアをノックされる。
ドアを開けると、ビアンカと冒険者二人が、十四歳から十六歳くらいの青年を縄で縛って連行してきた。四人は簡素なシャツを着て、綿のズボンを穿いていた。ぱっとみて、身なりはよくなかった。肌も血色よくなく、体型は痩せていてた。
ビアンカが穏やかな顔で訊いてくる。
「村長さん、魚獲り籠を壊そうとした犯人を、連れてきたわよ」
おっちゃんは、先頭の青年に尋ねる。
「なして、わいの漁の邪魔をしたんや」
青年は、ばつが悪そうな顔で答える。
「ワー・ウルフの奴らの魚獲り籠があったから、邪魔してやろうと思って」
おっちゃんは、声を荒げて怒った。
「そんな悪戯をしたら、あかん」
青年は憎しみが篭った目をして弁解する。
「だって、奴らだって、俺たちの漁の邪魔をするんだ」
「そんなことは、わいは知らん。だが、わいの漁を妨害するんなら、捨てては置けん」
青年は、むすっとした顔で黙った。
おっちゃんと滔々と諭した。
「ええか。一度だけは許す。ただ、次にやったら、親から罰金を徴収するで。わかったか」
青年は膨れ面で謝った。
「すいませんでした」
「ビアンカはん、彼らを家まで送って。そんで村長の漁を妨害したと伝えておいて」
ビアンカは気の良い顔で了承した。
「わかったわ」
ビアンカが仲間の冒険者二人に指示を出して戻っていった。
一時間後、ビアンカが仲間の冒険者二人と共に、またやってきた。
「魚獲り籠の壊そうとした犯人を連れてきたわよ」
先ほどと同じように縄で繋がれた青年が三人いた。三人の年齢は十二歳から十六歳くらい。こちらも簡素なシャツを着て、綿のよれたズボンを穿いて、身なりがよくない。肌も血色がよくなく、痩せていた。
(貧しい村の中で足の引っ張り合いなんかしても苦しいだけやと、なぜわからん)
今度の青年はワー・ウルフだった。
「わいの漁の邪魔立てするって、覚悟があってやったんか」
ワー・ウルフの青年もまた、憎しみの篭った目をしていた。
「村長の魚獲り籠だとは知らなかった。魚獲り篭が人間の物だから、やったんだ。やつらは、俺たちが魚獲り籠を設置すると、壊しに来るんだ」
おっちゃんは青年を怒鳴りつけた。
「そんなことは、知らんよ。ただ、わいの漁を妨害するなら、処罰するで」
青年の顔は強張った。
おっちゃんはピシャリと釘を刺した。
「今回は説教だけや。せやけど、次にやったら、きっちり責任をとらせるで。わかったか」
青年は不承不承ながら謝った。
「すいませんでした」
「ビアンカはん。青年らを家まで送って行って。今回は注意だけで済ませると伝えて」
ビアンカが呆れた顔で請け合った。
「わかったわ」
おっちゃんは、これで終わったと思った。
だが、朝方に別の人間の青年とワー・ウルフの青年がビアンカに連れてこられた。
おっちゃんは先ほどと同じく、短い説教だけで返した。だが、村の人間とワー・ウルフの対立は根深いものがあると感じていた。