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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ホレフラ村編
524/548

第五百二十四夜 おっちゃんとホレフラ村

 ゼネキストから北西に三時間ほど歩いた場所に、ホレフラ村はあった。ホレフラ村は北に幅三㎞のメダリオス河を持つ村だった。

 村には八十軒の木造住宅が立ち並び、三百人が生活している。村の周りに木の柵がある。だが、ところどころ壊れているので、獣避けの役目を果たしていなかった。


 村の寺院に行く。寺院は木造で、二百㎡の、こぢんまりした寺院だった。

 赤い僧衣を纏った老僧侶が出て来る。老僧侶は白髪の丸顔で顔には深い皺が刻まれていた。

 おっちゃんは任命書を僧侶に示す

「猊下の命を受けて、村長として赴任したオウルです。村長宅の鍵を貰いに来ました」


 任命書を確認すると、老僧侶はおっちゃんの顔を、まじまじと確認する。

「僧侶や役人には見えないですな」

「わいは元特認冒険者ですわ。特認冒険者の頃はおっちゃんと呼ばれていました」


 老僧侶の顔が穏やかになる。

「あなたが、あの、おっちゃんですか」

「そんな大した者やないです、しがない、しょぼくれ中年冒険者ですわ」


 老僧侶は機嫌よく何度も頷く。

「私はこの村の寺院を預かる僧侶のホメロスです」

「今日から、よろしゅうおたのみ申します」


「確かに見た感じ、おっちゃんですな。いいですよ。村長宅の鍵をお渡ししましょう」

 村長の家は村の一番北側にあった。村長宅に行く。

 村長宅は二百㎡ほどの広さの、二階建ての木造住宅だった。村長宅は掃除がされており綺麗だった。村長宅には馬小屋があったので、ロバを入れておく。 


 村を見て歩くが、冬の終わりのためか、まだ種蒔きは始まっていない。

 農作業をしている村人は、ほとんどいない。ただ、河縁(かわべり)には一人の人間がいて、釣りをしていた。


(何や? こんな立派な河があるのに、釣り人が一人か。漁師の姿もないようやし、何かわけありか?)

「釣れますか?」と、おっちゃんは釣り人に声を掛ける。


 釣り人は茶色の麻のシャツに茶色の麻のズボンを穿き、麦藁(むぎわら)帽子を被っていた。

 釣り人が、おっちゃんに顔を向ける。釣り人は男性で、年齢は三十代後半。浅黒い肌をした、彫りの深い四角い顔の男性だった。男性の顔には髭はなく髪も短い。


 おっちゃんは一目見て、男が人間でないと感じた。

(この男、人間やないね。ワー・ウルフやね)


 男性が不審者を見る目を無言で向ける。

 おっちゃんから挨拶をした。

「わいの名はオウル。おっちゃんの名で親しまれる元特認冒険者や。本日付で村長に就任しました、よろしゅう、お願いします」


 男性は硬い表情で挨拶を返す。

「俺の名は、レヴァンだ。よろしくな」


 レヴァンの横に座って尋ねる。

「ここって、立派な大河があるのに、釣り人が少ないですね」


 レヴァンは澄まし顔で答える。

「それは、釣れないからな」

「こんな大きな河なのに、魚がおらんの?」


「サラドンなら、たくさんいる。サラドンってのは、体長三十㎝ほどの黄色い魚だ。泥臭いが、泥を水で吐かせれば、充分に喰える」

「何や。魚がおるやん。三十㎝の魚なら、喰えるやろう」


 レヴァンは難しい顔をして答える。

「この河にも異種族が住んでいる。そいつらが漁具を壊すから、まともに釣れないんだ」

「なら、話しあって邪魔しないようにしてもらえれば、ええんないの」


 レヴァンは馬鹿にした感じで笑った。

「無理さ。この村の人間にとって、人間以外は魔物と一緒だ。共存なんか、したくないのさ」

「そんなこと言ううたかて、こないに近くに住んでいるんや。敵対もないやろう。話せばわかりあえる」


「そうか」とレヴァンは言うと顔を背ける。次に狼の顔をおっちゃんに向けて「ガーッ」と吠えた。

 おっちゃんはワー・ウルフの叫び声なんて慣れているので、何とも思わない。


 おっちゃんが驚かないと、レヴァンが顔を人間に戻す。レヴァンが、つまらなさそうに発言する。

「何だ、驚かないんだな。たいていの人間なら、敵愾心(てきがいしん)(あらわ)にするか、逃げ出すぜ」


「冒険者なんて職業をやっとれば、異種族と交渉する場面も多いから、一々驚いていたら仕事にならんわ」

「そうかもしれんな。この村は一つの村なんて考えないほういい。人間とワー・ウルフが住む二つの村が隣接している、と考えるんだな」


「わいは、そうは決め付けんで。この村を纏めてみせる」

 おっちゃんは夜になると、裸になってメダリオス河に行った。おっちゃんは魚に手足が生えた魚人の姿をイメージして、魚人に変身する。


 おっちゃんは人間ではない。『シェイプ・シフター』と呼ばれる、変身できる種族だった。

 河に入ってから、異種族を探す。だが、異種族はおろか、棲んでいる痕跡(こんせき)すら、見つけられなかった。

(何や? 異種族がいる話は、嘘やな。おそらく、人間とワー・ウルフで、互いに漁具を壊し合って、異種族のせいにしているんやな。対立は根深いかもしれんのう)


 翌日、おっちゃんは、村の中を見て回る。おっちゃんから挨拶をすれば挨拶を返して来る。だが、あまり歓迎されている様子は見られなかった。

 ホメロスがいる寺院に顔を出して、訊く。

「村の状態はわかってきた。誰が人間側のリーダーで、ワー・ウルフ側のリーダーは誰や?」


 ホメロスが冴えない表情で語る。

「人間はクレタスさんの中心に団結しています。ワー・ウルフ側はレヴァンさんを中心に纏まっています」

「そうか、レヴァンはんとは会ったけど、クレタスはんとは、まだ会ってないなあ。会いに行こうか」


 クレタスの家は村の西側にあった。クレタスの家は小さな家で、六十㎡くらいしかなかった。

 クレタスの家で、庭の手入れをしている、線の細い若い男がいた。男の年齢は二十代後半、灰色の髪と眉をしており、髭はない。古びた紺の作務衣(さむえ)のような服を着ている。

「ここがクレタスはんのお宅ですか? 新しく村に赴任してきた、村長のオウルです」


 男は少々強張(こわば)った顔で名乗った。

「私がクレタスです。こちらから挨拶をしに行くべきだったでしょうか?」

「そんな気を使う必要はないで。何かと忙しかったんやろう?」


 クレタスは困った顔をして告げる。

「忙しいことはないですが、この村は、大きな問題を抱えています」

「何や? ワー・ウルフとの共存の話か?」


 クレタスは渋い顔で内情を語った。

「それもありますが、この村では、小麦がよく育たない。それに、家畜を飼っても、なぜか、すぐに死んでしまう。魚を取ろうにも、漁具を壊されて、魚が獲れない」

「なかなか、辛い場所やな。漁具の件は別にして、農作物や家畜が育たない原因は、土か」


「土が関係しているのかもしれないです。でも、原因が特定できない状態です」

(土が原因にしろ、水が原因にしろ、難儀な場所やな)


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