第五百二十四夜 おっちゃんとホレフラ村
ゼネキストから北西に三時間ほど歩いた場所に、ホレフラ村はあった。ホレフラ村は北に幅三㎞のメダリオス河を持つ村だった。
村には八十軒の木造住宅が立ち並び、三百人が生活している。村の周りに木の柵がある。だが、ところどころ壊れているので、獣避けの役目を果たしていなかった。
村の寺院に行く。寺院は木造で、二百㎡の、こぢんまりした寺院だった。
赤い僧衣を纏った老僧侶が出て来る。老僧侶は白髪の丸顔で顔には深い皺が刻まれていた。
おっちゃんは任命書を僧侶に示す
「猊下の命を受けて、村長として赴任したオウルです。村長宅の鍵を貰いに来ました」
任命書を確認すると、老僧侶はおっちゃんの顔を、まじまじと確認する。
「僧侶や役人には見えないですな」
「わいは元特認冒険者ですわ。特認冒険者の頃はおっちゃんと呼ばれていました」
老僧侶の顔が穏やかになる。
「あなたが、あの、おっちゃんですか」
「そんな大した者やないです、しがない、しょぼくれ中年冒険者ですわ」
老僧侶は機嫌よく何度も頷く。
「私はこの村の寺院を預かる僧侶のホメロスです」
「今日から、よろしゅうおたのみ申します」
「確かに見た感じ、おっちゃんですな。いいですよ。村長宅の鍵をお渡ししましょう」
村長の家は村の一番北側にあった。村長宅に行く。
村長宅は二百㎡ほどの広さの、二階建ての木造住宅だった。村長宅は掃除がされており綺麗だった。村長宅には馬小屋があったので、ロバを入れておく。
村を見て歩くが、冬の終わりのためか、まだ種蒔きは始まっていない。
農作業をしている村人は、ほとんどいない。ただ、河縁には一人の人間がいて、釣りをしていた。
(何や? こんな立派な河があるのに、釣り人が一人か。漁師の姿もないようやし、何かわけありか?)
「釣れますか?」と、おっちゃんは釣り人に声を掛ける。
釣り人は茶色の麻のシャツに茶色の麻のズボンを穿き、麦藁帽子を被っていた。
釣り人が、おっちゃんに顔を向ける。釣り人は男性で、年齢は三十代後半。浅黒い肌をした、彫りの深い四角い顔の男性だった。男性の顔には髭はなく髪も短い。
おっちゃんは一目見て、男が人間でないと感じた。
(この男、人間やないね。ワー・ウルフやね)
男性が不審者を見る目を無言で向ける。
おっちゃんから挨拶をした。
「わいの名はオウル。おっちゃんの名で親しまれる元特認冒険者や。本日付で村長に就任しました、よろしゅう、お願いします」
男性は硬い表情で挨拶を返す。
「俺の名は、レヴァンだ。よろしくな」
レヴァンの横に座って尋ねる。
「ここって、立派な大河があるのに、釣り人が少ないですね」
レヴァンは澄まし顔で答える。
「それは、釣れないからな」
「こんな大きな河なのに、魚がおらんの?」
「サラドンなら、たくさんいる。サラドンってのは、体長三十㎝ほどの黄色い魚だ。泥臭いが、泥を水で吐かせれば、充分に喰える」
「何や。魚がおるやん。三十㎝の魚なら、喰えるやろう」
レヴァンは難しい顔をして答える。
「この河にも異種族が住んでいる。そいつらが漁具を壊すから、まともに釣れないんだ」
「なら、話しあって邪魔しないようにしてもらえれば、ええんないの」
レヴァンは馬鹿にした感じで笑った。
「無理さ。この村の人間にとって、人間以外は魔物と一緒だ。共存なんか、したくないのさ」
「そんなこと言ううたかて、こないに近くに住んでいるんや。敵対もないやろう。話せばわかりあえる」
「そうか」とレヴァンは言うと顔を背ける。次に狼の顔をおっちゃんに向けて「ガーッ」と吠えた。
おっちゃんはワー・ウルフの叫び声なんて慣れているので、何とも思わない。
おっちゃんが驚かないと、レヴァンが顔を人間に戻す。レヴァンが、つまらなさそうに発言する。
「何だ、驚かないんだな。たいていの人間なら、敵愾心を露にするか、逃げ出すぜ」
「冒険者なんて職業をやっとれば、異種族と交渉する場面も多いから、一々驚いていたら仕事にならんわ」
「そうかもしれんな。この村は一つの村なんて考えないほういい。人間とワー・ウルフが住む二つの村が隣接している、と考えるんだな」
「わいは、そうは決め付けんで。この村を纏めてみせる」
おっちゃんは夜になると、裸になってメダリオス河に行った。おっちゃんは魚に手足が生えた魚人の姿をイメージして、魚人に変身する。
おっちゃんは人間ではない。『シェイプ・シフター』と呼ばれる、変身できる種族だった。
河に入ってから、異種族を探す。だが、異種族はおろか、棲んでいる痕跡すら、見つけられなかった。
(何や? 異種族がいる話は、嘘やな。おそらく、人間とワー・ウルフで、互いに漁具を壊し合って、異種族のせいにしているんやな。対立は根深いかもしれんのう)
翌日、おっちゃんは、村の中を見て回る。おっちゃんから挨拶をすれば挨拶を返して来る。だが、あまり歓迎されている様子は見られなかった。
ホメロスがいる寺院に顔を出して、訊く。
「村の状態はわかってきた。誰が人間側のリーダーで、ワー・ウルフ側のリーダーは誰や?」
ホメロスが冴えない表情で語る。
「人間はクレタスさんの中心に団結しています。ワー・ウルフ側はレヴァンさんを中心に纏まっています」
「そうか、レヴァンはんとは会ったけど、クレタスはんとは、まだ会ってないなあ。会いに行こうか」
クレタスの家は村の西側にあった。クレタスの家は小さな家で、六十㎡くらいしかなかった。
クレタスの家で、庭の手入れをしている、線の細い若い男がいた。男の年齢は二十代後半、灰色の髪と眉をしており、髭はない。古びた紺の作務衣のような服を着ている。
「ここがクレタスはんのお宅ですか? 新しく村に赴任してきた、村長のオウルです」
男は少々強張った顔で名乗った。
「私がクレタスです。こちらから挨拶をしに行くべきだったでしょうか?」
「そんな気を使う必要はないで。何かと忙しかったんやろう?」
クレタスは困った顔をして告げる。
「忙しいことはないですが、この村は、大きな問題を抱えています」
「何や? ワー・ウルフとの共存の話か?」
クレタスは渋い顔で内情を語った。
「それもありますが、この村では、小麦がよく育たない。それに、家畜を飼っても、なぜか、すぐに死んでしまう。魚を取ろうにも、漁具を壊されて、魚が獲れない」
「なかなか、辛い場所やな。漁具の件は別にして、農作物や家畜が育たない原因は、土か」
「土が関係しているのかもしれないです。でも、原因が特定できない状態です」
(土が原因にしろ、水が原因にしろ、難儀な場所やな)




