第五百二十二夜 おっちゃんと幸福な帰宅
クランベリーの街は今年、早くに夏になった。クランベリーの街の港には貿易船が五隻停まっている。荷物を積み下ろしする人足たちが汗を流す。港の屋台では名物の烏賊焼きが売られ、おやつ代わりに子供たちが買って食べる。
ガラス工芸街にはガラス細工を造る音が鳴り響く。店先では商人たちが商談を進める。
芸術家たちは絵筆やノミを振るい、新作を作る。新築の建物には芸術家により、優美な天井画や壁画が描かれた。市長舎の改築もあり、市のホールには新進気鋭の芸術家の作品が描かれる。
鍛冶街では武具だけではく、鍋や釜といった金物が作られる。鍛冶街は鎚を振るう音で賑わい、炭の焼ける匂いがする。できた商品は店頭に並べられ、商人たちが値踏みする。
少数だが、飛翔族やミノタウロス族の商人も、人間たちと肩を並べて商談をする。
宿屋は賑わい、街のホールでは晩餐会や食事会の予約が入る。料理人たちが腕を振るって馳走を並べ、パーティーが連日で開かれる。
街が一望できる海辺の公園に、ターシャとおっちゃんはいた。
ターシャが明るい顔で告げる。
「街が蘇ったようね。産業も復興して、種族間の火種も消えたわ」
「よい成り行きですわ。これも、ターシャはんのおかげです」
ターシャが海を見ながら、柔和な顔で語る。
「そんな、お師匠様に比べたら、まだまだよ。人は北方賢者の九大弟子なんて呼ぶけど。それは、他人が勝手に呼んでいるだけ」
おっちゃんは頷きながらターシャを褒める。
「そんなことないですやろう。ターシャはん立派な人や」
ターシャが控えめな態度で尋ねる。
「おっちゃんはお師匠様に会った経験があるんでしょう。おっちゃんから見てお師匠さんて、どんな人?」
「わいも人の容貌をとやかく言えんけど、どこにでもいるような、おっさんですわ」
ターシャは理知的な顔で、やんわりと質問する。
「ねえ、ひょっとして、おっちゃんみたいな人なんじゃないかな?」
(あ、これ、わいが北方賢者やって、気が付いたかもしれんな)
「なして、そう思いました?」
ターシャは晴れた顔で元気よく答えた。
「なんとなくよ。女の勘」
「わいは北方賢者さんやないから、よくわかりません。せやけど、あの方は、もっと聡明で、ちょっぴり恥ずかしがり屋さんの、照れ屋さんですわ」
ターシャが下を向いて優しい顔で答える。
「そうか、恥ずかしがり屋か。残念だわ」
ターシャが明るい顔で訊く。
「ねえ、おっちゃんはこの後、どこに行くの? よかったら、少し一緒に旅をしましょう」
「わいでっか? 実は、奥さんに逃げられたんやけど、その奥さんが、帰ってきました。せやから、妻の許に戻りますわ」
ターシャが寂しそうな顔で、やんわりと伝える。
「そうか。なら、ここでお別れね。私は、もう少し、東大陸を旅行してみるわ」
「そうですか。お元気で」
「おっちゃんも、お元気で」
翌日、おっちゃんが宿屋で精算をした時には、ターシャはすでに宿を引き払っていた。
おっちゃんは、ゆっくりと街の南門まで歩いて、活気のある街の風景を楽しむ。
街の南門から出て、他人目に付かない場所に行く。そこで『帰還の扉』の魔法を発動させる。
奥さんのキヨコが待つ絵の中の海底神殿に帰還する。
周囲を滝に囲まれ、海面の層が上に見える神殿に帰ってきた。
畑はおっちゃんが出かける前と同様に綺麗に手入れされており、山羊も元気だった。
神殿の入口から白いワンピースを着た四十代の女性が現れる。
女性は赤みが掛かった肩まである黒髪をしていた。肌は小麦色の肌をしていた。細い眉と小さな口、ぱっちりとした大きな目、それに安らぎを覚える柔和な顔をしている。
奥さんのキヨコだった。おっちゃんは微笑んで帰宅を伝える。
「キヨコ、今、帰ったで」
「お帰りなさい、貴方」
キヨコが手を差し出した。
おっちゃんはキヨコの手を握る。キヨコの手は、ほんのりと温かかった。
「一休みしたら、旅行に行こうか。連れて行きたい場所が、仰山あるねん」
キヨコがにこりと微笑み返す。
「それは、楽しみだわ」
おっちゃんはキヨコと手を繋いで、神殿の階段を幸せな気分で上がった。
【クランベリー編了】
【少し休みます】
「おっちゃん冒険者の千夜一夜」ですが、更新を休止します。
理由は試してみたい作品を書くためです。
更新再開は2018年8月1日からを予定しております。
【懲りずに新作を始めました】
2018.7.26 新作『あくまで悪魔デス。いけるとこまで金の力でレベル・アップ~【キルア&ユウタ】編~』を開始しました。よろしければ、見ていってください。