第五百二十一夜 おっちゃんと『シャンナムの写本』(後編)
軽く眠ったつもりだったが、目が覚めると夜明けだった。
空腹だったので、余っていた保存食などを齧って朝を迎える。朝食を摂って、部屋に戻ろうとする。
起きてきたターシャと会った。
「おはようございます。『シャンナムの写本』の半分は手に入りました」
ターシャは冴えない顔で申し出た。
「そう。なら、朝食後におっちゃんの部屋で話しましょう」
一時間ほど部屋で待つと、ターシャがやってくる。
『シャンナムの写本』を渡すと、ターシャは『保存』の魔法を掛ける。
『収納箱』の魔法が掛かっている鞄に『シャンナム』の写本をしまった。
ターシャは、ほっとした顔で告げる。
「これで、まずは半分が回収できたわ。残りは半分ね」
「英雄の墓からは、何も出なかったんですか?」
ターシャは曇った表情で、結果を報告した。
「ルシウスの墓を筆頭に、英雄と呼ばれる人間の遺骨が納められている棺を全部すっかり開けた。だけど、写本らしきものはなかったわ」
「となると、人間の英雄の墓ではないのかもしれんのう」
ターシャは困った顔で意見した。
「確かに隠された文字には《人間の》文字は、なかったわ。でも、ミノタウロス族の墓を暴くなると、大問題よ」
「とりあえず、ラウラはんに相談してみようと思います」
「わかったわ、頼むわ。おっちゃん」
「任せてといてください。吉報を持ってきます」
おっちゃんはダイダロスの関所に行く。関所で止められる事態には、ならなかった。
「通ってもええの?」と役人に訊く。
「戦争は終わった。そういうことだ」と不機嫌な顔をした役人に告げられた。
関所を通ると、『瞬間移動』で王の館へと急ぐ。
二度、やって来ているおっちゃんは、客人として館内に通された。
夜までラウラを待つと、ラウラがその日は早く帰ってきた。
「夜に、すんまへんな。ちと、ご相談があります」
ラウラは軽い調子で応じる。
「何ですか? 私の利益になる話なら、いいのですが」
「実は『シャンナムの写本』を探しています。その『シャンナムの写本』がミノタウロスの英雄の墓の中にあるかもしれんのですわ」
ラウラは、あっさりとした態度で認めた。
「あるかもしれませんね『シャンナムの写本』」
「ほんまでっか?」
ラウラが柔和な顔で答えてくれた。
「ダイダロス王の棺には、人間から奪った大事な書が入っていると、父から聞きました」
「なら、その本をいただけませんか」
ラウラの表情は暗かった。
「私個人としては返還してもいいんですけど、周りがどう反応するか」
「ほな、こちらは、英雄ルシウスの銀の棺を返還しますわ」
ラウラは思案する表情をする。
「お互いに、相手から手に入れた物を返還し合うわけですね。それなら、話は可能かもしれませんわ」
おっちゃんは王の館を出ると、『瞬間移動』でクランベリーに戻る。
ターシャに、ラウラとの会談の内容を伝える。
ターシャが意気込んで話す。
「わかったわ。明日、エンニオと話し合って、ルシウスの棺を貰えるように、話を付けるわ」
「では、折衝をお願いします」
翌日、宿屋で待っていると、ターシャが戻ってくる。
「市長の一存では決められないと、弱腰になったわ。一応、明日の議会で議案を追加して議会に諮る次第になったけど、これは難しいわよ」
「そうか、駄目な時はまたなにか考えないといかんな」
おっちゃんは議会を傍聴した。
議会はターシャの予想通り難色を示した。結論が出ず、休憩を挟んでの採決となった。その時、議員の側に動く四人の人間がいた。
ガラス工芸ギルドのブルーノ、美術商のドニーノ、投資家のクラウス、鍛冶師ギルドのチプリアーノ、だった。
休憩後、議員たちが採決をする。賛成八、反対四、市の財産の処分を行うのに必要な三分の二の賛成が得られた。
ブルーノ、ドニーノ、クラウス、チプリアーノがおっちゃんを見たので、おっちゃんは頭を下げた。
一週間後、ダイダロスの関所で、空になった銀の棺と、古びた書が交換される。
ラウラが穏やかな顔でエンニオに告げる。
「これで、長きに亘る種族間の争いの歴史に、終止符が打たれましたね」
エンニオも穏やかな顔で応じる。
「長かったですね。今後は、お互い良き隣人でいましょう」
エンニオはラウラと握手を交わすと、ターシャに向き直る。
「では、市からのお礼として、この本を進呈します」
本の表題には『シャンナム』の文字があった。
ターシャは本が崩れないように『保存』の魔法を掛けて、『収納箱』の魔法が掛かった鞄にしまう。
『シャンナムの写本』も無事に回収や。これで、キヨコと一緒に旅行に、どこでも行ける)
街にある美術館の職員に、古い絵画を復元する職人がいるとわかった。
職人は、写本の復元を行ってくれる。職人の手により、完全な『シャンナムの写本』が完成した。




