第五百二十夜 おっちゃんとシャンナムの写本(中編)
店には縦四m、長さ十二mの、木製ステージがあった。ステージからは出っ張った形で丸い円形の場所がある劇場だった。
(かつての礼拝堂がストリップ劇場になっとる。神様もびっくりやで)
壁を見ると、赤、青、緑色の色使いで文字とも絵と付かないものが描いてあった。
女性は比較的に綺麗な席を、おっちゃんとターシャに勧める
「私はリリアーナ。この劇場では、踊り子をやっているわ」
ターシャが真剣な顔で尋ねる。
「それは表の顔でしょう? 本当は『シャンナムの守り手』なんでしょう?」
「そうよ。でも、表ではないわ。両方あって、本当の私なのよ」
「この場所に、『シャンナムの写本』の半分があるそうやけど、どこにあるか、教えてくれへんか?」
リリアーナは悪戯っ子ぽく笑って挑戦的に発言する。
「さあて、どこにあるでしょう」
おっちゃんは、リリアーナの視線の微妙な変化を、読み取った。
「どこにって、あれやろう?」
おっちゃんは、派手な絵を描いた壁を指で示した。でも、リリアーナは、ただ微笑んでいるだけだった。
「ターシャはん、『記憶術』の魔法を使える?」
ターシャが感心を示した顔で尋ねる。
「使えるけど、どうするの?」「今から、わいが壁に光を当てる。せやから、光を当てた後の絵を覚えて」
おっちゃんは壁に向かい合って、『光』の魔法を唱える。
『光』の魔法は白い光を出す。だが、ちょっとアレンジすれば色を変えられた。
まず、赤い光を壁に当て、次に青い光を壁に当てる。最後に緑色の光を壁に当てる。
光を当てるたびにターシャは『記憶術』の魔法で絵を記憶する。
「ターシャはん、記憶した絵から何か、わからんか?」
ターシャの顔が輝いた。
「わかったわ。文章が浮かび上がったわ」
「なんて書いてありました」
「もう、半分は、英雄の、墓に眠る、よ」
リリアーナが笑顔で口笛を吹く。
ステージの袖から、鎚を持った三人の褐色肌の逞しい男が現れた。
(身体能力は高そうやけど、戦闘能力は低そうやね)
「これは、わいの出番やね。ターシャはん、後ろで見ていて」
男たちはステージから飛び降りると、おっちゃんに襲い懸かってきた。
おっちゃんは男たちの攻撃を、ひょいひょいと避ける。おっちゃんは瞬く間に、三人をノック・アウトした。
リリアーナが微笑んで褒める。
「やるわね。おっちゃん」
「わいも冒険者家業が長いからね。リリアーナはんも襲ってくるの?」
リリアーナが穏やかな表情で、諦めた口調で語る。
「止めておくわ。剣を抜かなかったのなら、本気じゃない。なら、私じゃ敵わないわ」
「賢い選択やね。わいも、こんなところで殺し合いは望まん」
ターシャとおっちゃんが外に出ようとすると、背後からリリアーナが声を掛ける。
「『シャンナムの写本』が見つかるといいわね」
おっちゃんは振り返って訊く。
「何や『シャンナムの守り手』って『シャンナムの写本』を守とるんやないの?」
リリアーナは微笑んで優しく語る。
「私たちは、『シャンナム写本』が適切な人の手に渡るように試練を与えるだけの存在よ」
「そうか。なら、精々、リリアーナはんに認められるように頑張るわ」
「ほな、いこうか」とターシャに声を掛けて、いかがわしい酒場を後にした。
いったん宿屋に帰る。
「ヒントは手に入った。写本の在り処は最も街で価値がある場所と、英雄の墓や」
ターシャが思案顔をする。
「最も価値のある場所ってどこかしら? 魔術師ギルド、市長舎、図書館、公文書館、銀行も調べたけど、なかったわ」
「まだ、一箇所だけ調べてない場所があるわ。灯台や」
ターシャが渋い顔で否定する。
「灯台か。確かに価値はあるけど、灯台に写本を隠す場所は、ないわよ」
「灯台そのものに隠しているわけやない。この手の謎は、一捻りしとる」
「一捻りって、どんな内容?」
「それは、わからん。灯台に行って、見ましょう」
街の南門から三百m離れた小高い丘の上に灯台がある。石造りの灯台は高さが三十mで直径が八m。正面に入口があり、中には薪を運ぶための螺旋階段が通っている。
螺旋階段の先には、火を炊くための直径三mの皿状のスペースがある。海側に光が届くように、皿の後ろには大きな鏡が設置されていた。
灯台に上がる。
「海が綺麗に見えますな」
ターシャが真剣な顔で辺りを見回して、簡潔に語る。
「でも、ここには何もなさそうよ」
「時間帯が違うのかもしれん。よっしゃ、わいが一日、灯台の上で過ごします。ターシャはん、もう一つのヒント――英雄の墓の捜索を、お願いします」
ターシャは機嫌よく了承した。
「わかったわ。二人してここにいても、意味ないわ。英雄の墓は私が捜索する」
おっちゃんは、その晩からずっと灯台にいた。
夕方になり夜になる。そうして、朝になる。
朝日が水平線の彼方から昇るが、何も起こらず、昼になる。
(おかしいの? 何も起こらん)
おっちゃんは昼に灯台から下りる。
灯台を見上げるが、何の変哲はない。
おっちゃんの視線が下に戻ると、灯台の影が目に入った。灯台の影の先を追うと、石碑が建っていた。
影と石碑は重なってはいない。だが、影が一番長くなる時間帯には重なりそうな位置に石碑があった。石碑には太陽のマークが描いてあった。
(これは何か、意味ありげやな)
おっちゃんはスコップを借りると、石碑の根元を掘る。
一mほど掘ると、一辺が五十㎝の銀の箱が出てきた。鍵が掛かっていたので『開錠』の魔法で外す。
中には古びた本が入っていた。表題には『シャンナム』の文字が読めた。
(よっしゃ。これで、『シャンナムの写本』の半分をゲットや)