第五百十七夜おっちゃんと鍛冶コンテスト
鍛冶コンテストが開催される日が来た。鍛冶師ギルドは、おっちゃんの挑戦を正面から受けた。旧作の再評価が行われ、新作も作られていた。
最終的に出品された品は二十二品。二十二品をクラウスが連れてきた他の街の鍛冶師が鑑定して、まず足切りを行う。
結果、十五品が最低基準を満たしている品と認定された。
会場は市のホールを借りて、一般客も見られるようにした。十五品の内訳は武器が八品、甲冑が三品、包丁が二品、鍋が一品、釜が一品だった
基準を満たした品はコンテスト開催中に展示される。鍛冶師は当然のこと、一般客も展示を見に来た。
審査最終日に、一般客がいなくなってから審査する。おっちゃんは点数と共に、短い講評をつけるためにメモを取っていた。
「一目ちらっと見ただけでも、ええ品だとわかるものばかりやな」
おっちゃんが審査をしていると、明るい顔でクラウスがやってくる。
「どうです。おっちゃん、新クランベリーの名前を付けられる品は出そうですか?」
「思いのほか、ええ物が出てきて驚きですわ。三位と四位は決まりましたが。一位と二位で、迷っています」
クラウスが興味を示した顔で尋ねる。
「ちなみに、三位と四位は、何ですか?」
「四位は包丁の、できのええほう。三位は鍋ですわ。四位の包丁はとにかく、切れ味がええ。鍋は特に持ち手に使い易い工夫がしてあって、考えられた品ですわ」
クラウスは、にこにこした顔で持論を述べる。
「いい傾向ですね。武具だけでは、売り先が限られる。ここで、一般家庭用の金物の質がいいとなると、輸出には大きくプラスになる」
「それで、問題は一位と二位ですわ。長剣と戦斧で迷っています」
「迷う態度は、わかります。私のほうでも、観覧に来た鍛冶師から聞き取り調査をしました」
「鍛冶師は何と評価しておりました?」
クラウスが穏やかな顔で教えてくれた。
「一位が長剣、二位が鍋、三位が戦斧でした」
「二位が鍋か。やはり、見ている人間は見ているんやな。でも、一位は長剣か迷うな」
クラウスが意外そうな顔して訊く。
「長剣には何か、問題があるのですか?」
「長剣は確かにええ品やけど、あれは名人が鍛えた昔の作品や。それに比べて戦斧は新人が作った新作や。わいとしては、若くて挑戦してきた人間を評価してやりたい」
クラウスは合点が行った顔をする。
「なるほど。新人にコンテストの一位を取らせて、弾みを付けてやりたいわけですか?」
「そうや。新人が受賞すれば、同じ年代の奴らも負けてはおれんと、奮起するやろう。また、認めてくれる場ができるなら、励みにもなる」
「未来を見越しての受賞ですね」
「だけど、これで一位になって傲慢にならんか、ちと、心配もしている。慢心は職人の敵や」
クラウスが愛想の良い顔で、優しく伝える。
「色々と考えているんですね。でも、大丈夫でしょう」
「なして、大丈夫やなんて、保証できるん?」
クラウスがしれっとした顔で内情を教えてくれた。
「コンクールで上位の職人には仕事を発注するので、職人の素行調査をしました」
「徹底しとるな。それで、どうやった?」
「戦斧を作成した職人は、一時期、腕が認められませんでした。それで、とても荒れていました。ですが、立ち直って作った品が出品作品です」
「そうか。なら、今は亡き名人には悪いが、街のために新人に花を譲ってもらおうか。世代交代は必要やし、そんな職人なら、報われてもええやろう」
おっちゃんは一位に戦斧を選び、講評に「将来に期待」とコメントをつけた。
翌日に順位が発表される。講評が読み上げられて、クラウスから優勝者に賞金が授与される。
一位に輝いた若い男の職人は、涙ぐんでいた。
コンテストが終わったので、鍛冶街を覗く。さっそく金物を扱う商人が、コンテストに出品が認められた職人の工房に出向く姿が見て取れた。
コンテストを境に、クランベリーの職人に変化が訪れた。鍋や包丁が評価されるとわかった。高価な武器や防具しか作らなかった職人が、一般的な品を作り始める。
元から質のよい製品を作る技術があるだけに、家庭用金物も質がよい物ができた。
クランベリーの鍛冶師ギルドはダンジョンを失ったが、別の道で生きていく術を見出し始めていた。
(ガラス産業、美術品、鍛冶師の街の主要産業は形を変えて復興する兆しがある。ミノタウロス族との和睦も順調。これでやっと『シャンナム』の写本を探せるで)