第五百十六夜 おっちゃんと遺言開示
四日目に来客があった。相手は茶色の肌の、ミノタウロス族の男性だった。
男性は黒い色のゆったりした裁判官服を着ていた。男性がおっちゃんをじろりと見て、発言する。
「裁判所長のカイロスです。二、三、お聞きしたい内容があり参上しました」
「へえ、何でしょうか?」
カイロスがおっちゃんを見定めるように確認する。
「あなたが冒険者の、おっちゃんですね?」
「わいが冒険者のおっちゃんですが、どんな御用でっしゃろ?」
カイロスが真剣な顔で告知する。
「貴方が持ち帰った木箱には、先王の遺言が入っていました」
(まあ、予想はしていた)
「それで、何と書いていました?」
カイロスが厳しい表情で教えてくれた。
「この遺言書を手にした子孫に、王位を譲る」
(おっと、この展開は意外やな。でも、わいにしたら嬉しい流れや)
「なら、ラウラはんが女王でっか?」
カイロスが表情を歪めて伝える。
「法律上はそうなります。ですが、ここで、異議が申し立てられました」
「ははん、ラウラはんはわいの手を借りた。つまり、いちど遺言状が人間の手に渡っている以上、偽造されたんやないかと疑ったんやな?」
「はっきり申し上げれば、そうです」
「わいは、隠してあった場所で見つけただけ。蝋の封印かて、そのままに持ち帰りました」
カイロスがおっちゃんを見据えて問い質す。
「つまり、法と正義の神に誓って、嘘はないと申告するんですね」
「ええ、誓って嘘はないで」
「では、私がここに来る前に遺言状の中身を知っていましたか?」
「いいえ、カイロスはんから初めて聞きましたわ」
カイロスの言葉が和らぐ。
「おっちゃんさんの言葉に嘘はないですね」
(何や。部屋に入る前に、魔法を使っていたんか。当然やね)
おっちゃんは気になったので尋ねた。
「一つ質問してもええですか? ラウラはんは女王になれそうですか?」
カイロスがむすっとした顔で答えた。
「なれるでしょう。なってもらわなくては、法律家として困る」
「なら、人間との和睦は先王の言葉通りで、変更はなしと考えていいんやろうか?」
カイロスが素っ気ない態度で、回答を拒否した。
「私は法律家であって、政治家ではありません。その問いには答えられませんな」
カイロスが帰ると、二日後にラウラがやってくる。ラウラの顔に疲れの色があった。
「お待たせして、申し訳ありません。色々と厄介な手続きがありました」
「そうですか。女王になるのも大変でしょうが、頑張ってください」
「そうね、大変よね」とラウラは愚痴った。
「ほな、わいの用件を済ませても、ええですか。新しい女王に先王のお悔やみを申し上げて、献花するのが、仕事ですから」
ラウラが穏やかな顔で、あっさりと告げる。
「わかったわ。お悔やみは今ここで聞いて、献花も頂いた経緯にするわ」
「街に行ったら、まずいですか?」
ラウラが表情を曇らせる。
「今は、まずいわ。下手に街に来ると揉め事が起きそう」
「そうですか。なら、帰りますわ。あと、和睦の条件は先王が出した通りと考えて、ええやろうか?」
ラウラが気のよい顔で請け合ってくれた。
「和睦の条件の変更はないわ。これは、ブレンダルの女王の決定よ」
「わかりました。それなら、大手を振って帰れます」
ラウラが柔和な笑みを浮かべて、頼んだ。
「そう。あと、これから、友情と親しみを込めて、おっちゃんと呼んで、いいかしら?」
「ええですよ。実際に、おっちゃんですし」
おっちゃんはダイダロスの関所を後にして、クランベリーの街に戻った。
市長舎に寄って、エンニオとターシャに報告する。
「只今、戻りました。ミノタウロス族は、女王ラウラはんが王位を継承します。そんで、和睦の条件に変更はないそうです」
エンニオがほっとした顔をする。
「いやあ、よかった。なら、和睦が成立しそうだ」
ターシャも安堵した顔で労う
「ご苦労様。これで一安心ね」
「へえ。ただ、ラウラ政権は、まだできたばかりで、安定していないので、注意は必要です」
エンニオが気楽な顔で告げる。
「でも、政変なんて、簡単には起きないだろう」
「だと、ええんですけどねえ」




