第五百十五夜 おっちゃんと隠された遺言(後編)
ダイダロスの関所から馬車で二時間進んだ場所に、ミノタウロス族の首都はあった。
首都の名は偉大なる祖先の名を取ってダイダロンと呼ばれていた。
ダイダロンの人口は二万人。街は高さ十五m、幅二mの石壁で囲まれて、六つの見張り塔を持つ長方形の町だった。
街の中は石造りの建物が多く、クランベリーと同じく、白石灰塗りの壁が多かった。
街の西側には周囲が二十㎞はありそうな湖があり、湖と隣接する場所に王の館が建っていた。
王の館は周囲が四㎞ほどと、あまり大きくなかった。王の館の正面の門柱には、王家の紋章が彫られていた。
ラウラが微笑んで説明する。
「あまり館が大きくなくて驚きましたか?」
「そうですな。もしかして、行政の中心になる城は別にあるんですか」
「王が執務をする城は、街の中央にあります。この館は父が仕事のない日に、のんびり家族と過ごすために建てたものです。おそらく、父が何かを隠すとしたら、館のほうです」
馬車から下りて正門を潜る。緑豊かな中庭を通って館の中に入る。館の中には彫刻の類が多く、絵は少なかった。
おっちゃんを見るとミノタウロス族は視線を向けてくる。されど、ラウラと一緒だと、呼び止められることはなかった。
ラウラは自然な態度で、おっちゃんを館の上階にある国王の私室に案内した。
国王の私室は、四十畳ほどの広さしかなかった。大きなベッドの他は、本棚や机があるだけの質素な部屋だった。
ただ、部屋の壁には、大きな東大陸の地図が掛けてあった。
地図は木の板に彫られたもので、作者はダミアーノとなっている。
おっちゃんは、すぐにダミアーノの地図が怪しいと思った。
「あの地図を外しても、ええですか?」
「どうぞ」とラウラが穏やかな顔で答える。
地図には、すでに誰かが外した痕があった。
おっちゃんは地図を裏返しにして調べる。何の変哲もない板に見えた。
でも、おっちゃんが手袋を脱いで、そっと触ると、手触りが違う箇所があった。
「裏に秘密の文字がありますな」
「わかりますか?」
「透明で読めんが、触ると感触が違う。きっと、魔法の透明インクや。これは水に漬けると水を弾く。霧吹きで水を掛けたらええ」
ラウラが済まなさそうな顔で告げる。
「実は、インクの秘密までは、私も辿り着きました。そこからが、わからないんです」
「何や、文字はわかったんですか。何て書いてあったんや?」
ラウラが弱った顔で教えてくれた。
「文字は、くりー、のうどう、ろうやへごー、と書いてありました」
「くりー、のうどう、に心当たりはありますか?」
「クリーという村があり、農道が通っています。ですが、村には牢屋はありません」
おっちゃんは言葉をばらして考えた。すると、思い当たる場所があった。
「わかったかもしれん」
「父の残した言葉は何を意味するのでしょう」
「確かなことはまだ言えません。少し時間をください。また、明日の昼、ダイダロスの関所でお会いしましょう」
「わかりました。お願いします」
おっちゃんは馬車でダイダロスの関所に送ってもらうと、そこから『瞬間移動』でクランベリーの街に帰った。
おっちゃんは、その日の夜に、『暗視』の魔法を使い、街の西にある納骨堂に、忍び込んだ。
クランベリーの納骨堂は、地上一階、地下二階。地下の納骨堂の壁は、動物と人間の骨を漆喰で固めて壁に埋め込んだ芸術家のダミアーノが設計していた。
(くりー、のうどうは、クリー村の農道を現すわけやない。くりー、のうどう、は省略や。指し示す場所は、クランベリー納骨堂や)
納骨堂の骨を収める場所には、木の蓋がしてあった。
おっちゃんは六八五〇の蓋を探す。地下二階に六八五〇の番号が掘られた場所があった。木の蓋をどけようとした。だが、魔法で鍵が掛かっていた。『開錠』の魔法で開ける。木の蓋の向こうには、骨の代わりに、縦三十㎝、横十五㎝の木箱があった。
木箱には、厳重に蝋の封印がしてあった。封印は、王の館の門柱にあった紋章と同じだった。
(どうやら、これは、タウラス王の遺言やな。人間の街に隠すとは、ミノタウロス族では簡単に見つけられん仕掛けやな)
おっちゃんは封印を壊さないように、木箱を納骨堂から持ち出した。
翌日の昼に、ダイダロスの関所に行く。そわそわした態度でラウラが既に待っていた。
「ラウラはん、お父さんの隠した木箱を見つけたで」
ラウラは顔を輝かせた。
「ありがとうございます。さっそく持ち帰って、兄たち立会いの下、開けさせてもらいます」
「その件なんやけど。わいも、タウラス王が残した箱に興味がある。このダイダロスの関所で待っておるから、中身が何だったか、教えてもらって、ええ?」
ラウラは機嫌のよい顔で、請け負ってくれた。
「わかりました。明日の昼には、お伝えしましょう」
ラウラは馬車に乗って去った。
おっちゃんは前に使った部屋より大きく、きちんとしたベッドがある部屋に案内された。
食事もパンとトマト・スープの他に肉料理が一品と酒が一杯つく食事に、グレード・アップされていた。
(今度はお客さん扱いやね)
夜が明けて昼になる。だが、ラウラからの使いは来なかった。遅れているのかと待つと、夜になった。
(何や? 兄弟で揉めるような内容が、書いてあったのかもしれんなあ)
おっちゃんは、帰らずに待った。関所の責任者からも、「帰れ」とは、命じられなかった。
二日、三日と時間が経過する。だが、ラウラからの連絡もなく、退去の指示もない。
ただ、食事と部屋だけが提供される。




