第五百十四夜 おっちゃんと隠された遺言(前編)
おっちゃんはダイダロスの関所の近くに行くと、トロルの姿になる。腰巻きを装備して、人間の持ち物を隠した。
ダイダロスの関所では、国旗が半旗で掲げられていた。
中に入ると、雰囲気も暗かった。きょろきょろと辺りを見回す。
以前に一緒に戦ったミノタウロス族の兵士が通り掛かったので訊く。
「お久しぶりですな。何か、ここの雰囲気が暗くなっていませんか? 国旗も半旗で掲げられているし、何ぞ、ありましたか?」
兵士が渋い顔をして教えてくれた。
「国王陛下が亡くなって、喪中なんだよ」
おっちゃんは素知らぬ振りをして尋ねる。
「ほんまでっか? 国王陛下って、頑強なイメージがあったんやけどな。ご病気でっか?」
「狩りの先で寄ったサウナから出て亡くなった。国からは心臓の病とだけ発表があったよ」
(国王は高齢やから、不審死とは言いきれんな)
「そうでっか。それはまた、国の行方は心配でんな」
兵士は難しい顔をして、内情をぺらぺら語った。
「国王陛下には息子二人と娘がいる。だけど、後継者は指名せずに亡くなったからなあ」
「ほな、次の国王は未定でっか?」
「長女にラウラ様がいる。だが、政治的手腕からいって、長男のアウラス殿下か、次男のカウラス殿下が継ぐことになるだろう。だが、先行きは不明だ。家臣団も困っている」
(後継者問題があるとは、厄介やなあ)
「それまた、人間との戦争状態なのに、不安でんな」
兵士は不安気な顔で、困った調子で語る。
「和睦の話はあるが、戦争はまだ終結を見ていない。アウラス殿下は和睦に不満があった。だから、アウラス殿下が即位したら、和睦が白紙って展開もある」
「ほな、次男のカウラス殿下はどうでっか?」
兵士は表情を少し和らげて、さらりと話す。
「カウラス殿下は良くも悪くも先例主義だから、先王の遺志は継ぐ。カウラス殿下なら和睦は継続になるよ」
「なるほど、どっちが王様になるかによって、国の方針は変わるんやなあ」
兵士は弱った顔で持論を述べる。
「俺としては和睦路線を継続してほしいけど、和睦に不満のある奴は、多いからなあ」
「ちなみに、どっちが優勢とかあるんですかね?」
兵士は弱った顔のまま、肩を竦めて発言する。
「俺みたいな下っ端には全然わからないよ」
「兄弟の仲って悪いんでっか?」
「取り立てて悪くもなければ、良くもないよ」
一度、関所を出て、今度は人間の格好で、ダイダロスの関所を訪れる。
六人の兵士に行く手を遮られたので、用件を伝える。
「噂で国王陛下がお亡くなりになったと聞いたので、街を代表して弔意を表しに来ました」
「こっちで待っていろ」と前回、軟禁された部屋に通された。
(これは、長引くパターンやな)
おっちゃんの予想通りに、夕方に簡易ベッドが運ばれて来た。食事はパンとトマト・スープだけが出る。
(人間側に王が亡くなった事実を伝えるか、先の和睦の話をどうするかで、揉めているんやろうな)
翌昼におっちゃんは部屋から出された。部屋から出された先には、大きな馬が引く全長五mの四頭立ての黒い馬車が停まっていた。
「お乗りください」と黒い服を着たミノタウロスの御者がドアを開ける。
中には身長二mのミノタウロス族の女性が乗っていた。女性の年齢は五十くらいで、赤い肌をして、緑のワンピースを着ていた。
馬車に乗ると仄かに薔薇の香がしていた。おっちゃんが斜め向かいに乗ると、馬車は走り出した。
女性が優しい顔で挨拶をした。
「私の名はラウラ。父の弔問にいらしたのに、関所でお止めして、申し訳ありませんでした」
(何や? 王女様が直々にお迎えとは好待遇やけど、これは国の決断やろうか?)
「初めまして。クランベリー市長の名代として弔問に来たオウルです。この度は、誠にご愁傷様でした」
ラウラが寂しそうな顔で応じる。
「父は高齢でした。大好きな狩りの後のサウナを出て休んでいるところを、眠るように亡くなったと聞いております。これもまた、命の終わりの形なのでしょう」
「そうですか。そういう考え方も、ありますな」
ラウラが真剣な顔で申し出た。
「私はお聞きしたい話があります。クランベリーの街について、です」
「先の戦争の件は、真に申し訳ありませんでした。全ては傭兵団長のバルトロメオに踊らされた街の人間の責任です。きちんと賠償金は用意します」
ラウラが表情を曇らせて語った。
「和睦の件ですが、そう簡単には、いかないかもしれません」
事情は知っていたが、「なぜですか?」と知らない振りをする。
ラウラが沈んだ顔で静かに告げる。
「和睦を進めたい父が亡くなり、状況が変わりました。弟のアウラスが王位を継げば状況は変わるでしょう」
「アウラス殿が即位する話は決定ですか?」
「ミノタウロス族に長子相続の習慣はありません。後継者は先王が決めるのが原則です」
「先王は何と仰っていたんでっか」
ラウラが困った表情をして、教えてくれた。
「父は後継者を指名していませんでした。ただ、気になる言葉を常々、申しておりました」
「それは、何と?」
ラウラが困惑した面持ちで、わけがわからないとばかりに話す。
「もし、自分に身に何かあったら世界に聞けと。世界に答えがあると」
「何やら、意味深な言葉やな」
ラウラが晴れない顔で、心情を語る。
「私も父が残した言葉には意味があると思います。ですが、私には、その言葉の意味がわかりません」
「なるほど、謎解きや思うておりますのか?」
ラウラが弱った顔で頼む。
「人間の街には、冒険者と呼ばれる、謎解きに長けた人間がいると聞きます。父の残した謎を、解いてもらないでしょうか」
「ええですよ。わいは、これでも、おっちゃんの愛称で呼ばれる冒険者です。わいが協力しますわ」