第五百十三夜 おっちゃんとタウラス王
翌日の朝に食事を終えると、外に出るように命じられた。
外は晴れており、天気がよかった。石畳の上には赤い敷物が敷かれ、机を挟んで豪華な椅子と普通の椅子が用意されていた。
おっちゃんは、普通の椅子に座って待った。すると、二十人の護衛と六人の家臣を引き連れた、ミノタウロス族の男性が現れた。
男性の年齢は七十を過ぎていると思われたが、筋骨隆々だった。男性は銀糸で龍をあしらった派手な緑の服を着て、緑の布帽子を被っていた。
護衛の兵士が畏まって告げる。
「タウラス陛下のおなりである」
(いきなり、国王が出て来るとは、これは、和睦いけるかもしれんな)
おっちゃんは席を立って、タウラスが座ってから改めて座る。
「クランベリーの街の市長の遣いで来ました。オウルといいます。この度はとんだご迷惑をお掛けしました。都合がよい申し出ですが、和睦したい」
タウラスは怒った様子もなく、澄ました顔で尋ねる。
「人間が非を認めて和睦を申し出るなら、別に、聞いてやってもよい」
(おっと、これは幸先がいいね。すんなり行くかもしれん)
「して、和睦の条件は何んでっしゃろ? できる限り、ご要望に添いたいと申します」
「なら、金貨千枚でいいだろう」
(何や、賠償金だけでええんか。しかも、金貨千枚っては、破格の安さやで)
おっちゃんと同じ内容を考えたのか、家臣の一人が険しい顔で申し出る。
「畏れながら陛下、その条件では、こちらが不利です。せめて、一万枚を請求しては、どうでしょう」
タウラスが、意見した家臣を不機嫌に見詰める。
「一万枚もの金貨は、人間側が用意できないであろう」
家臣が弱った顔で、申し出る
「金貨千枚では、防衛に要した戦費を賄うのが、やっとです」
他の家臣も「そうだ」と同意せんばかりに、小さく頷く。
タウラスが怒った顔で家臣を大声で叱り付ける。
「我が国ブレンダルには祖先が残してくれた銀がある。金なら国にあるのだ」
タウラスの言葉に、家臣は黙った。タウラスは真剣な顔で家臣を諭す
「掻く必要のない欲を掻けば、国に災いを齎す。それよりも、早急に人間との関係を修復して今後の諍いを防いでほうが国益に叶う。憎しみは忘れなければ、国を腐らす病となろう」
おっちゃんはタウラスの言葉と態度に感心をした。
(何や中々言える言葉やない。タウラスはんは立派な哲学を持った王や)
おっちゃんは静かに分析をする。
(タウラスはんが王様なら、このダイダロスの関所を破ったところで、それより先に人間は進めんかったやろう。この国に喧嘩を売るのは、間違いやったな)
タウラスの言葉に家臣は黙った。
タウラスは改めて、おっちゃんに向き直った。
「条件はしかと伝えた。あとは、そちらで検討してくれ」
「わかりました。早急に金を掻き集めるように、市長に進言します」
おっちゃんは、その日の内に解放されたので、市長舎に急いだ。
市長舎にはエンニオとターシャがいたので報告する。
「和睦に応じても、ええそうや。条件は賠償金で金貨千枚や」
ターシャの顔が曇った。
「嫌に少ない賠償金ね。条件は誰が言い出したの?」
「タウラス王が自ら会って申し出たから間違いないで」
エンニオが安堵した顔で喜ぶ。
「金貨千枚なら、銀行家を回れば集められる。いや、集めてみせる」
ターシャの表情は、冴えなかった。
「街の景気が上向いて来ているから、有力者を回れれば金貨は集まるわ。でも、話がうますぎる気がする」
「わいが見た感じ、賠償金で安心させておいての不意打ちはない」
「どうして、そう断言できるの」とターシャが心配した顔で尋ねる。
「兵の動きを観察する時間がありました。街を攻めるような訓練はしていなかった。あとは、石畳の上を通過する音や」
「音?」とエンニオとターシャが怪訝な顔をする。
「戦争をやるなら物資が大量に要る。でも、関所に来る荷車はそう多くなかった。もし、戦争をするなら、もっと、荷車の音がする」
ターシャが感心した顔をする。
「よく見て、よく聞いていたわね。いいわ、戦争の準備をしてないなら、和睦の話は本当と見ていいわね。よくやったわ」
おっちゃんが街に戻ってから四日後のことだった。
夜に宿屋の自分の部屋にいると、ターシャが青い顔をして、息を切らしてやってきた。
ターシャはおっちゃんの部屋に入ると、真剣な顔で伝える
「おっちゃん、悪い知らせよ」
(何やろう? 何か、よくないことが起きたんやろうか?)
「どないしはりました。金貨が集まらんかったんか?」
ターシャは、他人目がない状況を確認してから、口を開く。
「そうじゃないわ。タウラス王が死去したわ」
「何やて! それ、ほんまでっか? わいと会った時は、ピンピンしていましたで」
ターシャが厳しい顔で説明する。
「飛翔族からの情報よ」
「それは信憑性が高いな。よっしゃ、わいが弔問客として出向いて真偽を確かめてくる」
おっちゃんは喪服と喪章を用意する。こっそり腰巻きも用意した。




