第五百十二夜 おっちゃんと和平会談
街の鍛冶師ギルドと金物商は、鍛冶コンテストの開催に向けて動き出す。鍛冶コンテストに出しても恥ずかしくない作品探しに、躍起になっていた。
同時に今まで名を上げるチャンスがなかった職人たちも、一山どうにか当てようと、我こそはと鍛冶コンテスト挑戦する者もちらほら現れた。
金物街と鍛冶工房では、にわかに活気を帯び始めていた。
(ええ感じに加熱してきておるの)
ただ、諸手を挙げて喜んでばかりもいられなかった。
街ではミノタウロス族が攻めて来る噂が流れていた
おっちゃんが宿屋に帰ると、ターシャが晴れない顔で待っていた。
「おっちゃん。ミノタウロス族が攻めて来る噂は知っているわね?」
「街で噂になっておりますね。皆が不安がっています」
「これではいけないと思うの。エンニオさんも、ここいらで、どうにか手を打ちたいと思っているわ」
「そうでっか。なら、わいが、ちょっと和睦の使者として、和睦の条件を聞いてきますわ」
ターシャが真剣な顔で申し出た。
「和睦の使者なら私が行くわ」
「ターシャはんは司令官や。ここを動いたら、あきません。わいがもし帰れなくなっても、わいの代わりは探せます。せやけど、ターシャはんの代わりはいません」
ターシャは苦い顔で警告する。
「でも、相手は異種族よ。話が通じるかどうかわからないわ」
「心配は要りまへん。北方賢者さんかて教えています。種族が違うからといって、下手な先入観を持って敵対するなと」
ターシャは厳しい顔で念を押す。
「そうだけど、本当にいいの? 危険な仕事よ」
「任せてください。わいかて冒険者の端くれ。危険な仕事には慣れています。ほな、明日にでも行ってきますわ」
ターシャは渋々の顔で市長の信任状を渡してくれた。
翌日、おっちゃんは仕度を調える。武器をターシャに預けて、ダイダロスの関所に向かって歩き出した。
関所がある谷の近くに来ると、革鎧と短槍で武装した四人の兵士に囲まれた。
兵士のリーダーが険しい顔で声を荒げる
「停まれ、人間。ここに何の用だ?」
「真に勝手な言い分ですが、和睦したいと、市長が申しとります。和睦の使者として来ました」
兵士のリーダーが恐ろしい顔で尋ねる。
「不意打ちのように攻めて来て、次は和睦だと? 人間は何を考えている!」
「戦争したがっていた人間が負けて、街から逃げ出しました」
兵士のリーダーが鼻息も荒く馬鹿にした。
「首謀者が逃亡だと? とんだ腰抜けだな」
「街に残っていた人間は戦争に反対する人間です。そんで、関係を改善したくて、やって来ました。もちろん、人間側から戦争を仕掛けた事実は重々承知しています」
おっちゃんは信任状を見せる。
信任状を見て、兵士のリーダーは渋い顔をして命令した。
「わかった。上の者に取り次いでやる。従いてこい」
おっちゃんは囲まれて、ダイダロスの関所に連れて行かれた。
両側が切り立った灰色の谷の間にある関所の修復は、既に終わっていた。谷を閉鎖する長さ八十m、高さ十五mに及ぶ石壁が聳えていた。
おっちゃんは関所の外で兵士に囲まれて、三十分ほど待たされる。兵士の視線は誰もが険しく、雑談をする雰囲気でもなかった。
(雰囲気が物々しいな。ミノタウロス族は防衛に成功した。せやけど、犠牲者が零だったわけやない。やはり、人間を恨んでおるんやろうな。上の者も同じ気持ちなら和睦は難航するかもしれんん)
しばらく待たされると、関所の門を潜ることが許された。
幅八m、高五mのアーチ状の門を潜る。三十mほど石畳が続いた場所に出る。
石畳の先には縦二十m、横十五mの長方形の石造りの建物が六棟並んでいる。
おっちゃんは一番手前の建物に案内された。
部屋は縦横五mの小さな部屋だった。部屋には木製の机と椅子しかなかった。
「ここで待て」とミノタウロス族の兵士に乱暴に指示される。
(密輸の取調べの部屋やな)
おっちゃんは部屋に軟禁された。窓から外が見える。暇なので窓の外を眺めた。
関所は修繕が済んでいるもの、警戒態勢にあった。
(和睦の話が来ても警戒は緩まんか。用心されとるのう)
兵士を眺めているとわかったが、兵士の動きには規律が取れていた。
だが、城壁を登る訓練をしたり、攻城兵器を準備したりしている様子はなかった。兵の装備も観察するが、城攻め用の物ではなかった。
(精鋭を配備しとるが、攻城兵器は見えん。攻城用の訓練もしとらん。街を攻撃する話は、やはり人の恐怖心から出た噂やな)
そのまま、日が暮れた。夕方になると、葦で編まれた粗末なベッドが部屋に持ち込まれた。
兵士はむすっとした顔で告げる。
「今日はここに泊まって行け」
夕食にはライ麦パンとトマト・スープが出される。
(これは、あれやな。急いで馬を飛ばして、お伺いを立てに行ったな。ちゃんと情報が伝わったのなら、態度も、はっきりするやろう)
翌日、翌々日と動きはなかった。ただ、食事だけは三食とも出た。
食事はその都度に違ったので、兵士と同じものが出ていると予想した。
荷車が通る音などに注意を巡らしていた。
おっちゃんは文句を言わずに、黙って事態が動くのを待った。
五日目におっちゃんは兵舎の風呂場に連れて行かれる。
「明日の朝に要人と会う。きちんと体を洗って綺麗にしろ」
「へえ」と答えて、髭を剃って体を洗う。
(やっと、五日目にした事態が動いたの。さて、和睦には、どんな条件が出て来るんやろうな?)