第五百十一夜 おっちゃんと鍛冶コンテストの事前準備
美術コンクールはその後に無事に三日目を終える。ジーノの厳正なる集計結果、画家のフリオが優勝した。
フリオの大作『港と灯台』は金貨二百枚の破格の値でクラウスに買い上げられた。
クラウスは他にも売り上げ上位二十名を入選として、参加費である作品を金貨二十枚で買い取ると発表した。
美術コンクールが終わり、立食パーティーになる。
さっそく二十一名の芸術家の作品を持つ美術商の許に商人の輪ができて、和やかな談笑が行われる。
おっちゃんの許にクラウスが寄ってきて、気さくに声を掛ける。
「どうやら、無事に美術コンクールは終わりましたな」
「ええんですか? クラウスはんは賞金だけでも、金貨六百枚の出費でっせ」
クラウスが明るい顔で自信を滲ませて語る。
「問題ないですよ。クランベリーはまだ不況です。でも、カンヅベリーでは、好景気になりつつある。カンヅベリーに美術品を持って行けば、元はすぐに取れる」
「美術品の投資はよくわからん」
クラウスが威厳を滲ませて訊いてくる。
「では、武具の投資はどうですか? 冒険者なら目も肥えているでしょう」
次の商売の話がクラウスから出ると、商人の何人かがこっちの様子を窺っていた。
おっちゃんは気にせず話す。
「クランベリーの武具は有名やったからね。こっちも、どうにかしてやりたいわ」
クラウスはどっしりと構えて、はっきりと告げた。
「実は真クランベリーを決める武器コンテストも、近々やりたいと思っています」
「今は武具コンテストをやってないんか? 何で中止になったんやろう?」
クラウスが少々意外そうな顔をして教えてくれた。
「御存じないんですか? 真クランベリーを決める武具コンテストは不正が横行して、中止になったんですよ」
「その、武具コンテストを復活させるとなると、また大変ですな」
クラウスは当然のことのように依頼してきた。
「そうですね。だから、お知恵をお借りしたい」
「わかりました。ターシャはんに相談しておきますわ」
パーティーが盛況のうちに終わりを告げた。三日ほど何ごともなく過ぎた。
港はガラス製品と美術品を積み出す船で賑わう。やって来る船には他の都市からの日用品が載せられていたので、物価も安くなっていった。
「ミノタウロス族との紛争の火種は、ある。せやけど、何とか街は息を吹き返したようやな」
街から戻ると、ターシャが宿屋で待っていて、精悍な顔つきで意気込む。
「おっちゃん、次は、いよいよ鍛冶師ギルド再建の番よ」
「となると、武具に真クランベリーの名を付ける武具コンテストの再開でっか?」
ターシャは明るい顔で、意気揚々と語る
「そうよ。職人には、ここぞとばかりに腕を振るってもらうわ」
「せやけど、普通に開催したら、また不正が横行するんと違いますか?」
ターシャは真剣な顔で頼んだ。
「なので、審判はおっちゃんただ一人にやってもらおうと思うの」
「そんなん、責任重大やし、作品の細かな違いはわからんよ」
ターシャは柔和な顔で、さらりと告げる
「コンテストは職人視点じゃないのよ。使用者の視点から行うわ」
「作る人間の側やなく、使う人間の側から一等賞を決めるわけですか。なら、付く銘も、真クランベリーやなくて、新クランベリーのほうがええかもしれんな」
「そこらへんは、任せるわ。明日、打ち合わせの会議があるから、審査員として市長舎に顔を出して」
「わかりました、びしっと話を決めてきます」
翌日、市長舎の会議室に行く。会議室は机と椅子が並べられ、三十人以上の鍛冶師の親方たちが来ていた。
親方たちは和やかな顔で会議に臨んでいた。会議にはクラウスも参加していた。
(なんや、金になりそうなところにクラウスありやな。今度も投資して儲ける気やな。ほんまに商売熱心な人やで)
冒頭のエンニオの挨拶の終了後に、おっちゃんは発言する。
「クランベリーの街で鍛冶コンテストをやるで。開始は四週間後や。新作を作る必要はないで。今ある品での応募も可とする」
クラウスが少しばかり意外そうな顔をして確認する。
「武具コンテストではなく、鍛冶コンテストですか?」
「そうやで」
クラウスが冷静な顔で質問する。
「審査員は、誰がするんですか?」
「わいや。わいが一人で決める。せやから、この武器には真クランベリーの銘は付けん。せやけど、新クランベリーの銘をつけていいことにする」
事前にターシャの根回しがあったのか、おっちゃんの提案に親方たちから異論は出なかった。
親方たちの表情はこの時点までは、まだ穏やかだった。
クラウスが澄ました顔で尋ねる。
「出品の基準は、どうします? 工房から何点までと決めますか?」
「出したい作品はどんどん出したらええ。今回は剣だけやなく、鉄器全般を対象とする。つまり、新クランベリーの名が付いた薬缶が、出るかもしれん」
親方たちは、単なるお祭りの一種だと思ったのか、数人が笑った。
「ただし、出品の最低基準は決める。わいが持ってきた剣より劣った品は弾く」
おっちゃんは剣を腰から外し、最前列にいた鍛冶ギルドのギルド・マスターのチプリアーノに差し出す。
チプリアーノは五十代の男性だった。頭は禿げているが、短い顎鬚をはやし、筋肉質な体をしている。服装はオレンジ色のシャツに、青いズボンを穿いていた。
チプリアーノはたかが冒険者の剣と思った顔で、鞘から剣を抜く。
刀身を見てチプリアーノの顔色が変わった。両隣にいた親方も顔色を変えた。
剣を抜いたチプリアーノが、怖い顔で驚く。
「おい、こりゃ、今は亡き名工ジュリアーノの後期の作品だぞ」
ジュリアーノの名前が出ると、会場がざわめく。
「誰が造ったかは知らんよ。でも、北方賢者さんの愛用の剣や」
剣を見たチプリアーノが困った顔で申し出る。
「待ってくれ。これよりいい剣なんて、今のクランベリーに十本もないぞ」
「だから、剣やなくてもええって。鍛冶コンテストやから、剃刀や薬缶でもええよ。ただし、質は最低でも同等やで」
クラウスが真剣な顔で、エンニオに向き直る。
「どうやら、鍛冶コンテストに作品を出そうという職人がいないらしい。なら、今回の鍛冶コンテストの話は、なしでいいでしょうか?」
エンニオは狼狽えた顔で懇願する。
「鍛冶コンテストなしは困る。もう、すでに話は出回っている。今更、なしにはしたくない」
クラウスが冷たい顔で突っ撥ねる。
「でも、作品が集まらないなら、鍛冶コンテストは無理です」
エンニオは困った顔で、おっちゃんに頼んだ。
「おっちゃん、作品の出品基準を下げてはもらえないだろうか?」
「駄目や。ここで基準を下げたら、街の評判も上がらん。これ以上の作品が賞を取ってこそ、街の鍛冶師ギルドは復活する」
親方たちは、表情も暗くぼやく。
「でも、ジュリアーノの後期の作品を超えるとなるとな」
「ジュリアーノは死んだ。その、ジュリアーノを超えられんなら、鍛冶ギルドの発展もそこで止まったも同然や」
クラウスが、むっとした顔で辛辣な意見を口にする
「おっちゃんのいう通りですな。発展しない街には投資する価値がない」
エンニオは何とか鍛冶コンテスト開催に漕ぎ着けようと、必死だった。
「待ってくださいよ、クラウスさん」
クラウスが眉間に皺を寄せて強い口調で発言する
「では、鍛冶コンテストはやるのですな? やったはいいが、出品者がいないでは大恥ですよ」
エンニオは苦しげな顔で確約した。
「大丈夫です。最低基準をクリアーする作品は、街で責任を持って集めます」
(よっしゃ。これで、舞台は整った。鍛冶コンテストが開催されても、粗悪品の出品はない。あとは、それに新クランベリーの銘をつけて、まだ街にはええ作品が残っとると宣伝したらええ)




