表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
クランベリー編
510/548

第五百十夜 おっちゃんと過剰接待

 美術コンクールは三日間に亘って行われる。三日間で最もよく売れた芸術家が優勝になる。一番売れた作品の値が大きく上がるとあって、美術商たちの見る目は真剣だった。

 あまりにも金に主眼を置いた美術コンクールなので「美の精神は金にも優る」と公言して不参加を表明する芸術家もいた。

でも、おおむねコンクールには好意的だった。


(芸術家といえど霞み霧を喰うて生きている訳やない。作品が売れんことには生活できんし、次の作品にも取り掛かれん)

 実施本部におっちゃんは役員として詰めていたが、仕事はなかった。一日目の日が沈むと集計になり、夜に売り上げの収入を銀行家が報告に来る。


 美術品の売り買いは現金で行われず、為替手形で取引をしていた。取引の間に銀行家を入れることで不正を防止していた。集計結果を銀行業界の代表のジーノが持ってくる。

 ジーノは今年で五十になる小柄な男だった。頭はすでに禿げているが、立派な顎鬚を生やしていた。ジーノは小奇麗なクリーム色の服に緑の肩掛けをして、ベレー帽に似た緑の帽子を被っている。

ジーノが笑顔で、売り上げを纏めた紙を出す。


「初日から大きな金額が動いていますね。銀行業としても、活発に商いが行われて嬉しいかぎりです」

 おっちゃんは集計表を確認する。

「これで、美術商の倉庫に貯まっている美術品が(さば)けて、芸術家が新作を作れるようになってくれると、ええんやけどな」


 ジーノが微笑んで同意する。

「そうですね。美術商も新作を買おうにも、倉庫に美術品が(あふ)れていては、新作を買い入れても、置く場所がないですからな」


 集計表を金庫にしまって、市長舎を出る。

 美術商と思わしき、六人の集団が待っていた。

「おっちゃん様、お待ちしておりました。このあと、飲みに行きませんか? もちろん、飲み代はこちらで負担します」


(来たで。接待攻勢や。売り上げは銀行協会のジーノの眼があるから、誤魔化せん。なら、わいに手心を加えてもらおうと思うとるんやな)

「駄目やで、そんな手を使ったら。集計結果は動かんで」


 男たちは顔を見合わせる。集団の一人の男が、ぎこちない笑顔で切り出す。

「そんな、不正をしようと考えているわけではないんです。ただ、現時点での情報が知りたい。誰がどこの順位にいるか、おっちゃんさんなら、わかるでしょう」

(なるほど。誰の作品を売れば、誰を勝たせられるか、知りたいんやな。受賞者の作品は値上がりする。場合によっては大金が動く美術コンクールやから、気持ちはわかる)


「それは、わかっとる。けど、わいの口からは教えられん。皆さんができるのは、いかに多くの芸術家の作品を売るか、だけや」

「そう言わずに」と集団の一人が懐柔しようとするので、おっちゃんは走って逃げた。

「待ってください」と男たちは追いかけようとした。


 だが、現役の冒険者のおっちゃんの足に敵うものはなく、おっちゃんは振り切った。

 宿屋に逃げ帰る。人の目がある宿屋までは、さすがに男たちは追いかけて来なかった。

「ふー、何とか、無事に着いたの、女将さん、何か食べる物ある?」


 タチアナが愛想の良い顔で応じる。

「ソーセージと煮込み、あと、白いパンならあるよ」

「それ、ちょうだい」 

 食堂に行くと他に六人の客がソーセージを片手に飲んでいた。


 他の泊まり客の男たちが、こそこそと視線を向けてきていた。

(泊まり客は美術品を買いに来た商人か。わいがぽろっと何か(こぼ)すのを聞き逃すまいとしておるね)

 おっちゃんは警戒したが、タチアナが自然な口調で尋ねる。

「美術コンクールは変わった趣向だけど人気だね。誰が最有力候補なんだい」


 宿屋の客の会話が止まる。

「あかん。いくらタチアナはんのお願いでも、これは教えられんわ。余計な話をすると、結果に影響する」

「そうかい」とタチアナは残念そうな顔で話すと、それ以上は訊いてこなかった。

 ソーセージと煮込みを食べて部屋に行く。


 部屋の扉の前に行くと、部屋の中から人の気配を感じた。扉を開けて、『光』の魔法を中に掛けると、ベッドの中に人が寝ていた。

 おっちゃんは扉を閉める。ベッドの毛布がごそごそと動き、誰かがベッドに座る。

 相手は上半身裸で褐色肌をした黒髪の、十八くらいの女性だった。女性は面長で切れ長の眼をしていた。顔には紫のアイシャドーをしている。


 女性はにこやかな顔で明るく告げる。

「こんばんは、おっちゃんさん。美術商のドニーノさんからプレゼントです」

 女性はベッドで右手を差し出して、おっちゃんを誘う。

 おっちゃんは女性の笑顔の裏に潜む、微かな殺意を敏感に読み取った。

「なるほど。それで、わいが手を取ると、わいは死ぬわけやな?」


 女性は屈託のない顔で保ける。

「もう、やだ、何を言っているんですか?」

 おっちゃんは構わず『魔力の矢』の詠唱を開始した。

 途端に女性が素早く後退して、よろい戸を体で押して、外に転がり落ちた。


 窓の外をおっちゃんが見た時には、暗闇に走っていく女性の影が見えただけだった。

「過剰接待に見せ掛けた暗殺か。呪われた絵の件といい、何かが裏で動いておるのう」

 おっちゃんはタチアナに頼んで、部屋を替えてもらった。


 宿屋のロビーで待っていると、夜遅くにターシャが帰ってきた。

 ターシャの部屋で暗殺未遂を話す。

「今日は過剰接待に見せ掛けて、暗殺されそうになりました」


 ターシャは渋い顔で訊く。

「おっちゃんは暗殺未遂をどう考えるの?」

「さっぱりや。わいが死んでも、優勝者は出る。美術コンクールの妨害とは違う気がする」


 ターシャは難しい顔で見解を述べる。

「もしかしたら、『シャンナムの写本』絡みかもしれないわね」

「何か知っとりますの?」


「『シャンナムの守護者』と呼ばれる集団が、『シャンナムの写本』を集めるのを妨害をしているのよ」

「となると、やはり、この街に『シャンナムの写本』はあるのかもしれんなあ」

おっちゃんは替えてもらった部屋の窓に魔法で施錠して、その日は眠りに就いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ