第五百六夜 おっちゃんと紫月夜茸(前編)
パーティーが終わった翌日は、ゆっくりと休む。
次の日にターシャと打ち合わせをする。
ターシャが機嫌もよく、明るい声で発言する。
「パーティーは好評の内に終わったわ。ガラス製品の質が元に戻ったのも、他の街の人は理解してくれたわ」
「金を掛けてパーティーを開いた価値がありましたな」
ターシャが表情も晴れやかに語る。
「投資家のクラウスさんから、美術コンテストへの投資の話が持ち上がったわ。美術商たちにも明るい話題を提供できた」
「これを機に、街中の美術品相場も底を打ってくれるとええんやけどね」
ターシャが爽やかな顔で予定を話す。
「私はこれから、美術商組合やコンテストの主催者のクラウスさんと話を詰めるわ」
「ほな、わいは、鍛冶師ギルドの再建に取り掛かりましょうか?」
ターシャが表情を曇らせて、待ったを掛けた。
「それより先に、やってほしい仕事があるのよ。市長に面会に行って」
「もしかして、ミノタウロス族との戦争の後始末ですか?」
ターシャが難しい顔をして語る。
「ミノタウロス族との関係修復は、私のほうで動いているわ。今は飛翔族に間に入ってもらって書簡を送っているから、結果待ちね」
(そういえば、先のパーティーには飛翔族も来ていたな。他の異種族が間に入ってくれたのなら、関係修復はできるかもしれん。飛翔族を動かしたのなら、ターシャはんの手腕も中々やのう)
「そうでっか。なら、何をしたらええですか?」
ターシャが穏やかな顔で、さらりと頼んだ。
「ダンジョンの跡地利用を、市長のエンニオにアドバイスしてほしいのよ」
「なるほど。ダンジョンの跡地はかなり広大やから、放っておくのももったいないですからな」
おっちゃんは、すぐには市長舎に行かず、まず現地の情報を得ようとした。
地図屋に行って、ダンジョンの地図を買う。
街の西門から出て、真っ直ぐ五分ほど道を進む。
ダンジョン跡地の入口は縦五m、横五mで、扉はない。
『暗視』の魔法を掛けて入る。
ダンジョン跡地はひんやりとしていて、かつ、じめじめとしていた。地図を頼りに暗い通路を歩くが、モンスターもいない。人もいない。時折、虫がかさかさと動く。
(完全に、ダンジョンとしての機能は、ないな。ダンジョン・コアも破壊され、機能を停止して、単なる構造物になっとる)
入口から二百mほど行ったところに、茸が生えていた。
『光』の魔法を近くに掛けて、茸を確認する。茸は紫色だった。
「紫月夜茸やな。おそらく、胞子が空気中に舞っているんやろう」
紫月夜茸は暗く湿った場所に生える紫色の茸である。大きさは八㎝程度、繁殖力は強い。
旨みは少ないが、独特の歯応えがある。毒性はないのでダンジョン内の住人は主に乾燥させて、スープで戻して、濃い味の料理に入れる。
注意して捜す。湿気のある場所には、小さいながらも、紫月夜茸がたくさん生えていた。
(茸の胞子が仰山と飛んでおるな。濡らした丸太を転がしておけば、紫月夜茸は、勝手に生えてくるで)
おっちゃんは紫月夜茸を数本ほど採取して、小袋に入れる。
エンニオに会いに、市長舎に行った。市長室は二十畳ほどの小さなものだった。
絵画や彫刻が数点あるが、高そうには見えなかった。
応接用のソファーやテーブルがあるが、ところどころ傷があり、貧相な影響も受ける。ただ、執務用の机だけは、大きく立派だった。
エンニオは灰色の上着に灰色のズボンを穿いて簡素な格好をしていた。だが、使用している生地はよい物を使っていた。
おっちゃんを見ると、エンニオは笑顔で声を掛けてくる。
「ようこそ、おっちゃんさん。早速ですが、ダンジョンの跡地利用の話をしましょう」
「さんは、不用やで。そんで、エンニオはんのほうで何かプランがあるの?」
エンニオは、どうだとばかりに元気よく発言した。
「実はダンジョンの跡地は、ワイン倉にしようと思います」
おっちゃんは街の様子を思い返す。だが、大きなワイン醸造施設は見た記憶がなかった。
「あれ? でも、クランベリーにワインの醸造施設なんて、ありましたか?」
「ないですよ。これから出資を募って、作ろうと思います」
エンニオの発案に、おっちゃんは良い気がしなかった。
「現段階で大きなワインの醸造施設建設の資金を集めるのは、難しいでっしゃろう?」
エンニオは当然といわんばかりの顔で頼む。
「ですから、その難しい資金の調達をお願いしたい」
(これ、あかんわ。エンニオの頭の中には当事者意識がない。おんぶに抱っこで、うちらに寄り掛かって行くつもりか。なら、どんな立派なワイン醸造施設を作っても、立ち行かなくなる)
「どうして、エンニオはんは、ワイン倉を作ろうと思ったんですか?」
エンニオが誇らしげな顔で、自らの計画を褒め称える。
「我が街には優秀なガラス職人がいる。彼らなら素晴らしいワイン・ボトルを作れると思いました。ボトル入りの高級ワインは街の顔になる」
「中身のワインは、どうします?」
エンニオは軽い調子で断言した。
「そんなもの、街の周りに葡萄を植えて、醸造施設で作ればいい」
(葡萄作りに長けた農家と優秀な醸造家がいないと、ええワインはでけん。ボトルだけ立派なワインなんて、最初は良くても、すぐに売れなくなる。そうなれば不採算事業や)
「残念ですが、エンニオはんの事業には賛成できません。金も時間も、掛かり過ぎます」
エンニオはワイン造りに拘った。
「でも、有名なワインがあれば、街の宣伝になります」
「街には金がない、技術もない。だったら、まずは、手軽に始められて金になる事業を考えんと、いかん」
エンニオは渋い顔で意見する。
「でも、そんな事業は、ありますかね?」
「ありますわ。紫月夜茸の栽培ですわ」
おっちゃんは小袋から紫月夜茸を取り出して見せる。
紫月夜茸を見るとエンニオは顔を歪める。
「それは、冒険者の死体に生える死体茸でしょう」
「何や? クランベリーでは、そないに呼ばれてますの?」
エンニオは顔を顰めて、嫌そうに語る。
「死体に生える茸なんて、縁起が悪くて、売れないでしょう」
「紫月夜茸は煮れば、色が変ります。スープで煮た紫月夜茸を、別名で売ったらよろしい。仮に極美味茸とでも、しておきましょうか」
エンニオは苦しげな顔で、おっちゃんの案を否定する。
「でも、死体茸は死体茸。名前を変えて売るって詐欺でしょう」
「肉に味付けして乾燥させた品を、この街ではジャーキーとは呼んだら、あかんのですか?」
エンニオは困った顔で、やんわりと発言する。
「そんなことはないですよ」
「なら、味付けした、乾燥させた紫月夜茸を別名で売っても、ええやん」
エンニオの表情は、どこまでも渋かった。
「理屈ではそうですが。いいのかなあー」
「大丈夫やって。冒険者は抵抗あるかもしれん。でも、美味ければ売れる」
「そうですかね」とエンニオは躊躇った
「そうやで。それに、栽培に死体を使うわけやない。丸太を使う。せやから、これは死体茸やなく、紫月夜茸やで」
エンニオは紫月夜茸を前に、難しい顔して考え込んだ。