第五百五夜 おっちゃんと市長舎でのパーティー(後編)
おっちゃんは割り切って食事を楽しんでいた。すると、壁際の席で休んでいる緑色の服の男性に目が留まった。
(はて? 緑色の服って、何やろう? 芸術家やろうか?)
おっちゃんは緑色の服を着た男性に近づいた。
赤い短い髪をして、褐色の肌をして三十代後半の男性だった。線は細く、顔も小顔で眉が細かった。ただ、目つきは険しかった。
「こんばんは。楽しんでもらえていますか?」
男性はあまり楽しそうではなかった。
「少し、酔いました。オレンジ酒を飲み過ぎたようです」
「わいの名は、オウル。ターシャはんの助手で、おっちゃんの名で親しまれてます」
おっちゃんが名乗ると、男性の表情が和らいだ。
「私はゴールドマン商会のクラウス。投資家ですよ」
「そうですか。冷たい水でも、お持ちしましょうか?」
クラウスは興味を示した顔で。控えめに尋ねた。
「いいえ、大丈夫です。もしかして、あの冒険者のおっちゃんですか?」
「冒険者でも、しがない、しょぼくれ中年冒険者やけどね」
クラウスが微笑んだ。作り物ではない、無理のない微笑みだった。
「それは良かった。無理してでもパーティーに来た甲斐が、あったものです」
(何や? わいの情報をある程度に知っているんか。ちと、用心やな)
「冒険の話が聞きたいんでっか?」
「いいえ、この街の内情についいて話がしたいのですが、いいですか?」
「わかることなら、何でも訊いてください」
クラウスが真剣な顔で、背筋を伸ばして尋ねる。
「この街の将来は、どう考えます?」
「明るいで。この街は、必ず立ち直る」
クラウスが強張った顔で、厳しい口調で告げる。
「ガラス産業が復活したといっても、一時的なもの。武具は輸出されているが、良いものしか売れない」
「そうやね。よく知っているね」
クラウスの厳しい批評は続く。
「歓楽街も不況。食料品と衣料品、日用品は輸入に頼っていて、物価は高い。このままでは、街の景気は沈む一方だ」
「冒険者ギルドも潰れたし、歓楽街も人が減ったようやな。合っているで」
クラウスがむっとした顔で、辛辣に締め括る。
「その上、ミノタウロス族の隣街とは、紛争を抱える。結果、飛翔族とも、取引を制限された。挙句に傭兵団が街の金を持ち逃げ。どこに復活の兆しがありますか?」
おっちゃんは別に気にしない。どんと構えて、持論を述べた。
「指摘は一々、ごもっともや。でも、それは、分かっている問題や。わかっている問題なら、解決のしようがある」
クラウスが挑戦的な微笑みを浮かべる。
「貴方になら、できる、と?」
「わいやないよ。ターシャはんにならできるで」
クラウスは一度、視線を外してから、思案顔で尋ねる。
「なら、一つ、質問しましょうか?」
(おっと、ここから本題が来るようやね。喰えんお人やなあ)
「どんどん、訊いてや」
クラウスは近くの壁にある一枚の絵を指差し、挑むような顔で質問した。
「この絵を高く売るには、どうしたらよいですか?」
(これは、わいを試しているね。ええで。答えたる)
「方法は、三つやな。一つ、他の絵を処分して希少性を出す」
クラウスが不機嫌な顔で否定する。
「需給バランスの調整ですか。でも、それでは、不十分だ」
「一つ、専門家を作って、その画家を研究させる。そんで、いい絵ですと金持ちに高い値で買わせる」
クラウスの顔は、なおも渋かった。
「価値があると思えば、今のうちに買っておこうとなり、値が上がる。でも、まだ、不十分だ」
「一つ、コンクールを開催して受賞させ、価値を創造する」
クラウスがむっとした顔で退ける。
「箔が付けば、価値は上がる。でも、それでも、まだ足りない」
「一つ一つでは不十分でも、組み合わせられれば、それなりの威力はありまっせ」
「なるほど」とクラウスは神妙な顔で口にすると、急に態度を緩和させた。
「私は小さいとはいえ投資家だ。小額ならお金が動かせる。コンクールを開催するなら、ささやかだが、賞金を負担してもいい」
(美味い話が出たな。クラウスはんも、何かに気が付いたのやろう)
「それは出来試合のコンクールをやって絵の値段を吊り上げる、いう意味でっか?」
クラウスが問題ないだろうとばかり、横柄に確認してくる。
「だったら、賛成しませんか?」
「賛成しませんな。絵の価値を吊り上げたいなら、売りたい絵ではなく、売れる絵の値段を、吊り上げるべきや。そのほうが、確実に儲かる」
クラウスが渋い顔で質問する。
「なら、どれが売れる絵だと、わかるんですか?」
「賞は絵に出すのではなく、画家に与えるのは、どうでっしゃろう。そんで、審査基準は絵の売り上げにより、点数化する」
クラウスが表情を険しくする。
「美を愛でる心は人間の精神です。人間の精神を金で点数化するコンテストとは、冒涜ものですね」
(これは、本心やないね。演技やな。もう、ほんと、投資家いう連中は、どこまでも人を試したがるのう)
おっちゃんは、きっぱりと発言した。
「そうは思わん。コンテストの本質は絵を金に換える商売やない。画家の将来に投資するコンテストや。良いパトロンがいなければ画家も育たず、ですわ」
クラウスが肩の力を抜いて、軽い調子で尋ねる
「ふむ。では、コンテストが終わったと仮定しましょう。それで、価値がある絵が決まる。それで、私が儲けるには、どうした良いと思いますか?」
「コンテストで参加料を取ったらええ」
クラウスは、あまりいい顔をしなかった。
「有料コンテストね。参加料はいくらに設定しますか?」
「参加料は絵で払ってもらう。もちろん、受賞がなかった時は絵を返す」
クラウスは晴れやかな顔で、機嫌よく発言する。
「面白い発案だ。おっちゃんの案なら、確実に優勝者の絵を手に入れられますね。ゴミを押し付けられる心配もない。いいでしょう。さっそく検討しましょう」