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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
クランベリー編
502/548

第五百二夜 おっちゃんと魔法のインク

 おっちゃんは宿屋に一度、帰って、タチアナに籠一杯のオレンジを渡す。

「これ、お土産。後で適当に食べて」

 タチアナが愛想の良い顔で応じる。

「野生のオレンジね。いいよ、夕方に剥いて出してあげるよ」

「そうでっか、ならいただきますわ」


 宿屋を出たおっちゃんは古道具屋を回って、魔法のインクが入ったインク壺の在庫がないかを捜す。

 だが、使える状態で残っている魔法のインクはなかった。魔術師ギルドに行ってみるが、冷房機器の魔道具に使える魔法のインクはなかった。

「街にインクは、ないのかのう。いや、まだ諦めるのは早いで」


 おっちゃんは画材屋を見て歩く。

 だが、画材屋にも、魔法のインクがなかった。画商にも足を運んでみた。最後にだめもとで、街で一番の大きな美術商を覗いてみる。


 美術商に他に客はなく、店員は暇そうにしていた。

 魔法のインクは売っていなかったが《闇夜の烏》と銘打った絵に目が留まった。絵は横四十㎝、縦三十二㎝ほどでの六号の板に描かれたもので、一面が真っ黒な絵だった。

(何や? 板一面を真っ黒に塗っただけの絵があるで)


 不思議に思ったので、魔力感知を掛ける。

 絵全体から魔力を感じた。絵をじっと凝視していると、どうも絵に使われている黒い色が、魔法のインクに感じた。

(これ、どうにか、絵から落として使えんかな?)


 おっちゃんが絵を凝視していると、美術商が寄ってくる。

 美術商は四十代の男だった。彫りの深い顔に、艶やかな黒い髪をして、黒い口髭を生やしていた。

服装は赤地に金色の刺繍がある服で、黒のブーツを履いていた。気取った顔で、やんわりとした口調で話し掛けてくる。


「私は美術商のドニーノと申します。お客様、その絵を気にいっていただけたのですか。その絵は、今は亡きアブラーモの絵です」

「何や。画家は死んでいるんか。でも、《闇夜の烏》とは、また、よく言ったものやな」


 ドニーノは澄ました顔で講釈する。

「アブラーモは昆虫や動物を描いていた画家ですが、晩年は黒の魅力に取り憑かれました」

「ひょっとして、他にもあるの?」

「はい、《地中の蟻》《深夜の雲丹(うに)》《墨の中の黒真珠》などがございます」


(まだ、魔法インクを無駄に使(つこ)うた作品が、あるかもしれん。インクを絵から取り出して再利用できれば、儲けものやな)

 おっちゃんは真意を隠して尋ねた

「変わった画家やなあ。でも、何や面白そうやから、買おうか。何ぼや?」


「アブラーモの絵は号あたり、銀貨十枚でいかがでしょう」

(死んだ無名画家の絵なら、価値は零やろう。素人やと思うて甘く見とるな。でも、ええわ。素人の振りして、魔法のインクを手に入れたろう)

「随分とお手ごろ価格やな。よっしゃ。他にもあったら買うで、見せて」


 ドニーノは柔和な笑みを浮かべて礼をいう。

「ありがとうございます」

 おっちゃんは合計で八枚の真っ黒な絵を購入する。絵は宿屋に運んでもらった。

 翌日、運ばれてきた一枚の真っ黒な絵を前に考える。


「魔法のインクは手に入った。乾いているから、この絵からどうやってインクを回収するか、やな」

 画材屋で買ってきた油や、酒でインクを溶かせないか試してみる。だが、板に書かれた黒いインクは、落ちることがなかった。

「油や酒精では落ちんか。どうにか溶かして、再利用できんかの?」


 昼近くになったので、食堂に行く。厨房から、いい匂いがしていた。

 覗くと、鍋が火に掛かって、煮込みが作られていた。

 タチアナは鍋の傍で掃除をしていた。

「美味そうな匂いやな。昼食に煮込みを分けてもらっても、ええか?」


 タチアナが掃除の手を止めて、気の良い顔で応じる。

「夕食に出そうと思ったんだけど、気が早いお客さんね。いいよ。お昼に出すわ」

 タチアナの手を見ると、オレンジの皮が握られていた。

 よく見ると、タチアナはオレンジの皮を汚れに擦り付けてから、布で汚れを拭き取っていた。

「オレンジの皮で、汚れなんか、落ちるの?」


 タチアナが機嫌よく掃除をしながら、教えてくれる。

「オレンジの皮に含まれた汁には頑固な汚れも溶かす効果があるのよ。この辺りじゃ、有名な汚れの落とし方さ」

(汚れが落ちるなら、汚れが溶けているんやろう。もしかして、オレンジの皮に含まれる成分で、インクを溶かせんかな?)


 おっちゃんは昼食を済ませると、市場でオレンジを買ってくる。試しにオレンジの皮の絞り汁を板に掛けると、板から黒い雫が流れ落ちた。

「やったで! オレンジの皮から出る汁なら、インクを溶かせる」


 おっちゃんは街で一番の、大きな薬屋に行く。

「すんまへん、ここに大きな蒸留装置ってあります?」

 白い服を着た薬屋の老主人が出てきて、難しい顔で応対する。

「あるけど、何かの薬を作って欲しいのかね?」

「ちと、大掃除したいんで、オレンジの皮に含まれる汁を取り出したい」


 薬屋の老主人は気軽に答える。

「掃除用ね。いいよ。金貨一枚で、やってあげるよ。ただ、オレンジの皮は大量に要るよ」

 翌日、おっちゃんはオレンジを大量に買うと、街角で声を上げる。

「さあさあ、銅貨二十枚で、オレンジ食べ放題だよ」


 食べ放題にすると、お客は次から次へ現れた。

 お客はオレンジの皮を剥いて、オレンジを食べて帰って行く。一時間で背負い籠一杯のオレンジの皮が溜まった。

 おっちゃんはオレンジの皮と金貨を持って、薬屋の老人に渡す。

 翌日、薬屋に取りに行くと、ワインボトルに詰まったオレンジの製油を渡された。


 翌日、宿屋の庭で、絵が描かれた板を斜めにイーゼルに固定する。刷毛(はけ)でオレンジの皮から抽出した製油を塗って行くと、インクが溶け出した。

 おっちゃんはインクを溶かしながらインク瓶に回収する。六号の絵の三枚からインクが四百㏄ほど取れた。


 インクが薄いので鍋を借りて、インクを焦がさないように弱火で二十㏄にまで煮詰めて、インク瓶に入れる。

 完成したインクに『魔力感知』の魔法を掛けると、インクから魔力が感じられた。

「ふー、どうにか、魔力を失わせず、インクを回収できたな」


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