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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
クランベリー編
501/548

第五百一夜 おっちゃんとガラスの秘密(後編)

 受付の男は、おっちゃんを応接室に通した。

 応接室は、二十畳ほどの広さの部屋だった。ソファーと樫のテーブルがあるが、調度品はない。(かろ)うじて、本棚があり、部屋の主の机と椅子があるだけだった。


 部屋には七十歳くらいの白髪の老人がいた。老人は面長の顔をしており、髭はない。ただ、眉は太かった。

 格好はオレンジ色のシャツに、オレンジ色のズボンを穿()き、茶の革靴と質素な服装をしていた。


 老人が目を細めて、おっちゃんをじろじろ見る。

 受付の男性が老人を紹介する。

「こちらが、ガラス工芸ギルドのギルド・マスターのブルーノ親方です」

「わいは、ターシャさんの助手でオウルいうものです。皆から、おっちゃんの愛称で親しまれています」


 ブルーノは納得した顔で端的に告げる。

「なるほど。確かに、おっちゃんだな。それで、ご用件は何かな」

「とりあえず、どうぞ」とブルーノが幾分か表情を(やわ)らげて、手でソファーを勧める。


 受付の男はここで退出した。

 おっちゃんは正直に訊いた。

「街のガラス製品の質が落ちとると、悪評が立っています」

「それで?」とブルーノが渋い顔をして先を促す。


「街のガラス製品の質を元に戻したい。それで、クランベリーの割れ(にく)いガラス製品の秘密を教えてください」

 ブルーノが顎に手をやって、目を細める。

「本来なら、教えたくないな」


「秘密にしても、無駄ですわ。腕の良い職人の解雇が起きてますやろう。このままやと、職人の流出が起きます。そうなれば、秘密は漏れますわ」

 ブルーノは眉間に皺を寄せて、苦渋(くじゅう)の顔を浮かべる。

「職人の流出が起きる、か。親方たちには、組合員を解雇しないように通達を出していたんだがな」


「通達を出したかて、景気が良くなるわけではない。雇用は深刻な局面を迎えています」

 ブルーノが渋い顔で教えてくれた。

「わかった。秘密を教えよう。クランベリーの割れ難いガラスは冷却工程に秘密がある」


「どんな方法で冷やしているんですか」

「魔法の冷却用小型風車で、風を当てて冷やす。すると、急速にガラスが冷えて、割れにくいガラスになるんじゃ」

「その風車に、異常が起きたんですか?」


 ブルーノが険しい顔で、苦々しく告げた。

「風が温くなった。結果、思うように冷えず、普通のガラスと変わらない強度になった」

「その風車を見せてもらって、ええですか?」

「従いてきなされ」とブルーノは、おっちゃんを誘って、外に出た。


 ギルドの向かいには、周囲が六十mほどの二階建ての石灰塗り工房があった

 ブルーノは工房に入っていく。

「ごめんよ。ちょっと、お客人に作業場を見せてくれ」

 親方らしき人が、苦い顔で了承する。

「ブルーノさんの頼みなら、仕方ないな」


 作業場の扉を開けると、壁にガラス吹く器具が掛かっていた。

 床にはガラスを熔かす炉がある。だが、炉の火は消えていた。

 炉から二mは離れた場所に七枚の羽が着いた、高さ百二十㎝の木製の扇風機のような機械があった。


 ブルーノが真剣な顔で、機械を指差す。

「あの装置で風を当てると、ガラスは急速に冷える」

 おっちゃんは、装置に見覚えがあった。

(何や。ダンジョンで使っている冷房機器の一種やで)


 おっちゃんが機械のスイッチを入れると、風が出る。

 風は涼しいが、普通の風だった。

 おっちゃんは機械を止めて木製の羽の裏を見る。そこには何も書かれていなかった。

「これ、駄目ですわ。冷たい風を送るのに必要な魔法文字が、羽から消えてます。これだと、冷たくならん」


 ブルーノと親方が驚いた顔で顔を見合わせる。ブルーノが感心した顔で声を上げる。

「よくわかったの。その魔道具の仕組みが」

 おっちゃんは羽の具合を確かめる。

「他に問題はないようですな。これ、羽の裏に文字をまた書き入れてやれば、元に戻りまっせ」


 ブルーノが困った顔で説明した。

「実は魔術師ギルドの魔術師に見せて、同じ話をされた」

(何や。わいに仕組みがわかるか試したんか。でも、これなら問題の解決は簡単やで)

「そうなん? なら、ならんで直さんの?」


 ブルーノが苛立った顔で、腹立たしげに告げる。

「直さんのではない。直せないのだ。魔法文字を書くインクが手に入らない」

「以前はどこで手に入れてましたん?」


 ブルーノがむっとした顔で内情を明かした。

「前は『鋼骨王の鍛冶場山』から出た。だが、ダンジョンが枯れて、手に入らなくなったんじゃ」

「魔法文字用のインクって、そんなレアな品やないよ。買ったらええやん」


 ブルーノが驚いた顔で、上擦(うわず)った声を出す。

「どこで、売っているんじゃ、そんなもの?」

「手広く品を扱っている異種族の商人からなら買えますよ。ここって、大きな湖とか河って、ないの?」


 ブルーノが怪訝な顔で質問する。

「湖や河に商人がいるのか?」

「湖や河に商人はいません。せやけど、東大陸なら水脈を利用した物流がある。せやから、水脈の近くにいる異種族の商人に頼めば、仕入れられますわ」


 ブルーノが顔を(しか)めて、苦々しく発言する。

「大きな湖はある。だが、そこは、ミノタウロスの街の隣だ」

「あいたたた。それは、まずいですわ。先日、戦争を仕掛けた街に、代わりに品物を買ってきてくださいとは、頼めんわなあ」


 ブルーノが、いきり立った顔で悔いた。

「もっと早くにわかっておれば、戦争を何としてでも止めたのに」

「もう起きてしまった戦争を嘆いてもしかたない。何か考えますわ」


 ブルーノが驚いた顔で問い掛けてくる。

「どうにか、できるのか?」

「できるも何も、それが仕事ですから」

 ブルーノは礼節の籠もった顔で頭を下げた。

「よろしく頼む」


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