第五百夜 おっちゃんとガラスの秘密(前編)
街の大通りを歩くが活気がない。裏通りを覗けば戦争で傷つき、職を失った物乞いが目につく。お日様は明るくとも、とにかく人に元気がなかった。
冒険者ギルドに顔を出す。冒険者ギルドは職にあぶれた人間が日雇いの仕事を探す場となっていた。
冒険者らしき人間の姿は数人しかなかった。
(これは、冒険者ギルドとして機能しとらんな。無理もないか)
軽装革鎧に身を包んだ中年冒険者の向かいの席に座り、エールを奢って話し掛ける。
「ここのギルドって活気ないな」
冒険者が暗い顔で応じる。
「でも、それも明後日までだよ」
「何か、ええことでもあるの?」
冒険者が投げやりに答える。
「明後日で冒険者ギルドは廃業。ここは閉鎖になるんだよ」
「そうか。冒険者ギルドの廃業か。辛いのー」
「そうだよ。本当、ダンジョンがあった時が懐かしい。ダンジョンがあれば、不景気な時でも、それなりに街は良かったものさ」
他に話を聞くが、明るい話題はなかった。
おっちゃんは冒険者ギルドを出て街を歩く。港に行くが小さな烏賊釣り漁船が停まっているだけで、大きな貿易船は一隻もいなかった。
おっちゃんにオレンジ売りの少年が、ぎこちない笑顔で声を掛けてくる。
少年の年の頃は十二歳、服装は襤褸く、服はところどころ擦り切れていた。
「おじさん、オレンジを買わない? 甘くて、美味しいよ」
「何や? 農家から売りに来ているのか?」
少年は視線を逸らし、乱暴に語る。
「違うよ。野生のオレンジ林から採ってきたんだよ」
籠一杯のオレンジは形も悪く、色もまちまちだった。
「野生のオレンジ林って、ミノタウロス族の近くのか?」
少年が、むっとした顔で答える。
「場所は教えられないよ。秘密の場所だからね」
(こんな子供が、危険な場所まで行かんと暮らしていけんようになっているんやな)
「そうか。籠一杯で、なんぼや?」
少年が顔を輝かせて提案する
「うーん、銀貨三枚で、どう?」
おっちゃんはオレンジを買うと近くに腰を下ろした。
オレンジの一つを少年に渡した。
「お前も、喰うか? わいの奢りや」
「ありがとう、おじさん」
オレンジを食べる少年に話し掛ける。
「こんな若いのに、危険な場所までオレンジを採りに行かんといけんとは、大変やな」
少年がオレンジの皮を剥きながら、平然と答える。
「父さんが、ガラス職人だったんだ。だけど、物が売れなくて失業したんだ。だから、少しでも家計の足しになればと思って、オレンジを採りに行ってる」
「そういえば、クランベリーのガラスの質が落ちたって聞いたで。職人の腕が落ちたんかな?」
少年は怒った顔で反論した。
「クランベリーのガラス職人の腕は確かだよ。うちの父さんも、腕は鈍っちゃいない。ただ、今は仕事がないだけさ」
少年の声は、最後に小さくなっていた。
「職人の腕が悪くないなら、どうして質が落ちたんやろうな?」
少年がオレンジを食べながら、のほほんと語る。
「クランベリーの割れ難いガラスは、冷やす工程に特殊な秘密があるって、父さんから聞いた。でも、その秘密の工程ができなくなって、割れ難いガラスができなくなったんだって」
おっちゃんは、もう一個、オレンジを少年に勧めた。
「なるほどのう、冷やす工程に秘密がね」
少年はオレンジを受け取る。少年は穏やかな顔で頼んだ。
「俺が話したって、内緒だよ。オレンジ、ごちそうさん」
少年は受け取ったオレンジを食べずに、手に持って立ち去った。
おっちゃんは、街の西側にあるガラス工芸職人ギルドに行く。
二十代くらいのオリーブ色の職人服に身を包んだ男性が受付にいた。
「話を聞かせてほしいんやけど、ええか?」
ギルドの受付にいた若い男が歓迎しない顔をして答える。
「はい、何でしょうか?」
「クランベリーのガラスを冷やす工程の秘密って何?」
若い男はつんとした顔で回答を否定した。
「そんなもの、ありませんよ」
「あんな、わいは市長から街の建て直しを頼まれたターシャはんの助手なんや」
若い男が胡散臭そうな顔で、おっちゃんを見る。
「そうなんですか?」
「そんで、まずは、ガラス産業から復活させようと思うとるんや。せやけど、忙しいならええよ。先に、鍛冶ギルドか芸術家ギルドから手を付ける」
受付の男は慌てた。
「ちょっと待ってください。上の者と話してきます」
(何や、後回しにされると思うたら、途端に態度を変えよった。こういうところは、正直やな)




