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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
クランベリー編
499/548

第四百九十九夜 おっちゃんと不況の街クランベリー

 一夜が明ける。宿屋で朝食を摂っていた。

 宿の他の泊まり客の商人三人が、沈んだ顔で噂する。

「ガラス製品を仕入れに来たんだが、駄目だな。ガラスの質がめっきりと落ちている。取引があった飛翔族の商人も、ガラス製品からは手を引いたぞ」


「こっちは武具を仕入れに来た。だが、こっちは売れていないのに値下げを拒否されて、参っていたところだ。作品にしても、昔の輝きが工房にはない」


「美術品も値が下がっている。だが、値下がりはまだ止まりそうもない。下手に手を出すと、含み損を抱える事態になりそうで怖い」

 三人は暗い顔で溜息を吐いた。

(クランベリーは好況の時には仰山儲かる街や。でも、不況には弱い街なんやな)

 食事が終わったので、部屋で寛いでいた。


 部屋のドアをノックする音がする。ドアを開けると、明るい顔をした女性が立っていた。

 女性の年齢は二十三。身長は百五十五㎝。肩まで伸びる金色の髪を持ち、白い肌をしている。

 赤いキャスケットを被り、白とピンクのゆったりめのジャケットで、ズボンを穿いていた。

 靴は茶の布靴を履いて、肩からポーチを提げていた。女性の名はターシャ。


 おっちゃんの現在の雇用主に当たる。おっちゃんはターシャを部屋に入れた

 ターシャが感じのよい笑顔で話し掛ける。

「どうやら、無事に任務を果たして戻ってきたようね。感心、感心」

「ミノタウロス族に人間側が奇襲してくる情報を知らせられました。おかげで援軍が間に合って、防衛に成功しました」


 ターシャは部屋にあった椅子に座って、軽い調子で発言する。

「人間側が三千名いても、ダイダロスの関所の石壁があれば、千名もいれば、防衛できるとは思ったわ。これで、人間によるミノタウロス族の虐殺を防げたわ」

「街が思うたより、ぴりぴりしておらん。兵士もおらんようやけど、兵士はどこに行ったんですかね?」


 ターシャは、さばさばした態度で告げる

「司令官だった傭兵団長のバルトロメオが、市長舎にあった金を、そっくり持って、南に逃げたのよ。それはもう、見事な退却ぷりだったわ」

「バルトロメオの奴、やりおったのう。傭兵を主力に据えての戦争は危険やと思うとった。せやけど、街の金をそっくりいただいての退却とは、悪いやっちゃな」


「バルトロメオは、勝てばミノタウロス族の銀を頂く。負ければ市長舎にあった金を持ち逃げする。どちらにしろ、損をしない戦いのつもりだったんでしょうね」

「そんな悪行を働いておったら、(ろく)な死に方せんで」


 ターシャが落ち着いた調子で教えてくれた。

「でも、バルトロメオがいなくなったおかげで、戦争に反対していた私は市長のエンニオによって、軟禁状態から解放されたわ」


 クランベリーは、資産を持つ市民階級から選挙で市長を選ぶ、共和制の街だった。

「バルトロメオが逃げたら、こっちを頼るって、エンニオも都合の良いやっちゃなあ」

 ターシャが理知的な顔で見解を述べる。

「エンニオは元戦争反対派だったから、負い目もあったんだとう思うわ」

「それでも、最後はバルトロメオの口車に乗ったんやから。同情はでけんなあ」


 ターシャは腕組みして、どこ吹く風の顔で、淡々と告げる。

「身柄は解放されたわ。だけど、ミノタウロス族との関係が悪化した状況で街の建て直しは一層、難しい状態になったわね。さて、どう手を打ったらいいものかしら」

 ターシャの答えはわかっていた。だが、確認のためにあえて訊く。

「まだ、街のために働くつもりでっか?」


 ターシャは真剣な顔で、力強く告げる。

「請け負ったからには全力よ。それに、私のお師匠さんだって、バサラカンドで投獄されたけど、街のために働いて街を救ったのよ。なら、弟子たる私も、簡単には逃げ出せないわ」

「それは、ターシャはんが北方賢者の九代弟子に数えられるからでっか」


 世間では北方賢者の噂が拡がり、いつのまにか、北方賢者の下には九人の偉大な弟子がいる、と噂されていた。

 ターシャも各地で名を上げており、いつのまにか、九大弟子の一人になっていた。

 ちなみに、北方賢者とは正体が知られていないが、おっちゃんのことである。


 ターシャが穏やかな顔で告げる。

「九大弟子なんて世間が勝手に噂しているだけよ。お師匠様の実績に比べたら、私なんかまだまだよ」

(わいは、有名になりたくてやっているわけやないんやけどなあ)


「で、これから、どうします? 産業はボロボロ。観光資源もない。ダンジョンも枯れた。貿易に商人も来ない。隣街とは戦争状態。挙句の果てには、信頼した傭兵が街の金を持ってとんずらって、状態は最悪に近いでっせ」


 クランベリーの街の状態は呆れるほどに悪かった。だが、ターシャもそうだが、おっちゃんも見捨てるつもりは一切なかった。

 ターシャの眼には、諦めない光が宿っていた。

「私は街の統計や文書を洗い直して打開策がないか検討するわ。おっちゃんは、おっちゃんで、何か考えてみてよ」


 ターシャが部屋を出て行こうとするので、大事なことを確認する。

「『シャンナムの写本』については、どうです? 見つかりそうですか?」

 ターシャが穏やかな顔付きで、あっさりと告げる。

「『シャンナムの写本』は後回しでいいわ。まずは、街の人の生活が大事よ。街であれこれ見ていれば、そのうち写本は出てくるでしょう」


(何や? ターシャはんは『シャンナムの写本』探しは、それほど熱心やないみたいやな)

 ターシャが部屋から出て行った。

(ターシャはんは無事やった。厄介者のバルトロメオと荒くれ傭兵団は街を去った。邪魔者はいなくなったが、ここからのクランベリーの再建は大変やで)


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