第四百九十四夜 おっちゃんと『戦の詩』
出発の一時間前に起こしてもらって、準備をする。
院長に伴われ村の北側から続く細い道の前に案内してもらう。
院長が真剣な顔で告げる。
「この細い道が墓地へと続いています。真っ直ぐ行けば二十分ほどの墓地に到着します」
「わかった。ほな、『戦の詩』を止めにいってくるわ」
樏の具合を確認して、イサベルと一緒に、墓地に続く道の前を進む。
朝日が昇りきる前の夜は、視界が利かないほど暗くはない。
道は横幅が二mしかなく、左右が高さ十五mの切り立った崖だった。地面に剣を刺すと、雪の深さは六十㎝といったところだった。
風が墓地の奥から吹いてきていたが、強風といったほどではなかった。
イサベルが先頭になり、道を進んで行く。
道を進むと、道の奥から『戦の詩』が風に乗って聞こえてきた。
「何や? 夜通し歌っていたんか。暇なやっちゃな」
イサベルの愚痴ともぼやきもとれる声が聞こえてくる。
「本当よね、夜中ぐらい休めばいいのに」
「なにか、必死に歌わないけん理由があるんやろうか?」
イサベルがうんざりした調子で語る。
「歌っている本人には止めらない事情があるんでしょうけど、本当に迷惑よ」
「話して止めてくれるような輩ならいいんやけどなあ」
イサベルが嫌そうな口調で告げる。
「甘い期待は止めたほうがいいわよ。経験からしてそういう期待は絶対に裏切られるから」
二十分ほど狭い道を進むと、開けた場所に出た。縦三十m、横二十五m、高さ十五mの空間だった。
壁には幾つもの穴があるので、壁に空いた穴を飛翔族が墓として使っていた。
(元は、石切り場や何かやな)
空間の奥には石で組まれた四角い霊廟があった。霊廟の上には、真っ赤な竪琴が載っており、『戦の詩』を奏でていた。おっちゃんはイサベルの横に並ぶ。
イサベルが険しい表情で、剣に手を掛ける。
「あの竪琴を斬れば、いいのかしら?」
「重要文化財みたいやから、できれば穏便に済ませたいのう」
風がぴたりと止むと、空間に若い男の声が響く。
「私は偉大なるカルメロスの八大弟子の一人、エクトル。私の『戦の詩』を学びたければ体で覚えよ」
イサベルが困った顔で、おっちゃんを見る。
「実力行使していいって、意味かしら?」
竪琴の横に、鎧を着て大剣を構えた半透明な騎士が二人、現れる。
「あれを倒せってことやろう」
イサベルが剣を抜いて、勝ち気に微笑む。
「音楽の講釈なんかされるより、よっぽどいいわ。左をお願いして、いいかしら?」
おっちゃんは剣を抜く。
「ええよ。仲良く半分こや」
イサベルが右に移動して、おっちゃんが左に移動する。
半透明な騎士は二手に分かれて、一対一の戦いになる。おっちゃんは迂闊に仕掛けずに待ちの姿勢を採る。
騎士が果敢に仕掛けてくる。腕前はなかなかのものだが、おっちゃんからすれば、どうということない動きだった。
騎士の攻撃の隙を突いて、騎士の脇腹に一撃を入れる。剣は騎士を擦り抜けた。
(何や? 攻撃が当たらん)
試しに、騎士の攻撃をぎりぎりまで引きつけて躱す。すると、剣先に触れた防寒具は、斬られた。
(騎士の攻撃は当たるのに、わいの攻撃は擦り抜ける。これは何か仕掛けがあるのう)
おっちゃんは戦術を切り替えて、積極的に討って出た。すると、剣と剣が当たると弾かれるのに、騎士の体には攻撃が当たる箇所が一箇所もなかった。
(部位によって有効な箇所があるわけではないな。なら、何で、剣のみに攻撃が当たるんや?)
そのまま、数分、打ち合っていると、剣と剣がぶつかった時の音に不自然な違いがある事実に気が付いた。
耳を澄ませて、音を良く聞き分ける。
(竪琴から流れる『戦の詩』の音色により、騎士の剣にわいの剣が当たった時の音が異なる。なるほど、剣は武器やない。楽器や)
仕組みがわかれば、攻略法もわかった。
(現状は戦いやない。舞踏や。リズムに乗って騎士の剣を攻撃して、剣が当たった音で『戦の詩』を奏でれば、合格や)
『戦の詩』に耳を澄ませれば、騎士の動きが手に取るようにわかった。おっちゃんは力を抜いた。
踊るように攻撃を回避して、騎士の剣に軽く剣を当てていく。騎士の剣におっちゃんの剣が当たり、辺りに音楽が流れる。
リズムに乗って最後の一撃を打ち合わせると、騎士は消えた。
イサベルを見ると、イサベルは苦戦していたが。だが、手助けは無用の雰囲気があった。
一分ほど黙ってイサベルを見ていると、イサベルも試練の内容がわかったのか、力を抜いて、剣戟で音楽を奏でる。
三分後、イサベル側の騎士も消えた。
「お疲れさん。よう、わかったな剣戟の絡繰に」
イサベルがにこやかな顔で息を整える。
「おっちゃんが先に試練をクリアーしたから、攻略法がわかったわ」
竪琴から流れる『戦の詩』が停まった。竪琴から男の声がする。
「お前たち二人は『戦の詩』の基礎を修得した。これより先は、独学でも学べるだろう。カルメロスの後継者よ、精進を忘れるな」
竪琴が煙のように立ち上り空に消えた。
おっちゃんは空を見上げて愚痴った。
「ほんとうに、まったくもう。勝手に目覚めて、独りよがりで試練を課して、迷惑な弟子やな」
イサベルが申し訳なさそうな顔をする。
「これは推測に過ぎないけど、エクトルが目覚めた事件は私が発端かもしれないわ」
「何や? 訳ありか?」
イサベルが決意の籠もった顔をして、強い口調で告げる。
「私は、カルメロスの八大弟子が一つずつ持つ、八大詩を集めなければならないの。詩はこれで三つ目よ。私が行くところ、必ず詩に関する事件が起きるの」
「まあ、ええわ。わいは気にせん。あと、イサベルはんの推測は推測や。院長や村の人間に教える必要は一切ないで」
イサベルが肩から力を抜いて、軽い調子で答える。
「わかっているわ。私もそこまで馬鹿じゃないわ」
「あと、詩を集めているなら、バルスベリーに戻ったら、ダニエルはんを捜したらええで。何でも、八大弟子の最後の弟子やから、何か知っているやろう」
「そう? 貴重な情報をありがとう」




