第四百九十二夜 おっちゃんと飛翔族の村(前編)
年が明けて、一時間ほどでパーティーはお開きになる。
冒険者の酒場では片付けが始まった。まだ、飲み足りない冒険者は街で遅くまで開いている酒場に繰り出す。
新年のこの日だけは朝まで店を開ける酒場もあり、多少の騒音にも街の人は目を瞑ってくれる。
セサルはかつての仲間とまだ飲むようなので別れた。
おっちゃんは宿屋に帰って休んだ。
昼近くに起きて、宿屋の女将さんに新年の挨拶をして、冒険者の酒場に行く。
酒場はがらんとしており、ローサも休みだったので暇だった。
二日目になると、市が立った。
見学に行くと、飛翔族の露店がやっていた。
飛翔族は色とりどりのガラスを並べていた。
「綺麗なガラスやな。飛翔族の街ではガラス工芸が盛んなんか?」
飛翔族の商人が愛想の良い顔で答える。
「違いますよ、旦那。これは、クランベリー製ですよ。クランベリーは武器でも有名ですが、ガラス工芸も盛んなんですよ」
「ほー、輸入品か。でも、ガラスの運搬なんて、大変やろう」
「クランベリーのガラスは壊れにくいんです。ですから、他の街のガラス製品より扱いが簡単なんですよ」
「いやあ、それでも大したもんや。お、こっちは皮手袋か」
商人は自慢気に商品を紹介する。
「革製品はカンヅベリー製ですよ。カンヅベリーの革といえば有名ですからね」
「クランベリーとカンヅベリーってだいぶ離れているやん」
商人がにこにこ顔で胸を張る。
「それだけ、俺たちが広く商売をしているんですよ」
「そうか。なら、革手袋を一つ、貰おうか。古くなってきたから、買い替えどきやと思うとったところや」
「まいど、ありがとうございます」
三日、四日とぶらぶらする。劇場にも足を運んで時間を潰す。
四日の夜に冒険者の酒場で飲んでいると、疲れた顔のイサベルと五人の冒険者が帰ってきた。
六人は密談スペースに行って、二十分ほどで出てくる。
イサベルに尋ねる。
「何や、お疲れのようやな。『詩人の勲章』は手に入ったんか?」
イサベルがチチャとチベタを注文してから、疲弊した顔で語り出す。
「大変だったわ。でも、手に入ったわ。一つだけどね」
「それでも、手に入れたんなら見事なもんや」
「おっちゃんのほうはどうなのよ?」
「わいか? わいは、ラッキーやった。幸運にも、格安で譲ってもええという人がいて、格安で譲ってもろうた。価格は教えられんけどね」
イサベルが、うんざりした顔で零す。
「金で買えるなら、買ったほうが正解ね。『詩人の勲章』の入手に危険はないんだけど、やたら手間が掛かる品よ」
「そうか。なら、ご苦労さん。そんでな、『詩人の勲章』を持っていたら、村まで運んでやってもええと仰る飛翔族の商人を見つけたんよ。一緒に来るか?」
イサベルが余力のない顔で頼んだ。
「本来なら独力で運んでくれる人を捜したいところだけど、さすがに今回は疲れたわ。悪いけど、便乗させてもらうわ」
「よっしゃ。なら、明日の昼過ぎに冒険者の酒場で合流しよう。商人は夕方には村に戻ると話しとった。遅れないように気を付けてや」
翌日、おっちゃんは宿屋で精算を済ませると、冒険者の酒場に向かった。
セサルとイサベルが来たので、街の広場に行ってパパエルに会う。
「こんにちは、パパエルはん。ほな、村までお願いします」
パパエルが愛想の良い顔で確認してくる。
「いいけど、きちんと、『詩人の勲章』を持って来たかな?」
おっちゃん、セサル、イサベルが『詩人の勲章』を見せる。
パパエルは満足気に頷く。
「いいだろう。間違いなく『詩人の勲章』だ。おい、カカエル、ルルッカ。荷物は次でいい。この客人を乗せて、一足先に飛んでくれ」
毛皮に身を包んだ若い飛翔族の男女が、アイス・ワイバーンを牽いてやって来た。
男のカカエルは、三人の身なりを確認する。
「マントはお持ちのようですね。この季節の上空は冷えるので、注意してください。あと、アイス・ワイバーンに少し荷物を積むので、二組に分かれてください」
「セサルはんとイサベルさんが、ペアになって。わいは一人で行くわ」
セサルとイサベルはルルッカの操るアイス・ワイバーンに乗って出る。
十分の時間を置いて、おっちゃんと、カカエルの乗るアイス・ワイバーンが出る。
アイス・ワイバーンが飛び立つと、冷たい風が頬を撫でる。
(結構、冷えるわ。わいは寒さに強いから気にならんけどな)
アイス・ワイバーンが上空で風に乗ると、針路を東にとる。
「飛翔族の村って、どれくらい掛かるの?」
手綱を取るカカエルが威勢よく答える。
「今日は、良い風が吹いているから速いですよ。六十分もあれば村です」
「そんなんで着くんや。ついとるな。村って大きいの?」
カカエルが柔和な顔で、明るく告げる。
「ええ、これから行くビョウビョウ村は、八百人ぐらい暮らしていますよ」
「大きな村やなあ。やっぱり、みんな、貿易で喰っているんか?」
カカエルが自慢顔で内情を語る。
「そうですね。あとは、飛竜の育成と運送業ですよ」
「緑の寺院って、昔からあるの?」
「ありますよ。千年以上も昔からあると伝えられていますが、いつからあるのか、寺院の僧侶しか、わからないですがね」
「そうか。知っていたらいいんやけど。女神アプネについて何か知っとる?」
カカエルが申し訳なさそうな顔をする。
「すいません、俺は信心深くないんです。神様はよくわからないです」
「なら、シルカベリーの街は、どうや?」
「そっちも、知らないですね」
その後、街に行くまで世間話をして過ごすが、目ぼしい情報はなかった。
大きな太った形の山が見えて来た。山は晴れた夕焼けに照らされて美しかった。
山の頂上は吹き飛んだように窪んでおり、窪地には半径五㎞に渡ってできた窪地があった。窪地の上には石造りの村が存在した。
カカエルが誇らしげな顔で、堂々と告げる。
「あれが俺たちの、ビョウビョウ村です」




