第四百九十夜 おっちゃんと『詩人の勲章』
二日後の年越しに向けて、宿屋でもご馳走作りが始まっていた。
宿屋の女将さんが外から帰ってくるところに出くわした。
「こんにちは。ええ天気ですね。買い物でっか?」
女将さんが機嫌よく答える。
「そうよ。市の本番は一月二日からでしょう。でも、香辛料の安売りは昨日から始まるのよ」
「なるほど。新年の料理用に香辛料や調味料を安く売るわけでんな?」
女将さんが笑顔で応じる。
「そうよ。だから年末は宿屋と料理屋は忙しいのよ」
おっちゃんは年末年始くらいは、ダラダラと過ごそうと思っていた。仕事をするわけではなく、祝いのパーティーに出るわけでもなく、のんびりと年の瀬を過そうと思っていた。
おっちゃんは温かい冒険者の酒場にいた。すると、セサルが沈んだ顔でやってきた。
「どうしたん、セサルはん? そんな暗い顔して」
セサルはおっちゃんを密談スペースに誘い、困惑顔で切り出した。
「あまり良くない御報告です」
「なにがあったんや」
「シルカベリーの街の位置を再計算しました。『詩人の岩窟』の地下になりそうです。推測ですが、この付近は、かつて海でした」
「そうか。そうなるか。なら、海やったんやろうな」
セサルが驚いた顔で、聞き返す。
「信用するんですか? この山に囲まれた土地が海だった、なんて」
「でも、計算したら、そうなるんやろう? ゴークス族かて塩水が湧く塩田を持っとる。なら、どれくらい前かは知らんが、以前は海だった可能性はあるやろう」
セサルが落ち着かない様子で、たどたどしく告げる。
「ここが元は海だった、とする情報を、すんなり信用してもらえるとは、思いませんでした」
「それで、暗い顔をしてたんか? そんな報告では驚かんよ。街は特定できたのなら、アプネの神殿の場所はどうや」
セサルが落ち着いた顔で報告する。
「アプネの神殿のある場所は、ゴークス族の住む村のさらに西になります」
「なら、ゴークス族に訊くしかないな」
セサルが真剣な顔で、理知的に告げる。
「既にゴークス族に聞き取り調査をしました。すると、村からさらに奥に行った場所に、神殿らしき建造物があるそうです」
おっちゃんは色めき立った。すぐにでもアプネの神殿に行きたかった。
「でかしたで! 大発見やで」
セサルが困った顔で、おっちゃんを宥めた。
「ちょっと待ってください。神殿は崩れ去り、今はただの廃墟となっているそうです」
「なんや。女神アプネは滅んだんか」
セサルが渋い顔で説明する。
「滅んだとも、言えないのですよ。記録によれば、赤の寺院、青の寺院、緑の寺院で記録を見つけた者には白の寺院への道が示されるとあります」
「緑の寺院って、この街にあったか?」
セサルは穏やかな顔で、首を横に振った。
「ありません。ですが、飛翔族が住む村には緑の寺院がある、と聞いております」
「ちょうどええやん。飛翔族が交易に来とるから、話をつけて緑の寺院を見せてもらおう。塾かて、新年は休みやろう?」
セサルは困った顔をして教えてくれた。
「飛翔族は交易をしても、村の中に人を入れません。入れて欲しければ、『詩人の勲章』を持って来いと要求されます」
「『詩人の勲章』って、手に入れるのが難しいんか?」
「『詩人の岩窟』にある音楽堂で立派な詩を歌うと手に入られると聞きます」
「詩はあまり得意やないんやけどなあ。詩以外で手に入れる方法はないの?」
セサルは浮かない顔で、サラリと告げる。
「古物商の店でも扱っていますが、金貨百枚します」
「それは、買えんなあ。でも、ええわ。何か、考える」
おっちゃんは古物商の店を訪ねた。すると、出てくるイサベルとばったり会った。
「おや、珍しい場所で遭いましたな」
イサベルが冴えない表情で質問してきた。
「おっちゃんの目的も『詩人の勲章』かい?」
「イサベルはんも、飛翔族の村に入りたいんか?」
「飛翔族の村には緑の寺院があるのよ。そこにもカルメロスのリュートがあるって聞いたわ」
「そうか。お目当ての物が、ありますか。ならお互い苦労するけど頑張りましょう」
イサベルが、うんざり顔で告げる。
「そうよね。冒険に困難は付きものよね」
おっちゃんはトロルの格好で、財布を握ると、『瞬間移動』で『詩人の岩窟』に飛んだ。
おっちゃんは正面からダンジョンに挑むつもりは毛頭なかった。
(何にでも、正道があれば、邪道もある。裏口から手を廻すのも策の内や)
裏口から訪ねると、ギロルが出てくる。
「今日は買い物に来ました。『詩人の勲章』を売ってもらえませんか」
ギロルの顔が歪み、「何を頼んでいるんだ」とばかりに声を荒げる。
「え、『詩人の勲章』! そんなの、欲しいの? そんなの買って、どうするの?」
「どうするって、飛翔族の村に入るのに必要やと要求されたんですわ」
ギロルが、気の毒そうな顔で否定する。
「それ、間違いだわ。トロルが村に入るのに『詩人の勲章』は、要らないよ」
(おっと、どうやら、飛翔族は人間にだけ要求しているようやね)
「そんな、話やなかったけどなあ。売ってくださいな」
ギロルは困った顔で申し出た。
「いいよ。おっちゃんになら、やるよ。金は要らないよ」
「わいも商人です。ただでは困ります。ほな、二個セットを、一万ダンジョン・コインで買いますわ」
ギロルが険しい顔で釘を刺した。
「そうかい? いいけど、後でダンジョン・コインを返せっていっても、駄目だからね。返品も利かないよ」
「それで、ええですから、お願いします」
ギロルは一度、中に戻って、十分ほどで銀色の勲章二個と請求書を持って戻ってきた。
請求書におっちゃんがサインすると、紙は燃えてなくなる。
(何や、簡単に手に入ったな。モグロドンの時に囮になった報酬やと思えば、ええか)
おっちゃんはギロルと別れると、バルスベリーに戻った。




