第四百八十八夜 おっちゃんと掘り当てた遺跡(後編)
おっちゃんは『瞬間移動』でダンジョンの外に飛ぶ。
人間の姿に戻ると、もう一度、『瞬間移動』で宿屋に移動する。『お休みリュート』を手にすると、変身しダンジョンに飛んだ。
「陛下、『お休みリュート』を持ってきました」
『熱狂詩人ベルポネデス』は驚いた顔をする。
「いやに、早かったわね」
「それは、急ぎですから」
『熱狂詩人ベルポネデス』が『お休みリュート』を手に取って確認する。
「間違いないわ。これは『お休みリュート』よ」
『熱狂詩人ベルポネデス』が訝しむ顔をして尋ねる。
「でも、こんな秘宝を簡単に用意できるとは貴方は何者なの?」
「それは、その、しがない、しょぼくれ中年トロルですわ」
『熱狂詩人ベルポネデス』は澄ました顔をして宣言する。
「まあ、いいわ。さっそく、モグロドンを眠らせるとしましょう」
『熱狂詩人ベルポネデス』が遺跡に入ろうとしたので、御付のモンスターも一緒に入ろうとする。
『熱狂詩人ベルポネデス』がむっとした顔で、御付のモンスターに命じた。
「付き添いは、不要よ。大勢で行って成功する作戦でもないわ」
ナージャが困った顔で申し出る。
「御館様お一人では危険です。せめて、このナージャめをお連れください」
『熱狂詩人ベルポネデス』は頑として拒否した。
「ナージャは、駄目よ。遺跡を止める作業があるでしょう」
「しかし、――」とナージャは食い下がろうとする。
『熱狂詩人ベルポネデス』は、おっちゃんをきっと見る。
「よし、わかったわ。おっちゃんと言ったわね。お前が付いてきなさい」
「え? わいですか?」
『熱狂詩人ベルポネデス』は不機嫌な顔で意見する。
「同じ言葉を二度も言わせないで。ナージャ、私はこのトロルだけを共に連れて行くわ。いいわね」
有無を言わさぬ「いいわね」だった。ナージャが畏まる。
おっちゃんは、体のサイズだけを人間の大きさにして、急ぎ、腰巻きを体に巻く。
おっちゃんと『熱狂詩人ベルポネデス』は遺跡の奥へと進んだ。
遺跡の最深部には高さ十八m、幅二十mの強大な黄色い扉が出現していた。
『熱狂詩人ベルポネデス』が怖い顔で感嘆の声を上げる。
「見事なマジック・ポータルね。これなら、モグロドンとてやってこられるかもしれないわ」
「陛下、そんな悠長なことを言わんと、はよ、モグロドンを眠らせて帰ってきましょう」
「そうね。厄介事は、さっさと片付けるに限るわ」
『熱狂詩人ベルポネデス』と、おっちゃんは、マジック・ポータルを潜った。
出た場所は、ピンクの小さな花が咲き乱れる昼の草原だった。
(見た限りは危険がなさそうやな)
『熱狂詩人ベルポネデス』は、リュートの調律を始める。
「陛下。モグロドンって、どんな奴かわかりますか?」
『熱狂詩人ベルポネデス』が気楽な顔で教えてくれた。
「天国に住む、大きな黒い獣と言い伝えられているわ。でも、その姿は掴みどころがなく、大きさも伸縮自在。山を喰らい、河を飲み干すそうよ」
(あまり出会いたくない魔物やなあ)
「なんとも、恐ろしい存在やなあ。ほな、辺りを警戒してきますわ」
おっちゃんは羊の姿に変身した。
『熱狂詩人ベルポネデス』が不思議そうな顔で訊く。
「おっちゃんは『シェイプ・シフター』なのね。でも、何で羊に化けるわけ?」
「へえ、情報によると、モグロドンは羊を喰わんと聞いたので羊に化けました」
「そうなの?」と『熱狂詩人ベルポネデス』は口にすると、宙返りをする。
『熱狂詩人ベルポネデス』は手だけ人間の羊に変わった。
「陛下も変身できますのん?」
『熱狂詩人ベルポネデス』は具合が悪そうに、はぐらかして発言した。
「昔、ちょっと齧ったのよ」
おっちゃんは羊の姿で、『熱狂詩人ベルポネデス』から数百mほど離れて、辺りを警戒した。
特に異変はないと思ったところで、気が付いた。
おっちゃんの後ろに、二足歩行する三頭身の黒豚がいつのまにかいた。
(何や、この豚? まったく気配を感じなかったで。わいに気配を悟らせず、背後を取るとは、ただの豚やない)
「ぶひ」と黒豚は口にすると、不思議そうにおっちゃんを見ていた。
おっちゃんは気にしない振りをして、歩き出した。すると、黒豚は、おっちゃんの後を従いてきた。円を描くように歩いても後ろを従いてきた。
(何やろう、この黒豚? もしかして、これがモグロドンなんやろうか?)
おっちゃんが黒豚の顔を見詰めると、黒豚の眼が光った。
おっちゃんは瞬間的に悟った。
(まずい! 変身がばれた)
黒豚は空中に浮かぶと、全長五十mもの大きさの、真っ黒な鯨になった。
おっちゃんは、すぐに羊の姿を解除した。ダチョウになって駆け出した。
鯨が息を吸い込むと、体が引き込まれそうになる。『加速』の魔法を唱えて速度を上げた。おっちゃんは走った。夢中で走った。
後ろから徐々に大きくなる鯨が追いかけてくる。鯨が何か黒い液体の塊を吐いた。
浴びたら危険と思ったので、回避しながら走った。
マジック・ポータルが見えてくると、どこからか綺麗な女性の歌声が聞こえてきた。
おっちゃんは、急速に意識が消えていくのを感じた。




