第四百八十六夜 おっちゃんと掘り当てた遺跡(前編)
年越しの祭りまで、あと七日となった。おっちゃんはお金に余裕があったので、『霊金鉱』製の指輪を買い直して、『帰還の扉』の魔法を再び用意しておく。
夕方に冒険者の酒場で飲んでいると地震が起きた。
地震は揺れが小さいものの、三分も続いた。
気になったので、おっちゃんはローサに声を掛ける。
「バルスベリーって、地震が多いんか?」
ローサが不安気な顔をして、怯えた口調で感想を述べる。
「地震は時折あるわ。でも、今のは長かったわね」
老人が暗い顔で不吉な言葉を語る。
「モグロドンじゃ。目覚めたモグロドンが、地下から地上に出てこようとしている」
冒険者が笑って茶化す。
「おいおい爺さん、モグロドンなんていやしねえよ。あれは昔話だよ」
(何や、モグロドンに関連する話が昔からバルスベリーにあるんか)
「ローサはん。モグロドンにまつわる昔話なんてあるの?」
ローサが穏やかな顔で軽い調子で語る。
「あるわよ。昔、この地方にモグロドンと呼ばれる、何でも飲み込んでしまう大きな獣がいたの」
「モグロドンはバルスベリーでは有名なんやな」
「だけど、神様に懲らしめられて、天界に昇って星座になった、って話があるわ」
(何か、気になるのう。単なる創作された昔話やと、ええんやけど)
おっちゃんはキャラメルを使った菓子を購入する。
商品を袋に詰めると、トロルの格好で『詩人の岩窟』の裏口に移動した。
秘密の合図を送ると、ギロルが出てきたので、商品を見せる。
「今日はキャラメルを使うた新作のお菓子を、仕入れてきました」
ギロルが気のよい調子で、すんなりと応じる。
「キャラメルを使った菓子か。いいよ。全部、買おう」
おっちゃんは代金を受け取る。
「まいど、どうもありがとうございます。それと、気になる噂を聞いたんですが、ここら辺の地下にモグロドンいう怪物がおるって、本当ですか?」
ギロルが渋い顔をして顔の前で手を左右に軽く振り、否定する。
「そんなの、ただの噂だよ」
「でも、この間の地震はかなり長かったでっしゃろ」
ギロルがあっさりとした顔で教えてくれた。
「あれは、工事の影響だよ。地下で大規模な工事をしているからな」
「ダンジョンの拡張ですか?」
「カルルン山脈の地下には塩の層があるのは知っているかい?」
「それは、あるでしょうね。ゴークス族は塩田を持っていましたから」
ギロルが穏やかな顔で簡潔に話す。
「塩の層の中を地下水が通っているんだ。塩は水に溶けるだろう?」
「塩なら水に溶けますな」
ギロルが得意げな顔で簡単に語る。
「長い年月を掛けて、塩の層が薄くなって空洞ができたんだよ」
「なるほど。有り得る話ですわ」
「それで、街が地盤の重みで下に崩落しないように、ダンジョン・コアの力を使って大規模工事をしているんだ」
「その工事の影響で、地震のような現象が起きたんやな」
ギロルが明るい顔で話を向ける。
「何、興味あるの? 何なら現場を見るかい?」
「現場に入れますの?」
ギロルが困った顔で、やんわりと勧める
「事故で作業員が不足しているんだよ。お宅も作業員やってみるかい? 七日勤務で報酬は金貨七枚か、ダンジョン・コインで七千枚だよ」
(ダンジョン・コインが、むっちゃ値上がりしとる。『詩人の岩窟』は、金の価値が低いんやな)
「わいも商売だけで喰ってきたわけやないから、人足はできます。ダンジョン・コインの相場ええから、ほな、一週間だけ現場に入ってみようかな」
ギロルがニコニコした顔で告げる。
「よし、一名様、ご案内だ」
翌日から、おっちゃんは工事現場に入った。
工事現場では大勢のモンスターが働いていた。おっちゃんの仕事は地図を頼りに、工事の邪魔になる塩を天秤棒で運ぶ仕事だった。
地図は『記憶力』の魔法で覚えたので、迷うことはなかった。暗い地下道も、暗視能力を持つトロルの眼があるので問題ない。塩と泥に塗れて、おっちゃんは黙々と働いた。
三日目の昼に、現場が慌ただしくなった。
おっちゃんの近くにいる現場監督トロルの許に、作業員トロルが走ってやって来る。
作業員トロルが現場監督トロルに渋い顔で報告する。
「監督、まずいですぜ。この先で、遺跡を掘り当てちまいました」
監督トロルが非常に苦い顔をする。
「遺跡? 遺跡があるなんて、聞いてないぞ」
作業員トロルが困った顔で報告する。
「かなり、古いもので、規模もそれなりに大きそうです」
「よし、わかった。お前は総監督に情報を上げてこい。俺が目で確認してくる」
監督トロルが、近くにいたおっちゃんと他二名のトロルを手招きする。
「よし、ちょっと、そこの三人は一緒に来てくれ。遺跡を見に行くぞ」
「わかりました。ほな、行きましょう」
監督トロルを先頭に小走りに移動する。監督トロルが困惑した顔でぼやく。
「頼むから、重要文化財とかはやめてくれよ」
「重要文化財やったら、無視できませんからな。保存せいとなったら厄介ですな」
監督トロルが苦い顔で告げる。
「本当だよ。遺跡は工事関係者泣かせだよ」
「でも、こんな地中深い場所に遺跡があるなんて珍しいですな」
「俺もこの仕事二十年やっているけど、こんな地下深くで遺跡が出たのは初めてだよ」
五分ほど走ると。銀色の金属の扉が見えた。
扉は高さが二m、幅が八十㎝の大きさだった。
監督トロルが困った顔で愚痴る。
「これは、人間サイズの遺跡だな。俺たちが中に入るには小さすぎるな」
おっちゃんはドアの横に、プレートを見つけた。
「何や、文字が書いてあるのう。でも、何て書いてあるか、読めん」
他のトロルが、扉の横にある塩の塊を叩く。
塩の層の下には、金属の層が拡がっていた。
作業員トロルが困った顔で報告する。
「監督、これ、でかそうですぜ」
監督トロルが扉を開けようとするが、扉は開かなかった。
「魔法で開けてみましょうか」
おっちゃんが申し出ると、監督トロルが感心した顔で促す。
「何だ、お前。魔法が使えるのか? よし、やってくれ」
おっちゃんが『開錠』の魔法を唱えると、扉から鍵が外れる音がした。
監督トロルが扉を開けると、中から光が漏れ出てきた。監督トロルが、おそるおそるの態度で中を窺う。
「おい、これは、まずいぞ。この遺跡はまだ生きているぞ」
「住人がおるとはおもえません。ですが、中が気になりますな」
監督トロルが困った顔をして、見解を述べる。
「ちょっと中を知りたいところだが、俺たちには小さすぎるな」
「なら、わいが見てきましょうか。わいは小さくもなれますねん」
監督トロルが驚く。
「何、そんな特技があるのか!」
「へい。以前、トロル・メイジで喰っていました」
監督トロルが感心した顔で頼む。
「なら、頼んで、いいか? 情報が少ないと報告するにも困る。危ないようなら、帰ってきていいから」
「罠やガーディアンがいたら、すぐに戻ってきます。無理はしません」
おっちゃんは人間サイズのトロルになると、腰巻を体に巻いて中に入る。
「ほな、ちょっと見てきますわ」




