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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バルスベリー編
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第四百八十四夜 おっちゃんと天国への扉

 五日後、オスカルたちは意気揚々と街に戻ってきた。冒険者ギルドに戻ってきたイサベルの晴れやかな顔が、作戦の成功を何よりも物語っていた。

 街では年越しの祭りの準備が始まり、活気に溢れていた。


 年越しの祭りの三週間前には音楽祭が行われる。音楽祭は格式ばったものではなく、詩人たちは街角で好き好きに歌い、庶民が物語に耳を傾けるささやかなものだった。

 音楽祭の日にはカルメロスの楽器も詩人たちに貸し出され、陽気な曲が街を彩る。

 キャラメルも解禁され、街ではキャラメルを使った菓子が売りに出される。


 おっちゃんはバルスベリーで奏でられる音楽に耳を傾け、音楽を楽しんでいた。

「平和やなー」と思っていると、慌てた顔の冒険者が飛び込んできた。

「おい、街の広場の上空に扉が現れたぞ」

 最初は冒険者が酔っているかと思って、誰も相手にしなかった。


 だが、二人、三人と目撃報告をする人間が現れると状況が変わった。冒険者が確認のため席を立ったので、おっちゃんも席を立って、街の中央の広場に行く。

 広場の上空の二十mに、高さ二百五十㎝、幅八十㎝の黄色い扉が宙に浮いていた。

「ほんまや! ほんまに、扉が宙に浮いとる!」


 広場に集まった人々は、ただ不思議そうに扉を見詰めていた。

 冒険者の一人が、興奮した顔で声を上げる。

「よし! とりあえず、開けてみようぜ」

 別の冒険者が興味津々の顔で申し出る

「いいぜ。空飛ぶ魔法の絨毯を持っているから、五人ずつなら、上に上げられる」


 冒険者が魔法の絨毯を持ってくると、さっそく五人の冒険者が志願して上に行く。

 扉を開けた冒険者が、弾んだ声で叫ぶ。

「おい、これ、マジック・ポータルの一種だ。別の場所に繋がっているぜ」


 冒険者が扉を潜る。だが、扉の反対側から出てくることはなかった。

 魔法の絨毯の持ち主が、次の五人を乗せるために、魔法の絨毯を下に移動させる。

 街の人が扉を指差して叫ぶ。

「おい、扉が閉まったぞ」

 見ると、扉は閉まっていた。


 次の五人が扉の前まで上がって行き、扉を開ける。

 魔法の絨毯の持ち主が、中を覗き込んでから深刻な声を上げる。

「さっきと場所が違うぞ。これは、入ると帰ってこられないかもしれない」

 魔法の絨毯に乗る五人は顔を見合わせる。だが、そのまま扉を潜った。


 魔法の絨毯が下に降りてきて、持ち主が訊く

「他に上に行きたい奴はいるか?」

 もう五人が志願して扉を潜った。十五人の好奇心の強い冒険者の他には、すぐに扉を潜りたいと名乗り出る者は、いなかった。

(まずは、様子見いうところか? 戻ってこられる当てがないと、簡単には行けん)


 冒険者ギルドは、広場に出現した不思議な扉の話で持ちきりだった。

 イサベルがおっちゃんの向かいに腰掛けて、軽い調子で話し掛けてくる。

「あの不思議な扉はどこへ続いていると思う?」

「さあて。天国か地獄か、それは行った者しかわからん」


 イサベルがさばさばした顔で冒険者の酒場を見渡す。

「そうね。今は、様子見を決め込む冒険者は多いわ」

 一夜が明け、朝に広場に行く。

 扉はまだ広場の上空に浮いていた。


 街の人が噂話をする。だが、騒ぎは昨日ほどではなかった。

 さらに、一日が経過すると、事態が動いた。


 出かけていた冒険者の五人が、バックパックに財宝を詰めて帰ってきた。

 帰ってきた冒険者が自慢げに、冒険者酒場のテーブルの上に財宝を並べる。

「どうだ、凄いだろう。入ってきた扉がなくなった時は驚いた。だが、中には、財宝がたっぷりあった」


 おっちゃんは、ざっと金額を見積もる。五人分で金貨三百枚にはなりそうだった。

 貧しそうな下級冒険者が尋ねる。

「でも、どうやって帰ってきたんだ?」


 財宝を持ち帰った冒険者が、得意げな顔で語る。

「別に出口になっているマジック・ポータルがあったんだ。マジック・ポータルを潜ったら、カルルン山脈に出た。そこから、歩いて戻ってきた」

「すげえなあ!」と下級冒険者が溜息混じりに呟く。


 帰還した冒険者が出ると、午後からは再び広場に浮かぶ扉から中に入ろうとする冒険者が現れた。

 装備を調えた二十人の冒険者が、扉から中に突入する。だが、三日が経っても、冒険者は先に入った十人と合わせて、誰も帰ってこなかった。


「これは、おかしい」と誰もが思い始めた。

 多くの冒険者が宝を持って戻ってきた冒険者に再度、話を訊こうとした。だが、その時には、帰ってきた冒険者はバルスベリーの街をいつのまにか去っていた。


 ある日の昼過ぎに、険しい顔のセサルがやってきた。

 セサルがおっちゃんを密談スペースに誘う。

「どうしたんや、セサルはん? そんな、おっかない顔をして」

「広場に出現した扉ですが、あれは、シルカベリーの人間が作った天国へ通じる扉かもしれません」


「なして、そう思ったんや?」

 セサルが真剣な顔で説明した。

「帰還した冒険者が両替した金貨に、シルカベリーの金貨が混じっていました。また、換金した品の中にも、シルカベリー時代の物と思われる遺物が入っていました」


「なるほどのう。でも、天国に通じておるんなら、誰も帰ってこない理由はそこが素晴らしい世界やからか?」

 セサルは痛ましい顔で、首を横に振った。

「違うでしょう。天国に入る前には、門番としてモグロドンと呼ばれる恐ろしいモンスターがいると伝えられています」


「帰ってこられなかった冒険者は、そのモグロドンにやられたか」

 セサルが強張った顔で告げる。

「もし、モグロドンが存在するなら扉を閉じないと危険です。モグロドンは街を滅ぼしかねない」

「でも、どうしたらええんや?」


 セサルは、詩が書かれた一枚の紙を取り出して示した。

「冒険者が『詩人の岩窟』から持ち帰った『戸締まりの詩』。これは単なる童謡ではなく、天国への扉を閉じるための詩でだと、わかりました」

「なら、『戸締まりの詩』で閉じたらええやん」


 セサルが決意の籠もった顔で淡々と告げる。

「ですが、『戸締まりの詩』は扉の内側から歌わないと効果がありません」

「つまり、扉が閉まると、天国側に遺されて帰ってこられなくなる、いうわけか」


 セサルは凛々(りり)しい顔で、はっきりと口にする。

「私には『帰還の扉』の魔法があります。『帰還の扉』なら、帰ってこられるかもしれません。なので、私が扉を閉じに行きます」

「セサルはんが行く必要はないで。わいかて『帰還の扉』を使える。わいが試すわ」


 セサルは困惑した顔で食い下がる。

「でも、帰ってこられるは、あくまでも可能性であって、確実ではないんです」

「ええって。セサルはんには帰りを待つ塾の子供たちがおるやろう。それに、シルカベリーの人間の足跡(そくせき)があるなら、わいが捜している情報の手懸かりがあるかもしれん」


 セサルはおっちゃんの申し出を躊躇った。

「それは、そうですが」

「ええから、ええから。冒険の旅は、現役の冒険者に任せておけばええ」


 セサルは礼をして頼んだ。

「わかりました。お願いします」

 おっちゃんは伝説の喉飴と、『戸締まりの詩』を書いた紙を貰った。


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