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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バルスベリー編
481/548

第四百八十一夜 おっちゃんと消えたバターの謎(後編)

 バルスベリーに戻ってくると、おっちゃんはローサに尋ねる。

「ローサはん。火傷の治療に詳しい薬師か医者を知らんか?」


 優しい顔でローサが質問してくる。

「どうしたの? 急に、そんな情報を聞いて」

「詳しくは秘密なんやけど、儲け話になるかもしれん」


 ローサが冴えない表情で、やんわりと注意する。

「おっちゃん、その儲け話は詐欺かもしれないわよ。火傷の薬で大儲け、なんて聞いた覚えがないわよ」

「ええから、知っていたら、教えて」


 ローサが、のほほんとした態度で話す。

「以前に紹介した、医者のマヌエル先生がいたでしょう」

「おった、おった。マヌエル先生が詳しいのか?」


「マヌエル先生の家だけど、元は軍師の家系なんだって」

「ほう。そんな歴史があるんやね」


 ローサが優しい顔で教えてくれた。

「マヌエル先生のご先祖様は、火を使った計略が得意だったそうよ。そのご先祖様が残した兵法書の中には、秘伝の火傷の薬の作り方も載っている、って聞いたわ」

「人に歴史あり、やな。ありがとう。うまく儲けられたら、何か(おご)るわ」

「期待せずに待っているわ」


 おっちゃんは翌日に、マヌエルの家を訪ねた。

「マヌエル先生。ちと、相談がある。先生の家に伝わる秘伝の火傷の薬が欲しい」

 意外そうな顔で、マヌエルは確認する。

「兵法書ではなくて、火傷の薬のほうですか?」

「そうや。わいが兵法書を貰っても役に立たん。欲しいのは薬や」


 マヌエルが冴えない顔で尋ねる。

「私は医師ですから、欲しいといえば調合しますが、どれほど欲しいんですか」

「ほな、百人分」


 マヌエルが表情を歪めて驚く。

「百人分! そんな薬を何に使うんですか!」

「大勢の人が火傷に苦しんでいるんよ。そんで、そこでは薬がなく民間療法として、バターを体に塗っているって話や。だから、その火傷に苦しむ人を救いたい」


 マヌエルが曇った表情で、歯切れも悪く発言する。

「私は医者ですから、人を救うために薬を調合してくれ、と頼まれれば造りますよ」

「ほな、頼むわ」


 マヌエルはローサと同じく忠告した。

「でも、戦争や災害の噂は聞いていませんよ。それは、きっと詐欺ですよ」

「騙されても、ええんや。被害者がいなかったら、それに越したことはない」


 マヌエルが表情を(やわ)らげて、やんわりと話す。

「そこまで想っていればいいですが、百人分となると、金貨にして二十枚は行きますよ」

「でも、効くんやろう?」


 マヌエルが自信のある顔で保証した。

「それは、もう。秘伝の薬は重度の火傷にも効果覿面(てきめん)に効きますよ」

「なら、造って。困っている人を救おう」

「わかりました。ただし、薬の代金は全額、前金でお願いします」


 財布の中を確認すると、金貨二十枚があったので、払う。

「では、一週間後に取りに来てください」


 おっちゃんは一週間後に薬を取りに行く。すると、三十六ℓ樽に入った軟膏が用意されていた。

マヌエルが複雑な顔して申し出る

「百人分なので、随分と大量になりました」

「ええで、これだけあれば、充分や。ほな、ちょっと人助けをしてくるわ」


 おっちゃんは軟膏の入った樽を背負った。

 他人(ひと)()に付かない場所から『瞬間移動』を使って、ゴークス族の取引所付近に行き、トロルに変身する。変身後に、取引所に顔を出す。

「こんにちは。ちと、今日はお話があって、やって来ました」


 商人が出てきて、気の良い顔で尋ねる。

「おや、確か、おっちゃんと言ったかな。また、バターを売りに来たのかい?」

「今日はよう効く火傷の薬を売りに来ました」


 商人は半笑いの顔で疑った。

「よく効く、ねえ。上客の火傷は相変わらず治っていないが、本当に効くのかい?」

「薬の代金は、後払い。効かなかったら御代は要りまへん」


 商人は微笑んで請け負った。

「随分と自信があるようだね。その条件で良ければ、上客に勧めてもいいよ」

「なら、置いていきますわ。ただ、貴重な薬やから、患部に薄く塗って延ばして使ってくださいよ」

「わかった。薬師に伝えるよ」


 おっちゃんは宿屋に帰って、三日ほど期間を置いてから、また取引所に行く。

 商人が愛想いい顔で出てくる。

「あの薬、顧客に評判がいいね。バターより、ずっといいそうだ」

「それは特製の薬やからね」


「もう一樽、仕入れられるかい? あと一樽あれば、完治しそうだ」

「造るのに一週間ほど掛かるので、時間は見てください」

 商人は小さな袋を渡してきた。中を開けると、金貨が百枚も入っていた。

「これは、前回の薬の代金と、次回の薬の代金だよ」

「わかりました。すぐに仕入れてきます」


 おっちゃんは街に戻ると、マヌエルに金貨二十枚を払う。

「薬は好評や、もう一回同じ量をお願いするわ」

 マヌエルは控えめな態度で質問する。

「私はいいですが、どこにいるんでしょう。その火傷に苦しむ大勢の人は」

「それは、秘密にしてくれと頼まれているからなあ、顧客の情報は教えられん」


 マヌエルは止を得ないの態度で了承した。

「わかりました。私は医者です、火傷で苦しむ人がいるなら薬を造りましょう」

 今度は資金に余裕があるので、薬を造っている間に『瞬間移動』で酪農村に飛ぶ。

 酪農村でバターを仕入れて『詩人の岩窟』に持っていく。


 ギロルにバターを売ると、ギロルのぼやきが聞こえてくる。

「でも、本当にゴークス族から乳製品が入らないと不便だよ」

「その件ですけどな。ここだけの話。もう、そろそろ普通にバターは買えるようになりまっせ」


 ギロルが落ち着いた顔で安堵した。

「その話が本当なら、うちの菓子職人は、助かるな。何せ、うちのダンジョン・マスターはお菓子好きだからねえ」

 薬が完成すると、ゴークス族の村に『瞬間移動』で飛んで薬を納品した。


 納品して七日後に、ゴークス族の村に行く。

 商人が笑顔で出迎える。

「薬が効いて、上客がすっかり良くなった。これで、うちらも、バターを通常通りに輸出できるってもんだ。助かったよ」


「何にせよ、良かったですわ。そんで、良ければ、教えて欲しいんやけど。どうして上客は、そんな大火傷を負ったんですか?」

 商人が困った顔で、内情を教えてくれた。

「それが、上客が空を飛んでいたら、不吉な黒い雲を見たそうだよ。それで、近寄ったら強烈な雷を浴びせられて、大火傷を負ったそうだ」


「何や、恐ろしい話ですな」

「うん、それで今、村の勇士が調べに行っているところさ」

(不吉な雷雲が動かないなら、ええ。せやけど、もし移動したら大変な事態になるやんやないやろうか?)


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