第四百八十一夜 おっちゃんと消えたバターの謎(後編)
バルスベリーに戻ってくると、おっちゃんはローサに尋ねる。
「ローサはん。火傷の治療に詳しい薬師か医者を知らんか?」
優しい顔でローサが質問してくる。
「どうしたの? 急に、そんな情報を聞いて」
「詳しくは秘密なんやけど、儲け話になるかもしれん」
ローサが冴えない表情で、やんわりと注意する。
「おっちゃん、その儲け話は詐欺かもしれないわよ。火傷の薬で大儲け、なんて聞いた覚えがないわよ」
「ええから、知っていたら、教えて」
ローサが、のほほんとした態度で話す。
「以前に紹介した、医者のマヌエル先生がいたでしょう」
「おった、おった。マヌエル先生が詳しいのか?」
「マヌエル先生の家だけど、元は軍師の家系なんだって」
「ほう。そんな歴史があるんやね」
ローサが優しい顔で教えてくれた。
「マヌエル先生のご先祖様は、火を使った計略が得意だったそうよ。そのご先祖様が残した兵法書の中には、秘伝の火傷の薬の作り方も載っている、って聞いたわ」
「人に歴史あり、やな。ありがとう。うまく儲けられたら、何か奢るわ」
「期待せずに待っているわ」
おっちゃんは翌日に、マヌエルの家を訪ねた。
「マヌエル先生。ちと、相談がある。先生の家に伝わる秘伝の火傷の薬が欲しい」
意外そうな顔で、マヌエルは確認する。
「兵法書ではなくて、火傷の薬のほうですか?」
「そうや。わいが兵法書を貰っても役に立たん。欲しいのは薬や」
マヌエルが冴えない顔で尋ねる。
「私は医師ですから、欲しいといえば調合しますが、どれほど欲しいんですか」
「ほな、百人分」
マヌエルが表情を歪めて驚く。
「百人分! そんな薬を何に使うんですか!」
「大勢の人が火傷に苦しんでいるんよ。そんで、そこでは薬がなく民間療法として、バターを体に塗っているって話や。だから、その火傷に苦しむ人を救いたい」
マヌエルが曇った表情で、歯切れも悪く発言する。
「私は医者ですから、人を救うために薬を調合してくれ、と頼まれれば造りますよ」
「ほな、頼むわ」
マヌエルはローサと同じく忠告した。
「でも、戦争や災害の噂は聞いていませんよ。それは、きっと詐欺ですよ」
「騙されても、ええんや。被害者がいなかったら、それに越したことはない」
マヌエルが表情を和らげて、やんわりと話す。
「そこまで想っていればいいですが、百人分となると、金貨にして二十枚は行きますよ」
「でも、効くんやろう?」
マヌエルが自信のある顔で保証した。
「それは、もう。秘伝の薬は重度の火傷にも効果覿面に効きますよ」
「なら、造って。困っている人を救おう」
「わかりました。ただし、薬の代金は全額、前金でお願いします」
財布の中を確認すると、金貨二十枚があったので、払う。
「では、一週間後に取りに来てください」
おっちゃんは一週間後に薬を取りに行く。すると、三十六ℓ樽に入った軟膏が用意されていた。
マヌエルが複雑な顔して申し出る
「百人分なので、随分と大量になりました」
「ええで、これだけあれば、充分や。ほな、ちょっと人助けをしてくるわ」
おっちゃんは軟膏の入った樽を背負った。
他人目に付かない場所から『瞬間移動』を使って、ゴークス族の取引所付近に行き、トロルに変身する。変身後に、取引所に顔を出す。
「こんにちは。ちと、今日はお話があって、やって来ました」
商人が出てきて、気の良い顔で尋ねる。
「おや、確か、おっちゃんと言ったかな。また、バターを売りに来たのかい?」
「今日はよう効く火傷の薬を売りに来ました」
商人は半笑いの顔で疑った。
「よく効く、ねえ。上客の火傷は相変わらず治っていないが、本当に効くのかい?」
「薬の代金は、後払い。効かなかったら御代は要りまへん」
商人は微笑んで請け負った。
「随分と自信があるようだね。その条件で良ければ、上客に勧めてもいいよ」
「なら、置いていきますわ。ただ、貴重な薬やから、患部に薄く塗って延ばして使ってくださいよ」
「わかった。薬師に伝えるよ」
おっちゃんは宿屋に帰って、三日ほど期間を置いてから、また取引所に行く。
商人が愛想いい顔で出てくる。
「あの薬、顧客に評判がいいね。バターより、ずっといいそうだ」
「それは特製の薬やからね」
「もう一樽、仕入れられるかい? あと一樽あれば、完治しそうだ」
「造るのに一週間ほど掛かるので、時間は見てください」
商人は小さな袋を渡してきた。中を開けると、金貨が百枚も入っていた。
「これは、前回の薬の代金と、次回の薬の代金だよ」
「わかりました。すぐに仕入れてきます」
おっちゃんは街に戻ると、マヌエルに金貨二十枚を払う。
「薬は好評や、もう一回同じ量をお願いするわ」
マヌエルは控えめな態度で質問する。
「私はいいですが、どこにいるんでしょう。その火傷に苦しむ大勢の人は」
「それは、秘密にしてくれと頼まれているからなあ、顧客の情報は教えられん」
マヌエルは止を得ないの態度で了承した。
「わかりました。私は医者です、火傷で苦しむ人がいるなら薬を造りましょう」
今度は資金に余裕があるので、薬を造っている間に『瞬間移動』で酪農村に飛ぶ。
酪農村でバターを仕入れて『詩人の岩窟』に持っていく。
ギロルにバターを売ると、ギロルのぼやきが聞こえてくる。
「でも、本当にゴークス族から乳製品が入らないと不便だよ」
「その件ですけどな。ここだけの話。もう、そろそろ普通にバターは買えるようになりまっせ」
ギロルが落ち着いた顔で安堵した。
「その話が本当なら、うちの菓子職人は、助かるな。何せ、うちのダンジョン・マスターはお菓子好きだからねえ」
薬が完成すると、ゴークス族の村に『瞬間移動』で飛んで薬を納品した。
納品して七日後に、ゴークス族の村に行く。
商人が笑顔で出迎える。
「薬が効いて、上客がすっかり良くなった。これで、うちらも、バターを通常通りに輸出できるってもんだ。助かったよ」
「何にせよ、良かったですわ。そんで、良ければ、教えて欲しいんやけど。どうして上客は、そんな大火傷を負ったんですか?」
商人が困った顔で、内情を教えてくれた。
「それが、上客が空を飛んでいたら、不吉な黒い雲を見たそうだよ。それで、近寄ったら強烈な雷を浴びせられて、大火傷を負ったそうだ」
「何や、恐ろしい話ですな」
「うん、それで今、村の勇士が調べに行っているところさ」
(不吉な雷雲が動かないなら、ええ。せやけど、もし移動したら大変な事態になるやんやないやろうか?)




