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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バルスベリー編
480/548

第四百八十夜 おっちゃんと消えたバターの謎(前編)

 三日後、商人のミゲルが再び冒険者のギルドに現れた。ミゲルは明るい顔で、ローサと少しの間、談笑してから帰っていく。

(なんや、ミゲルはん、随分とご機嫌やね。商売が上手くいったか、儲け話を掴んだんやろうか)


 ミゲルが帰ると、依頼票が掲示板に貼られる。依頼票はゴークス族との取引の手伝いと護衛だった。募集人数は八人と、前回よりも大規模だった。

 興味を惹いたのでローサに声を掛ける。

「ローサはん。ミゲルはんは何かええことあったんかな?」


 気の良い顔で、ローサが教えてくれた。

「何でも、儲け話を手に入れたんだって。それで、投資する決断をしたそうよ」

「大きな投資って、何やろう?」


「わからないけど、気合いが入っていたわよ」

「そうか。なら、わいも手伝いで参加するわ」


 翌日、他の下級冒険者と一緒にロバを引いて山を登る。

 取引にあたっては、大きな四十ℓの金属製の樽を持って行くのが気になった。ゴークス族の取引所について、品物を卸して売る。 

 しばらくすると、ミゲルの悲痛な声が聞こえてきた。

「おい、ちょっと待ってくれよ。バターや生クリームがないだって?」


 おっちゃんは、そっと物陰から様子を窺う。

 ゴークス族の商人が渋い顔をして告げる。

「悪いが、バターと生クリームは諦めてくれ。事情は教えられない」

 ミゲルは、がっくりとした顔をする。

「そんな……せっかく、キャラメルで儲けられると思ったのによ」


(ミゲルはん、キャラメル禁止令が解けるのを見越して、先にキャラメルを量産するつもりやったんやな。そんで、解除と同時に売り抜ける気やったか)

 ミゲルは仕方なしにヨーグルトを買って山を下りる。


 なぜ、バターや生クリームがゴークス族の地域から消えたかが、気になった。

 トロルの格好をして『詩人の岩窟』を訪ねると、ギロルが出てくる。

「こんにちは、ギロルはん。今日は何か入り用の品はないですかね?」


 ギロルが、ありがたがる顔で頼む。

「ちょうど良いところにきたね。新鮮なバターか生クリームを仕入れてきてくれ」

(おや? ダンジョンでも、乳脂肪不足か)


「ええですけど、ここら辺って、何でバターが不足しとりますの?」

「何だ、知らないのか? ゴークス族がバターや生クリームを急に輸出しなくなったんだよ」


「何や、ゴークス族はここのダンジョンにもバターや生クリームを卸しとりましたの。ゴークス族がバターや生クリームを卸さなくなった理由って、何やろう?」

「何でも、特別なお客がバターを大量に必要としているとやらで、他に輸出する分はないそうなんだよ。うちの菓子工房も、バターが足りなくて悲鳴を上げているよ」


 おっちゃんは人間の姿に戻り、街の地図屋で地図を買う。

「すんまへん。ここから二百五十㎞圏内で、酪農が盛んな村や街ってどこやろう?」

 地図屋のおじさんは考え込む。

「ここらへん近辺で酪農が盛んな村はないよ。だけど、二百㎞以上も離れていいなら、あるね。その名も、ずばり、牛飼い村だよ」


「牛飼い村までの地図を売って」

 地図屋のおじさんは難しい顔で忠告する。

「いいけど、牛飼い村は直線で二百㎞だよ。道を通っていくとなると、三百㎞近い。生クリームを運ぶと、悪くなっちまうよ」


(直線で二百㎞なら『瞬間移動』で飛べるね)

 おっちゃんは銀貨を払い、適当に話を合わせておく。

「何や、同じ儲け話を考える人間がおるんやな」


「お宅も秋の祭りにキャラメルが解禁される、って話を掴んだんだろう? 商人の間じゃ、どうにかして、生クリームとバターを手に入れて儲けようと考える奴は多いさ」

「人間誰しも考える内容は同じやな」


 おっちゃんは地図と四十ℓ用のバターを入れる金属製の容器と、担ぎ紐を買う。

 バックパックに腰巻きを入れて、『瞬間移動』で牛飼い村まで飛んだ。


 背の低い牧草地に簡単な木の柵を巡らした場所に出た。牧草地には茶色の牛を放牧されており、牛がのんびりと草を()んでいる。村は広く民家が点在して、人より牛のほうが多そうだった。

 酪農家を廻ってバターを買い集める。『瞬間移動』でゴークス族の村の近くまで飛んで、トロルの姿で取引所に行く。


 取引所に行くと、ゴークスの族の商人はびっくりした。

「おい、ちょっと、あんた。こっちは、人間用の窓口だよ」

「すんまへん。初めてだから、よくわかりませんでした」


 ゴークス族の商人は慌てた顔で急かす。

「とにかく、人間に見つかると、まずい。こっちに来てくれ」

(何や? 異種族と取引している実態は、秘密にしたいんやな)


 おっちゃんは、村の中を通される。

 村の中は石造の家が多く、ところどころに立木があり、子供が遊んでいた。人間の街と大して変わらなかった。


 人間用窓口と村を挟んで反対側にある取引所に連れてこられた。

「それで、お宅は、何を売りたいの?」

「わいはおっちゃんの名で親しまれる商人でして。バターを売りに来ました」


 商人が顔を歪める。

「バター? トロルの村では、バターは作っていないよね。しかも、乳製品の生産地のうちにバターを売りに来るって、どういうつもりだい」

「どうもこうも、ゴークス族はんの村でバターが不足していると聞きました」


 商人が怪訝(けげん)な顔をする。

「うちがバター不足って、誰から聞いたの?」

「まあ、ちらほら噂になっていると申しましょうか」


 ゴークス族の商人が弱った顔で認めた。

「実はそうなんだ。今、バターが不足していて困っている」

「やはり、そうでしたか。ほな、お願いします」


 バターの入った容器を受け取ると、ゴークス族の商人が計量する。

おっちゃんは、それとなく尋ねた。

「よかったら、バターが必要になった訳を聞かせてもらって、ええやろうか? 事情によってはもっと仕入れてきますで」


 商人は渋い顔をして、言い淀んだ。

「本当は秘密にしたかったんだけどねえ」

 おっちゃんは頭を下げた。

「価格については、勉強させてもらいます」


 商人は渋々の態度で告白した。

「実はうちと取引があるお客が大火傷(おおやけど)()ってね。それで、傷にバターを付けて、治療しているんだよ」

「火傷にバターでっか? あまり聞かん治療法ですな」


「俺もそう思う。だけど、本人がいいって主張して聞かないんだよ」

(使うバターの量からいって、これは大型の種族やね。おそらく、龍や何かやろうな)

 おっちゃんはバターの代金を受け取ると、ゴークス族の村を出る。

 装備品を回収すると、人間の姿になり街に戻った。


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