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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バルスベリー編
479/548

第四百七十九夜 おっちゃんとキャラメル

 一夜が明ける。おっちゃんは差し入れを持って、セサルの様子を見にいった。

 一日、ゆっくりと休養を摂って、きちんとした食事をしたセサルは落ち着いていた。

(疲れが溜まっていたんやな、一日休んだだけで、だいぶ顔色が違うのう)


 イサベルがおっちゃんを見ると穏やかな顔で頼む。

「ちょっと出かけてくるわ、いいかしら?」

「問題ないやろう」


 おっちゃんはイサベルと交代で、セサルの家に残った。

「どうや? セサルはん、落ち着いたか?」

 セサルが穏やかな顔つきで答える。

「ええ、だいぶ良くなりました。明日には塾を再開できるでしょう」

「無理をするなとは言わん。ただ、子供たちに心配を掛けたら、いかんで」


 セサルが殊勝な顔で頭を下げる。

「ご心配をお掛けしました」

「あと、セサルはんに聞きたい話がある。バルスベリーでは何で、キャラメルが輸入も製造も禁止なん?」


 セサルはあっさりとした態度で教えてくれた。

「理由は百年前にキャラメルを取り合って王子たちが殺し合ったため、と祖父から聞いています」

「その話はほんまか? どんな状況やったんやろう?」


 セサルが僅かに悲しそうな顔で告げる。

「真相はわかりません。王子たちの死体は、洞窟の中で発見されました」

「何や、有名な話なんか?」


「王子たちは武器を持ち、傷つき餓えた状態で死んでいました。ただ、キャラメルだけが残っていました」

「なるほど。それで、餓えた兄弟がキャラメルを巡って殺し合ったと推察したわけか」


 セサルが優しい顔で告げる。

「でも、事実は違うようですよ」

「なして、そんなことがわかるん?」


 セサルが微笑みを(たた)えて答える。

「赤の寺院で調べものをしている際に五十年前の論文を見つけました。論文は王子たちを検死した医者の記録と、当時の関係者の証言を、詳細に調べたのものでした」

「そんで、著者は何と結論づけていたんや?」


「王子たちは、キャラメルを争って死んだわけではない。飢えと寒さに(さら)されても、互いに譲り合ったためにキャラメルは残ったのだと、推察しています」

「なら、王子の遺体にあった傷は、何のために残ったやろうな?」


 セサルが知的な顔で教えてくれた。

「王子たちに残っていた傷も互いに傷つけ合ったものではなく、他の者の手によるものだと結論づけていました」

「五十年前は公表できない理由があったんやろうな」


 セサルが痛ましい顔で淡々と述べる。

「そうでしょうね。百年前の事件で、五十年前の段階では当事者がまだ生きていたでしょうからね」

「セサルはん、体調が回復してからでええ。その論文にキャラメルの製造再開を陳情する手紙を付けてお城に届けてもらってええか」


 セサルが意外そうな顔をする。

「どうしたんです、急に?」

「ないとは思うが、その論文のお世話になるかもしれん」


 二時間ほどで気分の良い顔をしたイサベルが食事を買って戻ってきた。

「ほな、今度はわいが出掛けるわ。後を頼むで」

「いってらっしゃい」


 おっちゃんはイサベルが戻ってくると交替でセサルの家を出る。

 おっちゃんは『瞬間移動』でゴークス族の取引所の付近に飛んだ。

「すんまへん、山羊の生クリームを売ってもらえませんか」


 ゴークス族の商人は渋い顔をする。

「バターや生クリームは今、値上がりしているよ。量もないんだよ」

「値上がりって、街では、バターの需要が伸びているとは聞いてないで」


 ゴークス族の商人は曇った表情で弁解する。

「こっちにはこっちの事情があるんだよ」

「とりあえず、百八十㏄もあれば、ええわ」


「一瓶か。生クリームは一瓶ならあるよ。価格は銀貨十枚だけど、いいかい」

「生クリームが高いなあ。けど、ええわ。それ、ちょうだい」


 おっちゃんは生クリームを買うと『瞬間移動』で街に戻る。

 街のお菓子屋で水飴、砂糖、可愛らしい包み紙を買って、セサルの家に戻った。

 セサルが寝ていたので、おっちゃんは台所と鍋を借りる。

(さすが、もと、飴屋さんの家やね。きちんとした鍋や(かまど)がある)


 鍋に生クリームを入れ、水飴と砂糖を入れて、ひたすら煮込んだ。

 しばらくして、色が変わり、粘性が出てくる。そこから焦がさないように煮詰め、粘り気が強くなってきたところで火を停めて冷ます。


 適度に冷めたところで、小分けにして紙で(くる)んだ。

(密造やけど、しゃあないわ)


 一晩ぐっすり休んで、セサルの家を出て宿屋に戻る。

 腰巻きを持って、『瞬間移動』で『詩人の岩窟』の裏口近くに移動する。トロルに姿を変えて、キャラメルを準備する。


 裏口のドアをノックしてしばらくすると、以前に応対してくれたギロルが出て来た。

「今日はご依頼の品を献上に上がりました」

 ギロルが気の良い顔で、機嫌よく応じる。

「随分と早いね。それで、何を持って来たんだい?」

「キャラメルです」


 ギロルが表情を曇らせる。

「何だ、ありふれた品だな。もっと、高級なケーキとかパイとかじゃなくて、いいのかい?」

おっちゃんは、ギロルの態度が演技だと思った。

(わいを試しとるね。でも、試すなら、これでいいはずや)

「へい、これでお願いします」


「よし、わかった、結果は明後日には出るから、また明後日に結果を聞きに来てくれ」

 翌々日、再びトロルの姿で出向くと、ギロルが明るい顔で告げる。

「合格だよ。さっそく、取引をしよう。何の呪術詩がほしいんだい?」

「『爽快なる目覚めの詩』が書かれたスクロールがほしい。とりあえず、一つで」


 ギロルが首を傾げて素っ気ない顔で尋ねる。

「マイナーな呪術詩を知っているね。どっちでもいいか。それで、取引は金貨? ダンジョン・コイン? それとも、品物?」

「へえ。ちと急ぐんで、今回は、ダンジョン・コインで取引をお願いします」


「わかった。なら、『爽快なる目覚めの詩』のスクロールは、五万ダンジョン・コインで、どうだい?」

「それで、お願いします」


 おっちゃんは、支払い請求書にサインする。サインした紙は、光ってから燃えた。

 決済が終了すると、ギロルは魔法のスクロールを持ってくる。

 おっちゃんは『爽快なる目覚めの詩』が記されたスクロールを手に入れた。


 人間の姿に戻って、バルスベリーの街に『瞬間移動』で帰る。

 冒険者の酒場でイサベルを待つと、酒場に暗い表情のイサベルがやって来る。

 おっちゃんはイサベルを、密談スペースに誘った。

「どうや? 『爽快なる目覚めの詩』を歌える詩人は見つかったか?」


 イサベルが決意の籠もった顔で宣言する。

「いいや、駄目よ。これは、ダンジョンに行くしかないわ」

「その必要はないで。わいが『爽快なる目覚めの詩』を記したスクロールを手に入れた。これで、吟遊詩人に呪術詩を覚えさせればいい」


 イサベルが驚いた顔で問う。

「いったいどこで、それを手に入れたのよ」

「商売上の秘密や」


「ちょっと待っていて」

 イサベルは金貨を十枚と、古いリュートを持って来て、済まなさそうにお願いした。

「悪いわ。今は、これだけしか持ち合わせがないのよ。借金の担保に『お休みリュート』を預けるから、残りは、ツケで頼めるかしら」

「ええよ。残りは、お金のある時で」


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