第四百七十四夜 おっちゃんと悪魔エンヘル(前編)
エンヘルは伝説の詩人と張り合った悪魔である。歌唱合戦でまともに勝負しても、勝てると思なかった。
おっちゃんはそこで一計を案じた。
「セサルはん。ダニエルはんに孫娘って、おらんの?」
セサルが冴えない表情で簡単に答える。
「以前に捜していただいたアンナがそうですが」
「なら、アンナと話がしたい」
セサルが渋い顔をして、やんわりと拒絶した。
「アンナはまだ子供です。危険な真似はさせられません」
「ただ、歌を聞かせてもらうだけや」
塾にやってきたアンナに、お願いをする。
「ちょっと訊きたいんやけど、おじいちゃんと一緒にお歌を歌ったことって、あるかな?」
アンナは、にこにこした顔で答えた。
「あるよ。『トウモロコシの詩』よ」
「『トウモロコシの詩』って、なに?」
セサルが柔和な顔で説明する。
「ここらへんでよく歌われる、トウモロコシを収穫する時に歌う詩ですね。労働歌と童謡の中間の詩です」
「そうか。なら、ちょっと、おっちゃんに。『トウモロコシの詩』を教えてくれるか」
「いいよ」とアンナは、にこにこしながら歌う。
おっちゃんは、じっとアンナの一挙手一投足を見守った。二度ほど歌ってもらい、三度目は一緒に歌った。
「ありがとうな」と、おっちゃんはアンナと別れる。
「ほな、歌を覚えるから、塾が終わったら、宿屋に来て」
アンナが着ていた服と同じような子供服を古着屋で購入し、靴屋で靴を購入する。
冒険者ギルドに行って、ローサに話し掛ける。
「ローサはん。ダニエルはんって、いつぐらいに来る?」
ローサが眠そうな顔をして答える。
「ダニエルさんなら、いつもお昼過ぎにやって来て、ここで時間を潰していくわ」
「そうか。ありがとうな」
おっちゃんは宿屋で『トウモロコシの詩』を暗記する。独り歌えるようになったので、付近の地図を買ってセサルを待つ。
昼過ぎに塾が終わる時間になったので、宿屋でセサルと合流する
「セサルはん。こっちの準備はできた。そんで、エンヘルがどこにいるかわかるか?」
セサルが真剣な顔で地図を見ながら場所を指し示す。
「事前に得た情報ではエンヘルは街の南側の、この岩場の辺りにいます」
おっちゃんは地図を確認しながら尋ねる。
「随分と街に近いな。ここなら、危険な獣も、レッド・コンドルも、出ないやろう」
セサルが戸惑った顔で控えめな口調で質問してきた。
「襲われる危険はないと思いますが、なにを考えているんですか」
おっちゃんは地図に印を付ける。
「なら、この印を付けた場所に、ダニエルさんと一緒に待機していてくれ」
セサルが神妙な顔で困った口調で訊く。
「待機はいいですが、まだ、おっちゃんが何をしたいか見えてきません」
「わいは、そこにエンヘルを連れて行く。そこで、ダニエルさんを審判にして、エンヘルと歌で勝負する」
セサルは驚いた顔で意見する。
「大丈夫ですか? 相手は伝説の詩人と張り合った悪魔ですよ?」
「わいは魔法でアンナの格好に化けて歌う」
セサルの表情は渋かった。
「孫娘の歌う歌なら、ダニエルさんの判定は有利でしょう。ですが、上手くいきますかね?」
「任せておいて。上手くやるから」
おっちゃんはセサルを外で待たせるとアンナに化けた。
外で待っていたセサルは、おっちゃんを見て驚く。
「魔法で化けたにしても、完成度が高いですね。どう見てもアンナです」
「なら、先に出るから、指定位置にダニエルさんを連れてきて。そんで、セサルはんは、隠れて見ていて」
おっちゃんはセサルに頼むと、エンヘルがいる岩場に向けて歩き出した。
城門から出て三十分ほど歩く。岩場は元石切り場だったのか、道がまだ残っており、歩くのに困難はなかった。
灰色の岩が切り出された、四角い場所にやって来た。四角い場所からは、街が良く見えた。
「出てこい、悪魔! 勝負しに来たわよ」
おっちゃんが叫ぶと、空中に身長百六十㎝の悪魔が現れる。
悪魔に頭髪はなく、小さな二本の角があった。悪魔の目の下には隈があり、青い肌をしている。
悪魔は革のベストを着て、革の茶のズボンを穿き、とんがり靴を履いていた。悪魔は堂々と名乗る。
「俺の名はエンヘル。詩を嗜む悪魔だ。子供が何の用だ?」
「勝負よ。勝負に勝ったら、『夜更かしリュート』を演奏するのを止めて」
エンヘルは馬鹿にしたように笑った。
「こんな子供が俺様の相手だと? 馬鹿にするな。もっとできる奴を連れてこい」
「私はこれでもカルメロスの最後の弟子の孫なのよ」
エンヘルが複雑そうな顔をする。
「カルメロスの関係者なのか、そうでないのか、微妙な立ち位置だな」
おっちゃんは大きく構えて、挑戦的に発言した。
「どう? 勝負する気になった?」
エンヘルは、嘲るように鼻を鳴らす。
「まあ、いいだろう。まず肩慣らしに相手になってやろう」
「そうなら、ここから歩いていって、最初に会った人間を審判にして勝負よ」
「いいだろう」とエンヘルは答える。
エンヘルは空中で宙返りをして、男の子に姿を変えた。エンヘルと一緒に岩場を下りて行く。
 




