第四百七十三夜 おっちゃんと眠れない街
三日で、呪術詩には不思議な力がある、との話が流れた。
呪術詩を歌うためには、事前に伝説の喉飴を舐める必要があると知れる。おっちゃんの許に、伝説の喉飴を買いたいと名乗り出る人間が次々と現れた。
面倒になる前に、ローサに声を掛ける。
「ローサはん。伝説の喉飴を買い取ってもらえんか?」
ローサが驚いた顔をする。
「いいの、おっちゃん? 伝説の喉飴ってこれからもっと値上がりするわよ」
「ええねん。おっちゃんは詩人ではない。だから、持っていても価値がない。せやから、売る。使わん人間が持っていても、宝の持ち腐れや。有能な詩人に売ってあげて」
おっちゃんの持っていた伝説の喉飴は、金貨にして五枚にもなった。
(イサベルはんの報酬と合わせると、金貨十枚にもなったね。ちょっとして稼ぎやな)
おっちゃんの齎した伝説の飴により、ちょっとした呪術詩ブームが街に起きた。
街では呪術詩が売り買いされ、練習のために歌う詩人が続発した。
飴を売り払ったおっちゃんは気にしない。マイペースで、シルカベリーの情報と女神アプネについて調査を行った。
ところが、こちらは成果がまるで出なかった。
ある夜、寝ようとすると、どこから微かにリュートを演奏する音が聞こえてきた。五月蝿いわけではないのだが、演奏する音が気になって寝付きが悪くなった。
翌朝、下りていくと、宿屋の女将さんが欠伸をしていた。
「何や、女将さん? 朝から眠そうやな」
女将さんが弱った顔で愚痴る。
「昨日、どこかの馬鹿が、夜通しリュートを演奏していたでしょう。何か気になって、寝られなかったのよ」
「ほんまに迷惑な奴や。どこの、誰やろうな」
朝食を摂り、冒険者ギルドに行く。
皆が眠そうで、夜中に聞こえたリュートの話題が溢れていた。
冒険者が渋い顔で噂する。
「いったい誰だ? 夜通しリュートを演奏していた馬鹿は!」
「五月蝿いってわけじゃないんだけど、耳に残る旋律だから、寝られなかったよ」
(何や。寝られんかった人間は大勢いるんやな)
おっちゃんは仕事がないので、昼寝して眠気を覚ましてから、青の寺院で調べ物をする。
青の寺院の司書の男性も眠そうだったので、尋ねる。
「何や? もしかして、あんさんも、リュートの音で寝られんかった口か?」
司書の男性が、不機嫌な顔で応じる。
「まったく、どこの馬鹿でしょうね、夜中にリュートを演奏するなんて」
「住んでいる家は、冒険者ギルドの辺りか?」
「いいえ、私は、この付近に住んでいます」
(あれ、おかしいで? 冒険者ギルドから青の寺院までは距離がある。ここまで音が聞こえたんなら、音の発生源は、街の西側か)
気になったので街の西側に行くと、街の西側でも、微かに聞こえるリュートの話がされていた。
(どういうことや? 街の南でも、東でも、西でも、微かに聞こえると噂されとる。街の中央で演奏しているわけではない。どこにいても微かに聞こえるって、おかしいで)
おっちゃんが冒険者ギルドに戻ると、冒険者ギルドが騒がしかった。
ローサに訊く。
「何や? 何の騒ぎや?」
ローサが不安な顔で教えてくれた。
「脅迫状がお城に届いたのよ」
「誰かが人質に取られたんか?」
ローサが暗い表情で、首を横に振った。
「街の眠りは預かった。返して欲しければ、カルメロスよ。俺ともう一度、勝負しろ。お前が勝ったら、街の眠りを返す、エンヘル、って」
「エンヘルがリュートを演奏して、街の人間を眠らせんようにしとるんか。でも、カルメロスと勝負って、どういう意味や?」
ローサが困惑した顔で心情を吐露する。
「わからないわ。でも、脅迫状を出した人間は勝負に負けるまで、ずっと夜中にリュートを演奏するつもりなのよ。そんな仕打ちをされたら、眠れなくておかしくなるわ」
「厄介やなあ。でも、ほっといたら、街が滅茶苦茶にされるなあ」
ローサと話を終えると、セサルがやって来て、険しい顔で頼んだ。
「おっちゃん、ちょっと話があります、夜中に流れるリュートの件です」
「何や? あまり良くない話のようやけど、聞かんと眠れなくなるような話やから、聞くわ」
セサルは、おっちゃんを密談スペースに誘う。
「夜中にリュートの音が聞こえて眠れなくなる事件は、知っていると思います」
「知っとるよ。わいも、被害に遭うてるからね」
セサルは真剣な顔で教える。
「犯人は悪魔のエンヘルです。エンヘルは、かってカルメロスとの歌唱合戦に負けた悪魔です」
(何や? 厄介な展開になりそうやな)
「犯人は人間やないんか。それで、リベンジ・マッチをしたいわけか」
セサルが険しい顔で指摘する。
「おっちゃんの予想通りです。エンヘルは負けるまで夜通し、『夜更かしリュート』を弾き続けるつもりです」
「エンヘルの要望には応えられんよ。カルメロスかてもういない。カルメロスの最後の弟子のダニエルさんは高齢や。勝負にならんやろう」
セサルが険しい顔で苦しげに語る。
「でも、このままでは、街は夜の眠りを奪われて、滅びるかもしれない」
「滅びるは大袈裟やけど、えらい苦しみやろうな」
セサルが真摯な態度で頼んだ。
「だから、街を救うために、手を貸してください」
「救うのは、ええ。けど、でも、何でわいなん? わいはしがない、しょぼくれ中年冒険者やで」
セサルは畏まって申し出た。
「実はある人からの推薦なんです。おっちゃんなら、どうにかできるって」
(これは、あれやな。セサルはんは事件の真相をモスフェウスに聞いたな。そんで、モスフェウスが推薦したんやろうな。もう、余計なお節介をしてくれる悪魔やで)
「セサルはんには、調べ物で手を借りているから、断らん。せやけど、あまり難しい仕事は、振らんといてや。わいかてもう歳やからね」
セサルが安堵した顔で礼を告げる。
「ありがとう、おっちゃん」
「そんで、一応、確認するけど、エンヘルってどんだけ強い悪魔なん? 最悪、人数を集めたら、力押しできそうか?」
セサルは真剣な顔で警告する。
「力押しはやめておいたほうがいいそうです。エンヘルの見かけは貧相ですが、戦闘能力は高いです。正面から力で挑むと、大勢の犠牲者が出ると忠告されました」
「そうかー、何か考えんと、あかんなあ」




