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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バルスベリー編
473/548

第四百七十三夜 おっちゃんと眠れない街

 三日で、呪術詩には不思議な力がある、との話が流れた。

 呪術詩を歌うためには、事前に伝説の喉飴を舐める必要があると知れる。おっちゃんの許に、伝説の喉飴を買いたいと名乗り出る人間が次々と現れた。


 面倒になる前に、ローサに声を掛ける。

「ローサはん。伝説の喉飴を買い取ってもらえんか?」

 ローサが驚いた顔をする。

「いいの、おっちゃん? 伝説の喉飴ってこれからもっと値上がりするわよ」


「ええねん。おっちゃんは詩人ではない。だから、持っていても価値がない。せやから、売る。使わん人間が持っていても、宝の持ち腐れや。有能な詩人に売ってあげて」

 おっちゃんの持っていた伝説の喉飴は、金貨にして五枚にもなった。

(イサベルはんの報酬と合わせると、金貨十枚にもなったね。ちょっとして稼ぎやな)


 おっちゃんの(もたら)した伝説の飴により、ちょっとした呪術詩ブームが街に起きた。

 街では呪術詩が売り買いされ、練習のために歌う詩人が続発した。


 飴を売り払ったおっちゃんは気にしない。マイペースで、シルカベリーの情報と女神アプネについて調査を(おこな)った。

 ところが、こちらは成果がまるで出なかった。


 ある夜、寝ようとすると、どこから微かにリュートを演奏する音が聞こえてきた。五月蝿(うるさ)いわけではないのだが、演奏する音が気になって寝付きが悪くなった。

 翌朝、下りていくと、宿屋の女将さんが欠伸(あくび)をしていた。

「何や、女将さん? 朝から眠そうやな」


 女将さんが弱った顔で愚痴る。

「昨日、どこかの馬鹿が、夜通しリュートを演奏していたでしょう。何か気になって、寝られなかったのよ」

「ほんまに迷惑な奴や。どこの、誰やろうな」


 朝食を摂り、冒険者ギルドに行く。

 皆が眠そうで、夜中に聞こえたリュートの話題が(あふ)れていた。


 冒険者が渋い顔で(うわさ)する。

「いったい誰だ? 夜通しリュートを演奏していた馬鹿は!」

「五月蝿いってわけじゃないんだけど、耳に残る旋律だから、寝られなかったよ」

(何や。寝られんかった人間は大勢いるんやな)


 おっちゃんは仕事がないので、昼寝して眠気を覚ましてから、青の寺院で調べ物をする。

青の寺院の司書の男性も眠そうだったので、尋ねる。

「何や? もしかして、あんさんも、リュートの音で寝られんかった口か?」


 司書の男性が、不機嫌な顔で応じる。

「まったく、どこの馬鹿でしょうね、夜中にリュートを演奏するなんて」

「住んでいる家は、冒険者ギルドの辺りか?」


「いいえ、私は、この付近に住んでいます」

(あれ、おかしいで? 冒険者ギルドから青の寺院までは距離がある。ここまで音が聞こえたんなら、音の発生源は、街の西側か)


 気になったので街の西側に行くと、街の西側でも、微かに聞こえるリュートの話がされていた。

(どういうことや? 街の南でも、東でも、西でも、微かに聞こえると噂されとる。街の中央で演奏しているわけではない。どこにいても微かに聞こえるって、おかしいで)


 おっちゃんが冒険者ギルドに戻ると、冒険者ギルドが騒がしかった。

 ローサに訊く。

「何や? 何の騒ぎや?」


 ローサが不安な顔で教えてくれた。

「脅迫状がお城に届いたのよ」

「誰かが人質に取られたんか?」


 ローサが暗い表情で、首を横に振った。

「街の眠りは預かった。返して欲しければ、カルメロスよ。俺ともう一度、勝負しろ。お前が勝ったら、街の眠りを返す、エンヘル、って」

「エンヘルがリュートを演奏して、街の人間を眠らせんようにしとるんか。でも、カルメロスと勝負って、どういう意味や?」


 ローサが困惑(こんわく)した顔で心情を吐露(とろ)する。

「わからないわ。でも、脅迫状を出した人間は勝負に負けるまで、ずっと夜中にリュートを演奏するつもりなのよ。そんな仕打ちをされたら、眠れなくておかしくなるわ」

「厄介やなあ。でも、ほっといたら、街が滅茶苦茶にされるなあ」


 ローサと話を終えると、セサルがやって来て、険しい顔で頼んだ。

「おっちゃん、ちょっと話があります、夜中に流れるリュートの件です」

「何や? あまり良くない話のようやけど、聞かんと眠れなくなるような話やから、聞くわ」


 セサルは、おっちゃんを密談スペースに誘う。

「夜中にリュートの音が聞こえて眠れなくなる事件は、知っていると思います」

「知っとるよ。わいも、被害に遭うてるからね」


 セサルは真剣な顔で教える。

「犯人は悪魔のエンヘルです。エンヘルは、かってカルメロスとの歌唱合戦に負けた悪魔です」

(何や? 厄介な展開になりそうやな)

「犯人は人間やないんか。それで、リベンジ・マッチをしたいわけか」


 セサルが険しい顔で指摘する。

「おっちゃんの予想通りです。エンヘルは負けるまで夜通し、『夜更かしリュート』を弾き続けるつもりです」

「エンヘルの要望には応えられんよ。カルメロスかてもういない。カルメロスの最後の弟子のダニエルさんは高齢や。勝負にならんやろう」


 セサルが険しい顔で苦しげに語る。

「でも、このままでは、街は夜の眠りを奪われて、滅びるかもしれない」

「滅びるは大袈裟やけど、えらい苦しみやろうな」


 セサルが真摯(しんし)な態度で頼んだ。

「だから、街を救うために、手を貸してください」

「救うのは、ええ。けど、でも、何でわいなん? わいはしがない、しょぼくれ中年冒険者やで」


 セサルは(かしこ)まって申し出た。

「実はある人からの推薦なんです。おっちゃんなら、どうにかできるって」

(これは、あれやな。セサルはんは事件の真相をモスフェウスに聞いたな。そんで、モスフェウスが推薦したんやろうな。もう、余計なお節介をしてくれる悪魔やで)


「セサルはんには、調べ物で手を借りているから、断らん。せやけど、あまり難しい仕事は、振らんといてや。わいかてもう(とし)やからね」

 セサルが安堵した顔で礼を告げる。

「ありがとう、おっちゃん」


「そんで、一応、確認するけど、エンヘルってどんだけ強い悪魔なん? 最悪、人数を集めたら、力押しできそうか?」


 セサルは真剣な顔で警告する。

「力押しはやめておいたほうがいいそうです。エンヘルの見かけは貧相ですが、戦闘能力は高いです。正面から力で挑むと、大勢の犠牲者が出ると忠告されました」

「そうかー、何か考えんと、あかんなあ」


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