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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バルスベリー編
472/548

第四百七十二夜 おっちゃんと呪術詩を知る老人

 翌々日に、イサベルと一緒に喉飴を取りに行く。

 イサベルは完成した緑色の飴をしげしげと見詰めてから、口に放り込む。

「すーっとして、喉に良さそうな飴ね。でも、味は普通の飴よ。これで、呪術詩が使えるようなるの?」


「一般人にとってはただの飴や。せやけど、有能な詩人には宝の飴なんやろう。試してみればわかるって。と、その前に、しっかり分配をしないとな」

 飴屋に報酬として渡した分を引いてから、おっちゃん、イサベル、セサルで均等に分けて、缶に入れてもらう。


 セサルに飴を持って行くと、セサルは穏やか顔で礼を述べる。

「私の分もあるんですか? 私の分は必要なかったのに」

「そうはいかんやろう。セサルはんは、貴重なレシピを渡してくれた。取り分がなしとはいかん」


「そうですか。なら、ありがたく頂きます」

 セサルに飴を渡した後、イサベルと一緒に冒険者ギルドに戻る。


「ローサはん、ちと、人を紹介してほしい。何でもいいから、呪術詩を知っている腕のいい詩人を紹介して」

 ローサは困った顔で教えてくれた。

「呪術詩って呼ばれているけど、魔法的な効果はないわよ。ただの詩よ」


「そうか。でも、必要なんよ。呪術詩を知っている詩人が」

 ローサが冴えない顔で酒場の隅を指す。

「あそこにいるダニエルさんが、昔は呪術詩を歌えたって話していたわよ」


 ローサが指差す方角を見ると、八十近いと思われる老人が座っていた。

 老人は頭が禿げ上がっていた。服装は簡素な緑色の上下の服を着て、サンダル履きだった。

(伝説の詩人の弟子やと教えられなければ、どこにでもいる老人やな)


 イサベルが不安を隠さずに、感想を口にする。

「あの、御老人が、かい? ちょっと不安よ」

 ローサが曇った顔で教えてくれた。

「私もダニエルさんが歌っているところは見た記憶はないわ」


 イサベルが、むっとした顔で訊く。

「歌っているところを見た記憶がないなら、何で呪術詩が歌えるってわかるの?」

 ローサがぱっとしない顔で教えてくれた。

「本人の話では、カルメロスの最後の弟子なんだって。それで、七歳の時に呪術詩を教えてもらった、って話していたから」


「何や。直弟子が、まだ生きてとったんか。これは、好都合やね」

「本人の話だから何とも言えないわよ。ダニエルさん、少し耳が遠いわよ。それに最近、少し呆けてきているみたいなのよ」


「ええよ。耳が遠くても、詩は歌える。呆けていても、昔の記憶はきちんとあるもんや。まあ、見てて。わいが話をしてくる」

 おっちゃんはダニエルの許に行った。

「こんにちは、ダニエルはん。わいはおっちゃんの愛称で親しまれる冒険者や。詩を歌って欲しいんよ。呪術詩を何でもいいから、お願いするわ」


 ダニエルはおっちゃんをじっと見てから、(くや)しそうな顔で弱々しく語る。

「これはカルメロス様。残念ですが、儂はもう、歌えん。詩に力がなくなってしもうた」

(何や? ちょっとやなくて、かなり呆けとるんやな)

「大丈夫や。この飴があれば、歌える」


 おっちゃんは伝説の喉飴を差し出した。ダニエルが震える手で飴を受け取って舐める。

 ダニエルは、ゆっくりと飴を舐めていた。すると、ダニエルの顔付きがだんだんと変わってきた。

 弱々しい老人だったダニエルの顔に、光が宿った。

「おお、これじゃ。この味じゃ。みるみる力が(みなぎ)ってくる」


 ダニエルの顔が凛々(りり)しく輝いた。

「若いの。飴のお礼に一曲、歌おう。何がいい?」

「呪術詩なら、何でもええで。陽気なのを頼む」

「わかった。なら『陽気な足踏み鼻歌』を一曲」


 ダニエルが、冒険者の酒場の隅にあったリュートを取った。年寄りとは思えない見事な声で、明るい曲の詩を歌い出す。

 最初は単なる陽気な曲だった。ところが、三分もすると、聞いている人間に変化が訪れた。

 酒場の大勢の人間が曲に合わせて、軽く足踏みをして鼻歌を歌っていた。


(一人二人なら、わかる。でも、大勢が詩に魅了されて、体を動かして、鼻歌を口ずさんどる。これは普通じゃないで。これが呪術詩か)

 一曲を終えると、酒場から拍手が聞こえた。

 ダニエルは涙を流して拍手を聞いていた。リュートを戻して席に戻る。


 おっちゃんは、銀貨を差し出す。

「ええ演奏やったで」

 ダニエルが銀貨を受け取り、ポケットにしまう。

「ありがとう、おっちゃん。おっちゃんのおかげで、昔の輝かしかった日々を思い出せたよ。ただ、この素晴らしい時間は長くは続かないのが残念だ」


「飴なら、まだあるで」と飴を渡そうとすると、ダニエルは首を横に振った。

「その飴は貴重な飴だ。儂のような老人ではなく、呪術詩を未来に残すために使って欲しい。それが、呪術詩の歌い手だったカルメロス様のためにもなるだろう」

「そうか。なら、そうさせてもらうわ」


 おっちゃんはイサベルの許に戻ると、イサベルが明るい顔で褒める。

「おっちゃんの読み通りだったわね。ダニエルが歌った詩は、普通の詩じゃない。(まぎ)れもなく、呪術詩だわ」


「イサベルはんの願いもこれで叶ったな」

「ありがとう、おっちゃん」

 イサベルは報酬の金貨五枚を払うと、冒険者ギルドを後にした。


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