第四百七十一夜 おっちゃんと毒蛇ゼナ・ベムボルト
おっちゃんは翌日、酒問屋に行って、チチャが入ったクオーター樽を買う。
「一樽やと、不安やな。イサベルはん、クオーター樽って担げる?」
「剣を下ろせば担げるわ。でも、どうするつもりよ?」
「これで、ゼナ・ベムボルトを酔わせて眠らせる」
イサベルが否定的な顔で訊く。
「あんな馬鹿でかい蛇が、たった半ガロンの酒で眠るかしら?」
「なら、賭けるか? 眠らんかったら、わいが酒代を出す。寝たら酒代はイサベルはん持ちや」
イサベルが気乗りしない顔で了承した。
「乗ったわ。ただし、眠らなくて戦闘になった場合は剣がないから、私はおっちゃんを置いて逃げるわよ」
「構わんで。ほな、賭けは成立やな」
おっちゃんは馬を借りて、馬に酒樽を備え付け死の谷の入口まで行く。
死の谷の入口で馬を停める。そこから担ぎ紐を使い、酒樽を背負って、死の谷の中を進んだ。空は昼だが曇っていたために暗かった。
人間大の灰色の岩の間をぬって歩いていく。しばらく進むと、細い木が生えている場所に出た。さらに、ある程度まで奥に侵入する。岩が少なくなる。土が剥き出しになり、背の低い草が生えた場所に出た。
イサベルが険しい顔で警告する。
「どうやら、谷の主が私たちの侵入に気付いたらしいわ。何かがこっちに向かってくる気配がするわ」
「よっしゃ。なら、ここでええやろう」
おっちゃんとイサベルは樽を地面に置いて蓋を開ける。おっちゃんたちは隠れられそう岩があったので陰に隠れた。
二十分ほどで、毒蛇ゼナ・ベムボルトが現れた。
毒蛇ゼナ・ベムボルトは辺りを簡単に確認すると、酒樽を咥える。毒蛇ゼナ・ベムボルトはチチャを一気に飲み干した。一樽を飲み干すと、毒蛇ベムボルトはもう一樽も飲み干す。
二樽のチチャを飲み干すと、毒蛇ゼナ・ベムボルトはふらふらしながら、移動を開始する。
おっちゃんは小声で話す。
「よっしゃ。尾行するで」
「注意して、気付かれたら面倒よ」
イサベルと共に、毒蛇ゼナ・ベムボルトを追跡する。
毒蛇ゼナ・ベムボルトは全く後ろを気にしていなかった。毒蛇ゼナ・べムボルトは二十分ほど進むと、高さが、十二m、太さが三mの、ずんぐりしてバオバブに似た木の根元に移動する。
木からは長さ十五㎝ほどの赤い実が、いくつもぶら下がっていた。
毒蛇ゼナ・ベムボルトは木の根元の窪みに体を横たえると、眠り始めた。
「あれが、ランテンの木やな。わいが実を採ってくる」
イサベルが不安げな顔で警告する。
「大丈夫かしら。すぐ近くには、ゼナ・ベムボルトがいるわよ」
「任せといてや」
おっちゃんは十分ほど時間を置いて、毒蛇ゼナ・ベムボルトが眠ったのを確認する。
回り込むようにして木の背後に近づき、忍び足で木に近づいた。音を立てずに、採り易い場所にある実だけを六個ほど採取する。
おっちゃんの行動が無音に近かった。
毒蛇ゼナ・ベムボルトは気が付いた様子がなかった。
実の回収を終えると、イサベルと速やかに現場を後にする。
死の谷に入口で馬を回収して、街へと戻る。
イサベルが感心した。
「それにしても、見事な手並みね。下手な斥候より、ずっと動きが洗練されているわ」
「偶々(たまたま)上手く行っただけやで。あと、賭けは、わいの勝やから。酒代は出してや」
イサベルが気分よく承諾する。
「いいわよ。でも、それにしても、よく半ガロンほどの酒で、あのゼナ・ベムボルトが眠ったわね」
「酒に混ぜると強力な睡眠薬になる毒酒茸があるんよ。毒酒茸はゼナ・ベムボルトの好物や。だから、体の中で反応して、眠気を誘うと思うた」
イサベルが機嫌の良い顔で感想を述べる。
「なるほど。それで、ゼナ・ベムボルトを眠らせられると踏んでいたわけね」
「そうや。さて、どんな味の喉飴が完成するんやろうな」
おっちゃんはランテンの実を持ってセサルの家に行く。
「セサルはん。ランテンの実が手に入ったで。レシピを見せて。伝説の喉飴を復刻させる」
セサルは、ランテンの実を見て驚いた。
「これは、ゼナ・ベムボルトの棲家にのみ残ると伝えられる、ランテンの実ですね。よく採ってこれましたね」
「運が良かったんよ」
セサルが明るい顔で告げた。
「喉飴を再現するには、熟練の職人の技が要るはずです。レシピを書いた紙をお渡しするので、それを基に作ってもらえばいいでしょう」
「ええのか? これ、セサルはんが作って売れば一儲けできるで」
セサルが謙虚な態度で申し出た。
「私は飴職人ではないので、きちんと完成させる自信がありません。せっかくの素材です。無駄にしては、もったいない」
イサベルが表情を和らげる。
「そういうところは、相変わらずね」
「セサルはんがいいと判断するなら、ええか」
おっちゃんはレシピとランテンの実を老舗飴屋に持ち込んだ。
「ほんまもんのランテンの実とレシピが手に入ったから、伝説の喉飴を作って欲しい」
年配の飴職人は難しい顔をして、レシピとランテンの実を交互に見て頼んできた。
「レシピと、本物のランテンの実があれば、伝説の喉飴は再現できるよ。金は要らないから、できたら飴を分けてもらえないだろうか。少しでもいいから、店に置きたい」
「なら、完成した品の四分の一で、どうや?」
「わかった。それでいい」
「いつぐらいに完成する」
「明後日にはできているから、取りに来てくれ」
「ほな、よろしゅう頼むわ」




