第四百七十夜 おっちゃんと喉飴の秘密
おっちゃんは翌日、冒険者ギルドでイサベルを待って話し掛ける。
「イサベルはん、何か色々とわかったで。経過報告したい」
「いいわよ。良い話だといいんだけど」
イサベルを伴って密談スペースに行く。
「カルメロスが使っていた呪術詩の秘密や。使っていた楽器に秘密はないのかもしれんで」
イサベルが怒った顔で問い糺す。
「何よ? なら、何が重要なのよ?」
「カルメロスやその弟子たちは、特殊な喉飴を舐めていたと情報を掴んだ。そんで、その喉飴がなくなった頃から、呪術詩を歌う詩人がいなくなったそうや」
イサベルが興味を示した。
「なるほど。それで、呪術詩の秘密が喉飴だと判断したのね。だとすれば、詩人に伝説の喉飴を舐めさせて詩を謳わせれば、真偽は判明するわね。それで、製法はわかるの?」
「製法を知っている人間を見つけた。セサルはんや。ただ、セサルはんの話やとカルメロスの喉飴を作るには、ゴークス族が持つランテンの実が要る」
イサベルが険しい顔で考え込む。
「モンスター絡みね。難航するかもしれないわね」
「そうとも限らんで。前に一度、交易に行ったけどゴークス族は友好的やった」
イサベルはどうも乗り気ではなかった。
「友好的の話が本当なら、売ってくれるだろうけど大丈夫?」
「問題はある。何でランテンの実を輸出できんくなったかや」
「理由はわかったの?」
「まだや。途中経過やからね。これから調べに行く。一緒に行くか?」
「いいわ。本物の楽器の捜索は候補がありすぎて、難航していたところよ」
おっちゃんはロバを借りて、トウモロコシをロバに積んで街を出た。
イサベルは従いてきたが、表情は硬かった。
「一応、注意しておくで。レッド・コンドルには気を付けてや、奴らは体が大きいうえに、仲間を呼ぶ習性があるからのう」
イサベルは複雑な顔をして、肩を竦める。
「大きいといっても、所詮は鳥でしょう。私はゴークス族のほうが心配よ」
「こっちから手出しせんかったら、問題ないで。地元の人間とも昔から付きおうとる」
イサベルが、ぱっとしない顔で愚痴る。
「悪いわね。私はモンスターにいい思いがないのよ」
「わかった。なら、交渉は任せてや。わいは剣の腕は立たん。せけど、愛想を振り撒くのは得意や。裏を返せば、それくらいしか能がないんやけどね」
「そうかしら? いろんな奴とやり合って生き延びてきたけど。おっちゃんの腕は、中々のものに思えるわ」
「もう、そんなに煽てたって、報酬は安うはならんよ」
適当に雑談しながら山を登ると、ゴークス族の取引所に着いた。
イサベルはゴークス族を嫌ってか、取引所の数m手前で止まる。
「そんなところで止まらんで。子供やないんやから、ちゃんと従いてきて」
おっちゃんが促すと、イサベルは渋々の態度で従いてきた。
「わかったわよ。行くわよ」
おっちゃんは、取引所のゴークス族に声を掛ける。
「麓の街からトウモロコシを運んできました。買い取ってください」
ゴークス族の商人が愛想よく告げる
「いいよ。ロバに積んでいる袋だね」
価格交渉をすると、銀貨にして三十枚ほど利益が出た。
荷物の受け渡しが終わると、山羊の乳茶が出たのでいただく。
イサベルも乳茶を受け取り、ちびちびと飲んだ。
おっちゃんは商人に尋ねる。
「ちと、お聞きしたいんやけど、ランテンの実って手に入りますか?」
商人は軽い調子で答えた。
「入るよ。けど、高いよ。でも、珍しい品を捜しているね」
「伝説の詩人でカルメロスっておったやろう。その、カルメロスの喉飴が食べたくて、捜しておるんや」
商人の男の顔が曇った。
「そっちの、ランテンの実かあー」
「そっちって、どういうこと? ランテンの実は何種類もあるの?」
商人の男が浮かない顔で教えてくれた。
「ランテンの木は村にもあるんだけど、品種改良された木なんだよ。カルメロスの喉飴に使っていたランテンの木は、原種だから村にはないよ」
「原種って、生えてませんの?」
商人はお勧めしないの顔で、苦々しく告げる。
「生えているよ。ただ、原種のランテンの木は毒蛇ゼナ・ベムボルトの棲家にある。だから、取りに行くだけでも命懸けだよ」
イサベルが怖い顔で意見を挟む。
「つまり、毒蛇のゼナ・ベムボルトを倒せばランテンの実は手に入るのね」
商人は否定的な顔で意見を述べる。
「理屈ではそうだが、毒蛇のゼナ・ベムボルトを倒してはいけないらしい」
イサベルが険しい顔で訊く。
「なぜよ? 倒さなければ、ランテンの実は手に入らないでしょう?」
「理由はわからない。だが、ランテンの木が大事なら、毒蛇ゼナ・べムボルトは倒してはいけない、って言葉があるんだよ」
「馬鹿らしい」とイサベルは不機嫌に言い放つ。
「そう、かりかりしなさんな。でも、倒しちゃ駄目やと言い伝えがあるなら、倒さんでも手に入る方法があるんやろうな」
商人は思い出した顔で教えてくれた。
「言い伝えだと、カルメロスは詩で毒蛇ゼナ・ベムボルトを眠らせて、その間にランテンの実を持ち帰ったと伝えられているよ」
「眠らせてればええのか」
イサベルを伴って、ゴークス族の村を後にする。
イサベルがむっとした顔で食って懸かる。
「それで、どうするのよ? ゼナ・べムボルトを倒すの?」
「戦ったらいかんって。ちょいと考えがあるから任せて置いて」




