第四十七夜 おっちゃんと真剣勝負
バネッサの言った通りに、イゴリーにより金は届けられた。
金貨千枚を持って、リントンの家に行き、ドアをノックする。
「リントンはん、おっちゃんや。開けて」
「『クール・エール』はない、って言っているでしょう」
怒鳴り声がしてドアが開いた。リントンはおっちゃんを見て、意外そうにする。
「あれ、おっちゃん、どうしたの」
金貨の詰まった袋を渡す。
「金貨千枚、用意したで。『暴君テンペスト』の炎に耐えられる装備を造ってやー」
リントンが袋の中身を見て、すぐに袋を閉じる。おそるおそる再び袋を開けた。リントンが辺りを見回して、手招きして家におっちゃんを入れる。
「おっちゃん、どんな悪事を働いたの? 強盗したって、こんなに儲からないよ」
正直に言えば強盗ではない、街を恐喝した。だが、真実を話す必要はない。
「おっちゃんの周りには優しい人たちがおってな。おっちゃんが正直にお金が必要や話したら、使ってええよーって、気分よく出してくれたん。だから、はよ装備を造って」
リントンが目を細めて疑いを隠さず発言する。
「なんか、非常に嘘臭いですね。夏の日に捨て損なった生ゴミの臭さです」
リントンが表情を輝かせて、機嫌よく語る。
「でも、いいです。どんなお金でも。所詮、金は金。使ってしまえば、後の祭りです。わかりました。これで、耐火装備を揃えます。寸法を採らせてください」
おっちゃんの寸法を細かく採りながら、紙にリントンが色々と書き込んでいった。
「色とかデザインの指定があります? エンブレムとか、入れますか?」
「相手は『暴君テンペスト』やからね。機能重視でええよ。生きて帰って来られないと、意味ないから」
一時間かけて採寸を終え、おっちゃんは冒険者ギルドに帰った。クロリスを呼ぶ。
「クロリスはん、以前におっちゃんが聞いた『暴君テンペスト』を呼び出す方法ってわかった?」
クロリスがメモを見ながら、すらすら答える。
「ギルドに残っている記録から『龍を呼ぶ角笛』を使ったと判明しました。ただ、『龍を呼ぶ角笛』は、現在は冒険者ギルドにありません。市場にもなく、また、めったに出る品でもないので、購入は不可能です。あるとしたら、生き残った冒険者が持っている可能性がありますが、今はどこにいるのか、わかりません」
『暴君テンペスト』を『火龍の闘技場』に呼び出せないと、山頂付近にある塒までいかねばならない。塒まで行くには熟練の冒険者が六人はいる。それでも、難しいだろう。
「二十年前の冒険者だった古株の人って、街にいる?」
クロリスが悲しみを帯びた顔をする。
「冒険者の寿命は、短いんです。引退しても、消息がわからなくなる人が、ほとんどです」
「冒険者ギルドのギルド・マスターは、どう?」
「ギルド・マスターは冒険者歴が二十年以上のベテランですが、五年前に赴任してきた人なので、当時を知らないと思います」
「そうか、なら、心当たりは一人やな。サワ爺さんは『岩唐辛子』の採取の依頼を受けてる?」
「受けていますよ」
おっちゃんは冒険者ギルドの酒場で時間を潰しながらサワ爺を待った。
日がすっかり落ちた頃、サワ爺が店にやって来た。サワ爺の正面に座り直す。
「サワ爺さん。教えてほしい情報があるんやけど、二十年前『暴君テンペスト』に挑んだ挑戦者って、知らん? サワ爺さん、昔は冒険者やったんやろう」
サワ爺はエールを飲みながら、赤い顔をして飄々とした態度で聞き返す。
「どうしてそんな話を聞きたがる。それにワシが冒険者だって、なぜわかる」
「サワ爺さん、普通の人間は『ボルガン・レックス』のいる場所で採取なんか、せえへん。確信した時は『ボルガン・レックス』と戦った時や。隣にいたサワ爺さんの目。あれは、冒険者が強敵と戦うときの目やった」
サワ爺は軽く笑った。サワ爺は塩茹でした豆を抓ながら答える。
「ワシは、そんな目をしとったか。年はとっても、長年染み付いた冒険者根性は抜けんのう。そうじゃよ。ワシは冒険者じゃった。二十年前まではな。『暴君テンペスト』に挑んで生き残った三人の内の一人。それは、ワシじゃよ」
「そうかー。なら、『龍を呼ぶ角笛』は今どこにあるか知らんか?」
サワ爺の表情は笑顔だったが、目には険しい光があった。
「おっちゃん、『龍の呼ぶ角笛』の在り処を知って、どうする。まさか、『暴君テンペスト』に挑む気か。止めておきなされ。あれは、人がどうにかできる領分を越えている」
「『暴君テンペスト』に勝とうなんて思っておらん。ただ、『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスが必要なんよ」
「ふむ」と口にしてから、数秒の間を置いてサワ爺は口を開いた。
「たとえ街のため思うても、『暴君テンペスト』と対峙する行為は止めなされ」
「悪いけど、おっちゃんは、おっちゃんがやりたいようにやるために『龍を呼ぶ角笛』が必要なんよ」
サワ爺は目を瞑って顎に手をやる。
「冒険者の性か。本当に困った冒険者じゃな。従いてきなさい」
サワ爺は食事を切り上げ、籠を背負って外に出た。サワ爺は浜まで歩いて行く。
夜の浜には人気はなかった。サワ爺が浜に落ちている棒を拾う。棒をおっちゃんに投げて寄越した。
サワ爺が火バサミを手に、凛とした声で宣言した
「一本勝負じゃ。勝てたら『龍を呼ぶ角笛』を渡そう」
サワ爺から流れ来る空気が変わった。サワ爺からは熟練冒険者の気が伝わってきた。
(手加減して勝てる相手やないな。剣術を使うしかないな)
おっちゃんは距離を取ってサワ爺と向き合う。
おっちゃんの使う剣術はダンジョン流剣術。
ダンジョン流剣術には三つしか技がない。
一つ、決まれば、鉄の剣で金剛石をも砕く『金剛穿破』。
一つ、極めれば、聴覚、視覚、嗅覚、触覚が効かない状態でも相手の位置を知る『天地眼』。
一つ、収めれば、足場の悪さを一切無視して移動できる『万地平足』。
『金剛穿破』は不得意だが。『天地眼』と『万地平足』については良の成績を貰っていた。
じりじりと距離を詰め、八歩の距離に近づいた。小声で『無音の闇』の魔法を唱える。
『無音の闇』の中では、視界は闇に閉ざされ、音は全て吸収される。辺りが闇に閉ざされる。
(『無音の闇』で眼と耳を奪って、一気に決める)
闇に閉ざされた瞬間に一気に距離を詰める。一秒で明るさが戻った。
おっちゃんが『無音の闇』を唱えるより刹那の遅れで、サワ爺は『烈光』の魔法を唱えていたと悟った。
『烈光』は強烈な光と音を出す魔法。結果、相反する魔法は互いに打ち消し合った。
(同じ作戦やったか)
視界が戻った時には、お互いが武器の間合いだった。両者が踏み込んで得物を振り下ろす。
おっちゃんの棒がサワ爺の肩を打った。サワ爺の火バサミがおっちゃんの肩を掠める。
肩を撃たれたサワ爺が火バサミを落とした。サワ爺が膝を突き、痛々しげな声を出す。
「勝負あったか。ワシの負けじゃな。ワシがもう少し若かったら、得物が逆だったら、ワシの魔法のほうが早かったら、結果は逆だったかもしれんな」
おっちゃんの意見も同じだった。勝敗は運ともいえる、僅かな差だった。
サワ爺がよろよろ立ち上がり、厳かに言葉を紡ぐ。
「だが、真剣勝負に、だったら、はない。明日にでも『龍を呼ぶ角笛』を持っていくよ」
サワ爺の背中を見詰める。サワ爺がどういう思いを抱いているかわからなかった。
サワ爺が背を向けて声を出す。
「死ぬなよ。おっちゃん」