第四百六十九夜 おっちゃんと伝説の喉飴
青の寺院で、文書管理長のアレハンデルと面会する日が来た。
青の寺院に行くと、図書室の横にある面談室に通された。アレンハンデルは白い髭と青い髪を持つ五十代の男性だった、アレハンデルは赤い刺繍がある、白いゆったりとした服を着ていた。
アレンハンデルが、にこにこ顔で切り出す。
「お待たせしました。さて、どのようなご用件でしょうか?」
「用件は、二つや。まず、一つ目。今は存在しない街のシルカベリーの街と、女神アプネについて知りたい」
アレハンデルが知的な顔で、すらすらと教示する。
「シルカベリーが過去に存在した街なら、司書に頼んで、古い貿易に関する証書を調べると良いでしょう。バルスベリーの付近に存在した街なら記録があるはずです」
「でも、蔵書庫には、そんな本はなかったで」
「蔵書庫の本には、ないでしょうね。でも、商人が残した取引記録なら、あるはずです。あとで、司書に命じて捜させます」
「女神アプネはどうですか? なんぞ手懸かりがありますか?」
アレハンデルが理知的な顔で、簡単に答えを告げる。
「女神アプネは古い書物の中に出てくる海の女神です。ただ、今は信仰されているかどうか、わかりません。信仰されているなら、名前を変えている可能性がありますね」
「それは、どうしたらわかります?」
「古の神の宗教書を調べれば、何か情報があるでしょう。そちらも、司書に手配させておきます」
(話がするすると進むね。さすが、文書管理長や)
「そうしてくれると助かるわ。あと、伝説の詩人が愛用していた喉飴について知りたい」
アレハンデルは、またも的確にアドバイスをした。
「喉飴の製法を記した書物は青の寺院にはありません。ですが、喉飴を売っていた店の記録なら残っています。あとは売っていた店を一軒一軒、訪ねれば製法がわかるでしょう」
「手懸かりなしの調査はしんどいから、助かりました」
アレハンデルが優しい顔で頼んで来た。
「そうですか、お役に立てて嬉しいです。それと、もし、よろしかったら、喜捨をお願いします。なにぶん。人員や設備の維持にも、お金が掛かりますので」
知りたい情報がわかったので、追加で費用を払ってもよかった。
「いくらぐらいが相場ですか?」
アレハンデルが穏やかな顔で頭を下げる。
「お気持ちだけで結構です」
(来たで。また、お気持ちだけや。三件やから、銀貨の三十枚くらいやろうか? でも、こういうとこでケチると、後に響いたりするからなあ)
おっちゃんは、小さな袋に金貨三枚を入れて、喜捨として差し出した。
アレハンデルが柔和な顔で頭を下げる。
「ありがとうございます。喉飴はこの街の情報ですから、すぐにもわかりますが。シルカベリーの町と女神アプネについては、少しお時間をください」
「そうか。なら、わかったら、セサルはんに伝えてや」
青の寺院の帰りに、セサルに頼んだ調査の慎重具合を聞くために、セサルの家に寄った。
塾が終わったところで、セサルは片づけをしていた。
「セサルはん、調査はどうや? 何かわかったか?」
セサルが冴えない顔で報告する
「残念ながら、あまり進展がありませんでした。シルカベリーなる街が東大陸に昔は存在した事実と、女神アプネが豊饒を齎す海の女神だというくらいです」
(こっちはこっちで、きちんと調べてくれておるようやな)
「あんな、青の寺院のアレハンデルはんに訊いたら、関係する文書を特定してくれた。それを基に調査を続けてくれるか」
「わかりました」とセサルが誠意の籠もった顔で頭を下げたので、報酬の銀貨を払った。
「あと、今、成り行きで、カルメロスが愛用していた喉飴について調べているんよ」
セサルが意外そうな顔で質問してくる。
「伝説の詩人のカルメロスの喉飴ですか?」
「そうや。カルメロス御用達の飴屋やって知らん?」
セサルがあっさりとした表情で言ってのける。
「私の家が昔そうでしたよ。私の家は祖父の代まで飴屋でした」
「なんや、そうなんか。ほな、レシピとか残っておらんか? 訳あって、正確にカルメロス喉飴を復刻させたいんよ」
セサルの表情は曇っていた。
「祖父は飴屋を閉める時に、また再開できるようにと、レシピを残してくれました。ですが、カルメロスの喉飴は再現が難しいと思いますよ」
「なしてや? やっぱり問題は材料か?」
セサルが冴えない顔で説明する。
「ええ。材料の一つに、ランテンの実が必要なんです」
「聞いたで。でも、現在、手に入るランテンの実とは違うランテンの実が必要やと、わかった」
セサルがぱっとしない顔で話す。
「祖父はランテンの実はゴークス族から買っていました。ですが、いつからか、質の良いランテンの実は手に入らなくなったそうです」
「伝説の喉飴は材料も厳選されているのかもしれんな」
「祖父の話では、手に入るランテンの実に石榴の果汁を混ぜて使うようになってから、味が変わったそうです。味が変わって詩人の客足が遠のいたと、父が残念がっていました」
おっちゃんはもしやと思ったので確認する。
「ひょっとして、呪術詩が歌われなくなったのもその頃やろう?」
セサルが考え込む顔をして、見解を述べる
「詳しくはわかりません。でも、カルメロスの喉飴が売れている頃には、まだ呪術詩を歌って奇跡を起こせる吟遊詩人はいましたね」
(これは、やはり、呪術詩とカルメロスの喉飴は密接に結びついておるね)




