第四百六十八夜 おっちゃんとカルメロスの好物
翌日、おっちゃんは冒険者の酒場で昼食を摂っていた。
冒険者の酒場に珍しく石榴売りが来ていた。
殻から外され石榴の実がザルに入れられ、木のカップに入れて売られていた。
(冬に石榴売りか。しかも生や。珍しいな)
おっちゃんは石榴売りの老婆に声を掛ける。
「一杯、貰おうか、いくらや?」
「三十銅貨になります。容器とスプーンは食べ終わったら戻してください」
おっちゃんは銅貨を払う。
休憩に時間に入ったのか、ローサも老婆から石榴を買って食べていた。
おっちゃんはローサの向かいの席に座る。
「冒険者の酒場、しかも冬に石榴売りが来るなんて珍しいな」
ローサは笑顔で教えてくれた。
「冬の石榴はバルスベリーで有名な果物よ。この時季の風物詩でもあるわ」
「そうなんか。バルスベリーでは果物といえば干し果物がほとんどやから、新鮮な果物はありがたいな」
冬の石榴は甘みが弱く、酸味が強かった。
「なるほど、普通の石榴より柑橘類に近い味がするのう。でも、どこで採れるんやろう」
ローサが機嫌よく答える。
「カルルン山脈の東に、冬でも暖かい場所があるのよ」
「そんな、ええ場所があるんやな」
「暖かい地方で飛翔族が採ってきて、街の商人組合に卸すのよ」
「なるほどね。異種族が持って来た貿易品なんやな」
おっちゃんは石榴を食べなら訊く。
「ところで、『詩人の岩窟』って、どうやの? あまり、挑戦している人がおらんようやけど」
ローサが曇った表情で教えてくれた。
「正直なところ、不人気ダンジョンね。呪術詩が手に入る詩人は別にして、冒険者の間じゃ、難易度はそこそこなんだけど、ゴミばかり出土するって噂よ」
「なんや。魅力ないな」
「でも、ないよりはいいわ。『詩人の岩窟』がなかったら、街はきっと寂れるわ」
「ダンジョン持ちの街は皆そうやろうな」
その日は一日ゆっくりと休息を取り、街を見て歩いた。
街は裕福そうではないが、音楽が溢れ、楽しそうだった。
翌朝、宿屋で朝食を摂ってから、冒険者ギルドに顔を出す。
イサベルが難しい顔で訪ねてきた。
「話があるわ。仕事の話よ」
「今は時間があるから、内容によっては相談に乗ってもええで」
イサベルと一緒に密談スペースに移動した。
「カルメロスが使った本物のリュートが欲しいわ。見つけてくれたら、金貨三枚を出すわ」
(なかなか、ええ値段を提示しよる)
「なんや? 気長に捜すんやなかったのか?」
「剣の腕には少々自信があるわ。だけど、捜し物は得意じゃないのよ。それで、セサルに誰か適任はいないかって訊いたら、おっちゃんがいいと推薦されたわ」
「セサルはんからの紹介か。わいも、セサルはんに頼み事をしている手前、無下にはでけんなあ。でも、理由を聞かせてくれるか? なして、カルメロスのリュートが欲しいんや?」
イサベルが困惑顔で教えてくれた。
「カルメロスが持っていた呪術詩を手に入れたのよ。でも、それを有名な詩人に歌わせても、なんの効力も示さなかったわ。理由はわからないわ」
「なるほど、それで秘密はリュートやと眼を着けたか」
「そうよ。カルメロスが遺した呪術詩は、特殊な楽器でないと効力を表さないと当りを付けたわ」
「わかったで。急ぎでないなら捜したるわ」
「お願いするわ、独りでは手が回らないわ」
おっちゃんは街でカルメロスに纏わる伝承を調べた。すると三つの内容がわかった。
一つ、カルメロスは使っていた楽器を気にいった人間によくあげていた。
一つ、カルメロスには弟子が八人いて、弟子は呪術詩を使うことができた。
一つ、現在、呪術詩を知る者はいるが、歌っても効果がない。
(なるほどのう。イサベルはんは、カルメロスが与えた楽器に秘密があると踏んだんやな。でも、かつて使えた詩が今は効果がないのが気になる)
おっちゃんはカルメロス記念館に顔を出した。
記念館は古い民家を改造したもので、五部屋しかなかった。入口で銀貨を払い、中を拝見する。
だが、目ぼしいものがなかった。でも、最後の部屋にあったカルメロスの肖像画が気になった。
絵はカルメロスが椅子に座ってリュートを構えている絵だった。カルメロスは頬が膨らんだ恰幅のいい男で、ゆったりした緑色の服に羽帽子を被っていた。
絵をじっと見ていると、よれよれの茶色の服を来た十歳くらいの子供が明るい顔で寄ってくる。
「なんだい、おじさん、その絵が、そんなに気になるのかい? ガイド料をくれるなら、教えてあげるよ。俺はこの絵には詳しいんだ」
「そうか、なら一つ頼もうかの」
おっちゃんは銀貨一枚さっと取り出すと、子供に渡した。
子供はいたく喜んだ。
「銀貨とは豪勢だね。それで、何を聞きたいのさ」
「カルメロスの頬が膨らんでいるやろう? でも、絵は食事をしている絵やない。なんでか、わかるか?」
子供は得意げな顔で答える。
「カルメロスのポケットを見てよ。ポケットが膨らんでいるだろう。ポケットには飴の缶が入っていたのさ」
「飴好きやったんやな」
子供は明るい顔で説明する。
「カルメロスはいつも喉にいいって、飴を舐めていたんだよ。酒はあまり飲まなかったと伝えられているね」
「カルメロスが好きだった飴って、今も売っているか?」
子供は表情を曇らせる。
「カルメロスが好きだった飴を復刻させた、って宣伝して売っている店はあるよ。でも、昔の味を知る人間に言わせれば、味が変わったと評しているけどね」
「カルメロスの弟子も、飴を舐めていたんか?」
「実際に見たわけではないけど、愛用していたんじゃないかな」
(もしかして、カルメロスの呪術詩の秘密は、楽器やなく飴やろうか)
おっちゃんは子供に、今でもカルメロスが好きだった飴を売っている飴屋を教えてもらう。
飴屋に行って、主人に尋ねる。
「カルメロスが好きだった飴をちょうだい」
頭の禿げ上がった痩せた飴屋の主人が答える。
「へい、カルメロスの喉飴ね。百gで銀貨三枚だよ」
「結構、良い値段がするんやねえ」
「製法に色々と決まりがあるんだよ。手間だから高くなるのさ、もっぱらお土産用だよ」
一つ取り出して、舐めると飴は甘酸っぱい味がした。
「これ、当時と同じ味なん? 本物は違う、って聞いたけど」
飴屋の主人が、苦い顔をする、
「正確には違うよ。当時の材料が手に入らなくなってから、やむなく代用品を使っている」
「その手に入らない材料って、何?」
「喉飴にはランテンの実を使うんだけど。その、ランテンの実が違うんだよ。詳しい内容は、数十年も昔の話だからな。赤の寺院でも青の寺院でもいいから、行って調べるしかないね」
「そうか、なら一手間を掛けて調べるかのう」




