第四百六十七夜 おっちゃんと伝説の詩人の子孫
おっちゃんは本を早く返すために、宿屋に籠もって『帰還の扉』の修得に励んだ。
『帰還の扉』は開くのに魔法を込めたスイッチとなる品が必要だった。
本来なら杖が最適だが、指輪のような小物でも良かった。ただ、安物の指輪ではだめで、『霊金鉱』で造った指輪が必要だった。
「一回、使うのに、『霊金鉱』でできた指輪の一個を消費するか。簡単には使えんな」
まずは、大きくてもいいので杖に込めて試す。
魔法は使えた。だが、一回、使うと、ふらふらになった。
「これは、あれやな。『上位解呪』と同等や。一日に一回が限度やな。二回も使うと、他の魔法が一切、使えん」
ただ、杖では持ち運びに不便だし、剣には魔法を掛けることができない。なので、宝飾品店に行って『霊金鉱』製の指輪を買う。
『霊金鉱』が値上がりしていたこともあり、おっちゃんの所持金は金貨十枚を切った。
「なけなしの一回やな」
セサルに本を返して、夕方に冒険者の酒場に行くと、大柄な女性がいた。
女性の身長は百八十㎝、背中に大きな剣を背負って、革鎧を着ていた。女性は短い黒髪で、黒い瞳をしていた。
(これまた、腕の立ちそうな剣士やな)
視界を泳がせるが、剣士に連れはいなかった。
(流れ者の冒険者やな)
剣士はむすっとした顔で食事をしていた。剣士には近寄り難い空気があった。剣士を敬遠してか、近くに座る人は誰もいない。
おっちゃんは剣士が気になったので、向かいに腰掛ける。
「こんにちは。わいは、おっちゃんいう冒険者や。お宅さんも『詩人の岩窟』が目当てで来たんか?」
剣士が愛想のない顔で簡単に答える
「私の名は、イサベルよ。伝説の詩人のカルメロスの足跡を追って旅行中よ」
「カルメロスか。この街ではよく聞く名前やな。この街に住んでおったと言い伝えがあるから、捜せば、面白い観光スポットもあるやろう」
イサベルが真剣な顔で質問する。
「カルメロスが使っていたリュートについて、知っているかしら?」
「知っとるで。ここの冒険者ギルドにもあるって前に人から聞いた」
「本当? どこにあるのよ」
「ほら、あの隅に飾ってあるのが、そうや」
イサベルが、冒険者ギルドの隅に飾ってあるリュートを険しい視線で見つめる。
「こんな近くに、カルメロスのリュートがある、だって?」
「他にも、五十くらいあるらしいで。カルメロスのリュート」
イサベルは顔を歪めて苦々しく発言する。
「五十だって! いったい、どれが本物なのよ」
「わからん。街では誰かが古いリュートを手に『これは、カルメロスのリュートです』と堂々と発言すると、否定するのはマナー違反や。せやから、真相は不明やな」
イサベルは、むっとした顔でぼやく。
「つまり、本物が欲しければ、目利きを連れて五十箇所を廻って鑑定していかなければいけない訳ね」
「そうなるね。でも、わからんで。案外、カルメロスは頻繁に使うリュートを換えて人に配っていたら、全部、本物の可能性もあるかもしれんで」
イサベルが暗い顔をして愚痴る。
「おっちゃんの言葉が当っていたら、ある意味、全て本物と言えるわね」
「なんや? カルメロスが使った本物のリュートが欲しいんか?」
「わけあって、カルメロスが使っていた伝説のリュートを探しているのよ。伝説のリュートが目当てで、私はバルスベリーに来たの」
「見方によっては、大変な探し物やな」
イサベルが不機嫌な顔で零す。
「誰かを斬って解決するような仕事じゃないから、気が楽だと思ったわ。だけど、これは、人を斬るより難題だわ」
「時間があるなら、気長に捜すことやな。ないとは思うが、もし本物のリュートを見つけたら、声を掛けるわ」
「本物を手に入れたら、教えてちょうだい。価格は相談ね」
翌朝、宿屋を出て冒険者ギルドに行く。
混雑のピークが過ぎたところで、ローサと話をする。
「昨日、ここにイサベルと名乗る剣士が来ていたやろう。なんで、カルメロスのリュートを探しているんやろうな?」
ローサが冴えない顔で答える。
「なんでも、イサベルさんはカルメロスの子孫なんだって。それで、先祖に縁がある品を捜して旅をしているそうよ」
「まさか。あんな形をしているが、詩人なんか?」
「さあ、そこまでは詳しく聞かなかったわ。だけど、伝説の楽器が必要だそうよ」
「冒険の事情は人それぞれやからなあ。でも、見つかるんやろうか伝説の楽器?」
ローサがぱっとしない顔で、持論を述べる
「伝説の楽器は数多く街にあるけど、イサベルさんが欲しがる伝説の楽器が見つかるかは難しいところね」
「そうやね。この街では楽器は多いからなあ」
おっちゃんは昼に、セサルに本を返しに行く。
セサルの家から明るい顔で出てくるイサベルとすれ違った。
(何やろう? もしかして、セサルはんと知り合いなんかな)
おっちゃんは本を返す時に、それとなくセサルに訊いた。
「なあ、セサルはん。イサベルはんと知り合いなんか?」
セサルは機嫌よく教えてくれた。
「以前、イサベルとはパーティーを組んで冒険をしていた過去があります」
「そうか。見つかるといいな、伝説の楽器」
セサルは複雑な表情をする。
「見つかるといいんですが、最悪、『詩人の岩窟』に行かねばならないでしょうね」
「なんや? ダンジョン内にもあるの? カルメロスのリュート」
「実際、『詩人の岩窟』では、質も高く魔力が籠もった楽器が出土します」
「カルメロスとダンジョンの繋がりはどうなんや?」
セサルは、困った顔で教えてくれた。
「ありますよ。『熱狂詩人ベルポネデス』と伝説の詩人カルメロスは友人だと伝えられています。詩に纏わる二人の逸話も街には残っています。ですから、あるかもしれないのですよ」
「でも、ダンジョンに挑むなら、一人では行けんし、大変やな」
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