第四百六十六夜 おっちゃんと行方不明の子供(後編)
おっちゃんは守宮に姿を変えて小窓から出ると、人間の姿に戻った。着替えて『詩人の岩窟』へと急いだ。
『詩人の岩窟』へと続く山道を登っていると、全長二mの赤いコンドルの五羽が、上空を舞っている光景が見えた。
(まさか、セサルはんたちが、レッド・コンドルに襲われているんか?)
レッド・コンドルたちが舞う場所の下に行くと、岩の割れ目が見えた。
岩の割れ目の十m手前には杖が落ちていた。岩の割れ目の中では、短剣を抜いたセサルが、子供たちを後ろにして戦っていた。
岩の隙間にレッド・コンドルは入って行けないようだが、戦況は好ましくなかった。
おっちゃんは杖を拾うと、『火球』の呪文を唱えて、空に打ち上げる。
光と音に驚いて、岩の割れ目の前にいたレッド・コンドルが、飛び上がった。
隙を突いて、おっちゃんは岩の割れ目に入った。
「大丈夫でっか、セサルはん?」
セサルは背中に大きな怪我をしていた。
「強襲を受けて、レッド・コンドルに杖を取り上げられて、苦戦していました。杖に魔法を込めていましたが、その杖も奪われて、困っていたところです」
レッド・コンドルは、しきりに空で鳴いていた。
子供は傷ついていなかったが、ぐったりしていた。
「まずいで。仲間を呼ぶ気やな」
おっちゃん一人なら、切り抜けられる自信はあった。だが、足の悪いセサルと子供を連れてとなると、危なかった。
(まずいのう。『瞬間移動』を使うにしても、子供が気を失っている状態やと不安や)
おっちゃんが高度な魔法を使おうか思案していると、セサルが自信に満ちた顔で告げる。
「杖さえあれば、マジック・ポータルを開けます。マジック・ポータルを開くから、子供を一人、抱えてください」
(杖の力を借りているとはいえ、マジック・ポータルを開けるとは中々の腕やな)
おっちゃんが子供を抱えると、セサルが魔法を唱える。
地面に白く光る魔法陣が出現し、魔法陣の上に白い扉が出現する。セサルが子供を抱えてマジック・ポータルを潜った。おっちゃんも、もう一人の子を抱えて、マジック・ポータルを潜った。
出た先はセサルの家のリビングだった。
セサルは子供をソファーに寝かせると、気を失った。
おっちゃんは冒険者ギルドに急いだ。
「ローサはん。ルスとアナが見つかった」
ローサがほっとした顔をする。
「よかった。無事だったのね」
「ただ、セサルはんが大怪我した。何人か手を貸してくれ」
「わかった、手を貸そう」と赤い僧衣を着て髭を生やした三十代くらいの僧侶が立ち上がる。
「俺たちも手を貸すぜ」と革鎧に身を二名の青年冒険者が立ち上がる。
三名はおっちゃんに従いてきた。
セサルの家に着く。僧侶が子供の容態を確認して安心した顔をする。
青年冒険者に僧侶が指示を出す。
「セサルの治療は俺がする。そっちの二人は子供を冒険者ギルドに運んでくれ。親御さんが心配している」
「おう」と二人の青年冒険者が威勢よく応じる。
子供は青年冒険者の手により冒険者ギルドに運ばれて行った。
僧侶が真剣な顔でセサルの容態を観察する。
「傷の見た目は酷いが、深くはない。跡は残るかもしれんが、適切な治療すれば死にはしない」
おっちゃんは僧侶が治療して間に、冒険者ギルドに戻って三人分の飯を買う。
飯を買って戻ると、僧侶の治療が終わっていたので、飯を渡して訊いた。
「どうや? どんな具合や?」
僧侶は穏やかな顔で告げる。
「治療は終わった、直に眼を覚ますだろう」
「そうか。なら、セサルはんが眼を覚ましたら、治療費を持っていくわ」
僧侶は貰った飯を軽く掲げる。
「治療費なら、ここにあるよ」
「そうか、ありがとう」
「お大事に」と僧侶は告げると帰っていった。
一時間ほどすると、セサルが眼を覚ました。
「子供たちなら、冒険者ギルドに連れて行った。今頃、親御さんの元やろう」
セサルは安堵した顔をした。
「そうですか。それは良かった」
おっちゃんはセサルの分の飯を差し出した。
セサルは飯を受け取ると、改まって礼を述べる。
「おっちゃんには、助けてもらった礼をしなければいけませんね」
「ええって。これは仕事や。親御さんから銀貨が出る」
セサルが表情を曇らせる。
「でも、それでは私の気が済みません」
「そうか。ほな、魔法の一つも教えてくれるか?」
セサルが穏やかな顔で告げる。
「私はおっちゃんが『火球』を使うのを見ました。見事な腕前でした」
「そんなの、見間違いやろう」
「いいえ、おそらく、おっちゃんは、とても魔術の腕が立つのでしょうね。ならば、私の、取っておきの魔法を教えましょう」
「難しいのは駄目やで。頭がついていかん」
セサルが優しい表情で微笑む。
「そんなことはないでしょう。おっちゃんは魔術の腕に関しては、並の魔術師より腕が立つ」
「それを言うたら、セサルはんかて、マジック・ポータルを開いたやろう。あれは、街の塾の先生のレベルやないで」
「わかりました。では、お互いに魔術の腕は秘密にしましょう」
「そういってくれると、助かるわ」
おっちゃんは帰り際に、一冊の本を渡された。
「そこには、私が開発した『帰還の扉』の魔法が記されています」
「『帰還の扉』ね。ここに帰ってきた魔法やな」
セサルが穏やかな顔で教える。
「『帰還の扉』は、マジック・ポータルと違って、予め決めた場所にしか、戻れません」
「マジック・ポータルの限定版やね」
「ですが、普通の『瞬間移動』では帰ってこられないような危険な場所からでも、帰ってくることができます」
「便利な魔法やな。状況によってはえらく役に立つ魔法や」
「また、扉は出現している三十秒は何人でも移動できます」
「まさに、冒険者が緊急時に脱出するための魔法やな」
「はい。この魔法は幾度となく、パーティーを全滅の危機から救ってくれました。私の、取っておきの魔法です」
「わかった。ほな、学習させてもらうわ」
「きっと、おっちゃんなら、その魔法で多くの人を救ってくれるでしょう」
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