第四百六十四夜 おっちゃんと行方不明の子供(前編)
一日、ゆっくり休む。
朝食を摂って、冒険者ギルドに顔を出す。
ローサが待っていたように声を掛け、弱った顔で話し出す。
「おっちゃん。お願いがあるんだけどいいかしら?」
「ええよ。どないした?」
「子供が昨日の夜から二人、行方不明になっていて捜索の仕事が来ているの。引き受けてもらえないかしら?」
「それは親御さんも心配やろう。よっしゃ、捜索に加わったる」
ローサが済まなさそうな顔で、弱々しく告げる。
「頼んでおいてなんだけど、大した報酬が出ない仕事なのよ」
「でも、ローサはんはわいに期待した。そんでわいに声を掛けた。なら、それで充分や」
「そう請け負ってくれると助かるわ。子供の名はルスとアナの姉妹よ。ルスが十歳。アナが十一歳よ」
「最後にルスとアナを見た場所と時刻は?」
「セサルさんの塾に行ったところまでは確認されているわ。塾はお昼前に終わっているわ」
おっちゃんは山に入ってもいいように装備を調えると、セサルの塾に行った。
セサルの塾は街の中の東門付近にある。セサルの家は元商家だったのか、民家にしては、大きな家だった。
塾はセサルの家の隣に建てられた石造りの建物だった。塾の広さは一間で、三十畳ほどの広さがある教室だった。教室には十歳から十三歳くらいまでの十六人の子供たちが詰めている。
セサルの塾はまだ始まる前だった。セサルは灰色のシャツを着て灰色のズボンを穿き、教室で子供がちが集まるのを待っていた。セサルにお願いする。
「冒険者ギルドから、ルスとアナの捜索の依頼を受けた。子供たちにちょっと話を訊きたいんやけど、ええか?」
セサルが不安な顔で了承した。
「私もルスとアナが昨日から帰っていないと聞いて、心配していたんですよ。少しなら、いいですよ」
おっちゃんは子供たちを前に訊いた。
「昨日、塾の後にルスとアナを見かけた子は挙手して」
子供たちは互いに顔を見合わせるだけで、手を挙げた子は一人もいなかった。
「あれ? 誰もおらんの?」
子供一人が声を上げる。
「塾から帰ってお昼ごはんを食べたら遊ぼう、って誘った。だけど、二人とも来なかったんだ」
「ほな、塾から帰るところまでは確かなんやな?」
何人かの子供が真剣な顔で頷く。
「アナとルスを、誰か迎えに来ていたか?」
子供たちが困った顔で首を横に振った。
「なるほどのう。わかったで。ありがとう」
おっちゃんは塾を出ると、辺りを見て回る。だが、ルスとアナの痕跡は発見できなかった。
東門の付近で兵士に訊く。
「すんまへん。昨日、ここら辺で、ルスとアナいう子供が門の外に出ていなかったでっしゃろうか?」
兵士が腕組みして考え込む。
「門の外の農地は今の季節、子供たちの遊び場だからなあ。頻繁に子供が出入りしているから、わからないよ」
「そうですか、出入りが激しいならわかりませんなあ」
おっちゃんは門の外に出て、城壁沿いに歩いて、子供を捜すが見当たらない。
『物品感知』の魔法を唱えて、対象に靴を指定する。だが、ボロ靴を見つけるだけの結果に終わった。
(子供の足や。そう遠くに行ったとも、思えん。攫われたんやろうか?)
お昼まで待って、もう一度、塾に戻る。塾が終わって子供たちが帰るところだった。
塾にはミゲルの姿があった。
「ミゲルはん、こんにちは。子供さんを塾に迎えに来たんでっか?」
ミゲルは気の良い顔で教えてくれた。
「うちの子供はもう塾を卒業したよ。今日はセサル先生に頼まれていた本の売り上げを持ってきたのさ」
「先日のゴークス族に売りに行った古書はセサル先生の本でしたか」
「ああ、そうだよ。結構、いい値段で売れたね」
(街中の古本屋に売ればええものを、わざわざ、街の外まで持って行かせて処分させるとは、ちと、おかしな行動やな)
子供たちが皆、帰ると、ミゲルはセサルに話をするために塾に入って行く。
ミゲルを見送ると、十歳くらいの男の子が一人、じっと、おっちゃんを見ているのに気が付いた。
おっちゃんは近くに寄って行って、目線を低くして子供に尋ねる。
「こんにちは。わいはおっちゃんや。どうしたん? 何か、言いたい話があるのか?」
子供が俯いて、暗い顔で話した。
「俺、見ちゃったんだ。先生の家には悪魔がいるんだ」
「そうか。どんな奴やった?」
子供は恐る恐る訊いた。
「おっちゃんは、信じてくれるの?」
「信じるも何も、見たんやろう? なら、それが何か確かめるのも、おっちゃんの仕事やからね。もしかしたら、ルスやアナの行方が、わかるかもしれない」
「先生の家には悪魔がいるんだ。きっと、その悪魔が、ルスとアナを食べちゃったんだ」
「そうか。なら、おっちゃんが、悪魔を退治したる。どんな奴か、教えてくれるか?」
子供は青い顔で、恐々(こわごわ)と話した。
「大きな体に、緑の肌をしていた。鬼のような恐ろしい顔をして、牛に似た、二本の角があって、口から牙が生えていた」
「そら、恐ろしいな。そんで、そいつは、どこにおった?」
「先生の家の地下室に、いたんだ。家の地下室を覗ける小窓から、そいつは見えた」
「わかった。ほな、きちんと調べたる」
「うん、お願い」と子供は頼むと、逃げるように走り去った。
(セサルが悪魔召喚の書を持っとったのは事実や。これは、もしかすると、大事になるかもしれんで)
おっちゃんは『透明』の魔法で姿を消して、セサルの家の入口を見張った。
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