第四百六十二夜 おっちゃんと塾の先生
青の寺院で調べ物をして過ごすが、一週間が経っても成果が出なかった。
夕方に蔵書庫が閉まるので、冒険者ギルドに帰ってきて夕食を摂る。
夕食は薄切りにした山羊のベーコンに唐辛子とトマトで作ったソースを掛けて、トウモロコシ・パンに挟んだものだった。
バルスベリーではチベタの名で呼ばれ、屋台でも売っている名物料理だった。
宿屋に帰ろうとすると、ローサに呼び止められた。ローサが穏やかな顔で質問する。
「おっちゃん、どう? 調べ物は進んでいる?」
「なかなか、成果が上がらんなあ。でも、これは、見つかれば大発見に繋がるかもしれんから、腰を据えてじっくり調べてみるわ」
ローサがにこやかな顔をして、控え目な調子で申し出た。
「あのね、調べ物だけど、一人で難しいようなら、地元の魔術師を紹介するわよ」
「何や? 調べ物が得意な魔術師がおるんか?」
ローサが明るい顔で勧める。
「元冒険者のセサルさん。今は地元で塾を開いているんだけど、空いている時間にできる仕事を探しているのよ」
「腕前のほうはどうなんや? 魔術やなくて、この場合は調べ物の腕やけど」
「セサルさんは冒険者時代に、よく青の寺院や赤の寺院に出入りしていたわ。たぶん、おっちゃんが調べるより、効率はいいと思うの」
「そうか。ローサはんが推すのなら、腕は悪くないんやろう。それで、価格はいくらや?」
ローサが軽い調子で、価格を告げる。
「七日で銀貨二十八枚でどうかって、セサルさんは言っているわ」
「でも、塾と兼任やろう。一日中ずーっと調べ物をするわけにはいかんし、何日かは塾の準備に当てなくてならんやないの?」
「その通りだけど、それでも、四週間も任せてもらえれば、何かしら成果は出せそうだと、本人は申告しているわ」
「自己申告ねえ。ええわ。なら、お試しで、まず二週間だけ雇うわ。もしかしたら、わいが金を稼いで、セサルはんに金を払って調べ物を頼んだほうが、早く決着するかもしれん」
おっちゃんはローサに銀貨を渡した。
翌日に、青の寺院で調べ物をしていた。すると、灰色のローブを着た、青い髪の三十くらいの男性がやってきた。
足が少し悪いのか、足を引きずるようにして歩いた。肌の色はローサと同じ薄いオレンジ色なので、現地の人間だと予想した。
男性は謙虚な態度で質問してきた。
「もしや、あなたが、おっちゃんさんですか?」
「そうやけど、もしかしたら、あんさんが、セサルはんか?」
男性は殊勝な態度で挨拶した。
「私がセサルです。この度は二週間の契約をしていただいて、ありがとうございました」
「契約期間は二週間やけど、成果が上がりそうなら延長もあるから、よろしゅう頼むわ。あと、さんは不用やで。おっちゃんでええよ」
「わかりました。御期待に添えるように努力します」
セサルは短い挨拶を済ませると、司書の人間と話をするために立ち去る。
閉館の時間になる。青の寺院の出口で待っていると、穏やかな顔のセサルが現れる。
「セサルはん、どうや? 一緒に飯でも喰わんか? 冒険者ギルドの酒場で良かったら、ご馳走するで」
セサルは明るい顔でやんわりと答えた。
「では、お言葉に甘えてご馳走になります」
セサルと一緒に、冒険者ギルドで食事をする。
「わいは、チチャとチベタ、それに、ジャガ・バターにする。セサルはんは、何にする? 遠慮なく頼んで」
「では、私も同じ物を頂きます」
給仕に金を払い、注文をする。セサルが微笑を湛えて尋ねてくる。
「よろしければ、お聞かせください。おっちゃんの探している情報はやはり『詩人の岩窟』に関連する情報ですか?」
「どうやろうな。まだ、わからん。ひょっとしたら、関係あるかもしれんし、ないかもしれん。元冒険者だと『詩人の岩窟』が気になるか?」
セサルはしょんぼりした顔で告白する。
「足を壊してダンジョンには行けなくなりました。でも、やはり、ダンジョンは気になります」
おっちゃんは一週間以上、冒険者の酒場で夕飯を食べてきた。だが、冒険者の酒場は、夕食時でも混雑している光景を見た覚えがなかった。
「ここって、あんまり混雑している場面を見た記憶がないな。『詩人の岩窟』って、あまり人気のないダンジョンなんかな?」
セサルが寂しげに微笑んで教えてくれた。
「有態に言えば不人気です。『詩人の岩窟』の宝は金銀でも武具でもなく、詩なんですよ。童話に出てくる『戸締まりの詩』や『戦の詩』が、そうです」
「その詩が流れると、何ぞ、起きるんか?」
セサルが澄ました顔で答える。
「別に何も起きません。詩は、昔に力を失ったと言われています」
「それ、また、冒険者には人気が出ない宝やな」
セサルが柔和な笑みを浮かべて軽い調子で語る
「でも、中には凄い詩もあると聞きます。ダンジョン・マスターの『熱狂詩人ベルポネデス』の作った呪術詩は、実力がある者が歌えば、天候も変えると伝えられています」
「高度な魔法が発動するような詩もあるんやな」
「誰にでも歌えるものではないそうです。ですが、そんな魔法みたいな詩を求める冒険者が『詩人の岩窟』には挑戦しています」
おっちゃんは酒場を見渡す。
「そういえば、バルスベリーには吟遊詩人が多いな」
セサルが理知的な顔で講釈する。
「呪術詩を求める吟遊詩人も、バルスベリーにはやって来ます。ですが、ここは千年以上の歴史がある街。まだ見ぬ古い物語や詩も求めて、人がやって来るのです」
「なるほどのう」
セサルが、ちょっぴり地元を自慢するように告げる。
「街には小さな劇場が、いくつかあります。そこで、吟遊詩人の弾き語りなどをやっています。時間のある時に顔を出して、聞いてみるのも面白いでしょう」
「そんな施設もあるんやなあ」
「バルスベリーには昔に伝説の詩人である、詩人王カルメロスと呼ばれた男がいました」
「凄そうな男やね」
「カルメロスは『熱狂詩人ベルポネデス』の呪術詩を使えただけでなく、感動的な詩を創作して小劇場で歌いました。今でも、カルメロスが歌った劇場は、残っていますよ」
「そうか。バルスベリーには、古い街の他に、詩人の街の側面もあるんやなあ」
その後も、セサルと簡単な世間話をして、別れた。
『おっちゃん冒険者の千夜一夜』の二巻は明日の発売です。




