第四百六十一夜 おっちゃんと青の寺院
バルスベリーの冒険者ギルドには宿屋は併設されていない。
おっちゃんは、冒険者ギルドの隣にある旅籠の《枯れた泉亭》に泊まっていた。《枯れた泉亭》では前日までにお金を払らえば、パンとスープだけの簡単な食事が出た。
朝の混雑時より少し遅れて、おっちゃんは冒険者ギルドに顔を出す。
ローサの手が空いていたので話し掛ける。
「おはよう、ローサはん。情報料を払うから調べてほしい情報があるんやけど、ええかな?」
「なに、どんな情報がほしいの」
「女神アプネとシルカベリーの街について知りたいんや」
ローサが難しい顔をして会話に応じる。
「両方とも聞いた記憶のない単語ねえ。でも、冒険の匂いがするわ」
「この街で手に入る情報かどうか、わからん。でも、バルスベリーは千年の歴史がある街や。だから、古い情報があると思うた」
ローサが明るい顔で請け負ってくれた。
「いいわ、調べてみるわ。女神アプネについては、わからないかもしれない。けど、なんとかベリーって名前の街は東大陸に多いから、何か掴めるかもしれない」
「ほな、お願いするわ。あと、この街って、魔術師ギルドが小さいけど、蔵書って、どうなん?」
「街で古い伝承や言い伝えを調べるなら、魔術師ギルドより、寺院に行ったほうがいいわよ」
「寺院のほうが、情報があるの?」
「この街にある古い寺院は、街と同じくらい昔からあるわ。中でも、青の寺院と赤の寺院は有名よ。昔の出来事を調べたいなら、たいてい、どちらかの寺院に記録があるわ」
「そうか、なら行ってみるか」
おっちゃんは銀貨を払うと、青の寺院に向かった。
青の寺院は街の東側にある、二階建ての建造物である。丸い青い屋根と白い壁で作られており、寺院は周囲が千mにも及ぶほど広い。
(街の規模にしては、大きな寺院やね。赤の寺院も同じくらいの規模やから、街の人は信心深いのかもしれんな)
青の寺院は礼拝の時間が終わっていたので、一般にも公開されていた。
寺院の入口に近づくと、スーッとした辛い匂いがしていた。
(この香り、街のいたるところで、するな。これが、この街の名産の白檀石の香やろうか?)
バルスベリーから離れた岩山で、不思議な香のする石が採れた。地元では白檀石と呼ばれて、他の街に輸出されていた。
寺院の入口を潜ると、信徒と思わしき女性が立っていた。
女性がにこやかな顔で質問する。
「おはようございます。朝の礼拝は終わりましたが、どのようなご用件ですか?」
「ちと、古い情報を調べたいんやけど、どうしたらええ?」
「蔵書庫をご利用ですか。なら、こちらに閲覧料として銀貨二枚をお納めください」
銀貨二枚を払って、寺院の奥にある図書室に案内してもらった。
図書室は整理されており、十万冊あまりの蔵書があった。
おっちゃんは百年前の記録が書かれた書物を手に取る。記録は百年前のものだが、紙は新しかった。
気になったので、カウンターにいる信徒の男性に尋ねる。
「これ、百年前の書物となっていますけど、紙が新しいでんな。写本でっか?」
男性は澄ました顔で、すらすらと答える。
「青の寺院では製紙業をやっております。そこで生産された紙を使って、古い記録は、書き写して保存しています」
「ということは、本はここにあるのが全てではないんですか?」
「ここにある本のほとんどは、写本です。記録の原本は寺院の書庫にあり、絶えず僧侶により、写本を作っています」
「どれぐらいの量の記録があります」
男性は自慢した顔で知識を披露した。
「およそ、手紙や証文の類を入れると、百万とも二百万とも言われています」
「そんなにあるんでっか? これは、必要な情報を見つけるのは大変やな」
「あまりに記録が多いので、全てを把握している人は文書管理長のアレハンデル様くらいですね」
(文書を把握している人間がおるとは、便利やね)
「なら、アレハンデルはんに会って話を聞きたいんやけど、どうしたらええですか?」
男性が冷たい顔で、壁にある黒板を確認して、素っ気なく伝える。
「アレハンデル様はお忙しい方です。空いている日は十五日後の昼でしょうか」
「ほな、面会の予約をお願いしますわ。わいの名は、オウル。用件は、女神アプネとシルカベリーの街について知っていたら、教えて欲しいんです」
男性が当然の顔で依頼してくる。
「わかりました。なら予約を入れておきます。あと、アレハンデル様にお会いになられる方には喜捨をお願いしているのですが、お願いできますか?」
(知識や情報はタダやないからな。時間を省略したいのなら、止む無しやな)
「相場って、いくらぐらいですか?」
男性がしれっとした顔で頷きながら発言する。
「お気持ちで結構です」
(こういうところのお気持ちだけって。初めて利用する人間は困るんやけどな)
「他の人はおいくらぐらい喜捨しとりますか?」
男性が穏やかな顔で、ゆっくりとした口調で伝える。
「金貨一枚から百枚と人それぞれです」
(これは、最低でも金貨を持って来いと言うとるな)
「なら、金貨二枚でお願いしますわ」
おっちゃんは喜捨をしてから、図書室に戻って調べ物をする。だが、その日は、収穫がなかった。
おっちゃんは冒険者の酒場に戻って、夕食を摂りながら思う。
(これは、思うたより、金も時間も掛かるかもしれんな。でも、バルスベリーは東大陸に最古の街で、東大陸で紙の発祥の地や言うから、記録が残っとらんかなあ)
『おっちゃん冒険者の千夜一夜』二巻は2018年5月24日発売です。




