第四百五十九夜 おっちゃんと再び東へ
翌日、おっちゃんはブラッド・オレンジ号の鏡を通して、骸と会談した。
骸は疲れた顔をしていた。
「いたく、お疲れのようですな」
骸が困った顔で愚痴る。
「止むを得なかったとはいえ、ドラゴン・ソウル・ウエポンを使った状況で、色々と面倒な展開になっておる。ここまで反発が大きいとは思わなんだ」
「それはまた、大変ですな。それで、真に申し訳ないですが、交渉を別の人間に引き継いで西大陸に戻ってもええですやろうか」
骸は機嫌よくおっちゃんの申し出を了承した。
「女王が復帰して、災厄の蟹も倒された。なら、問題もないじゃろう。だが、どうして、ここで交替なのじゃ? 最後まで纏めて、手柄にすればよかろう」
おっちゃんは女王とのやり取りを話した。
骸はしんみりした顔で訊く。
「なるほどのう。それで、おっちゃんはキヨコを探すために戻りたいか?」
「へえ。交渉もここまで来れば、それほど難しいとは思えません。あとは参事会の内情をよく知る者と交替したほうが、後々の交渉もやりやすいと思います」
骸は明るい顔で指示を出した。
「あいわかった。なら、ブラッド・オレンジ号に乗っている使節のディミトリに引き継ぎをすればよい。あとはディミトリがやってくれるであろう」
「ほな、そうさせてもらいます」
骸があっさりした顔で、軽い調子で告げる。
「おっちゃんよ。もし、女神アプネについて知りたければ、東大陸のシルカベリーの街を探すと良いぞ」
思いも懸けないところからの情報だった。
「骸様は何か知っとるんでっか?」
骸は穏やかな顔で、端的に告げる。
「詳しくは知らぬ。ただ、そんな単語を聞いた覚えがあったものでな。ただ、東大陸には現在、シルカベリーを名乗る街はない」
「過去に滅んだ街か、今は別名で呼ばれている可能性があるんですな?」
骸が済まなさそうな顔をする。
「これくらいしかしてやれんのが、もどかしいがの」
「そんなことはないですわ。助かります」
骸が明るい顔で優しく声を懸ける。
「なら、おっちゃんの旅の無事を祈っておるぞ」
おっちゃんは骸との通信を終えると、さっそくディミトリに引継ぎを済ませる。
数日かけて、ミンダス島を出て行く準備をする。
郵便局に制服を返す日が来た。
おっちゃんは人間の姿で、郵便局の《なんでも窓口》に行く。
《なんでも窓口》には、アグネスとマリウスが待っていた。
おっちゃんは、アグネスに丁寧に頭を下げた。
「短い間ですが、お世話になりました。今日で郵便配達人を辞めさせてもらいます」
おっちゃんを外国人だと知ったアグネスが、寂しそうな顔をする。
「そう。おっちゃんは、島の人間ではなかったのね」
「騙すような真似をして、すいません」
アグネスは大して気にした様子もなく話す。
「いいのよ。人には人の事情があるわ。訳ありで郵便配達人になる人も、ミンダス島では多いもの」
「そう言ってもらえると、気が楽ですわ」
アグネスが微笑む。
「ミンダス島は他の大陸から行き来はできないわ。でも、手紙は行き来ができるわ。もし、ミンダス島を思い出すようなことあれば、手紙をちょうだい。返事を書くわ」
「わかりました。いつの日か手紙を書きます」
おっちゃんはマリウスに向き直る。
「マリウスはんにも短い間ですが、お世話になりました。不甲斐ない後輩やったと思いますが、これでお別れですわ」
マリウスが凛々しい顔で別れの挨拶をする。
「不甲斐ない、なんてことはない。おっちゃん立派なミンダス島の郵便配達人だったよ。配達以外の仕事を多くしていたようだけど」
マリウスの言葉に、場が和む。
「ほな、お名残惜しいですが、これで失礼します」
「またね。おっちゃん」「またな、おっちゃん」
アグネスとマリウスは、さよならとは口にしなかった。
おっちゃんは郵便局の出口で深々と一礼すると、大陸に戻る船に向かった。
【ミンダス島編了】
 




