第四百五十八夜 おっちゃんと女王の秘密
翌日、おっちゃんを呼びに、お城からの使者が《陸のカモメ亭》に訪れた。
「オウル殿。女王陛下がお呼びです。夕刻にお城に来てください」
言われたとおりに正装して、おっちゃんはトロルの格好で登城した。
通された場所は謁見の間ではなく、寝室だった。
女王はパジャマ姿ではなかったものの正装はしていない。簡単なクリーム色の服を着ているだけだった。
女王は侍女に付き添われ、ベッド横の椅子に腰掛けていた。柔和な表情で、おっちゃんに声を掛ける。
「そなたが、オウルか。この度は、魔女コンリーネを城か追い払ってくれて礼を言う。また、災厄の蟹を倒し、祭器を再び城に戻してくれた件、真に感謝しておる」
「もったいないお言葉、身に余る光栄です」
女王が笑顔で尋ねる。
「それで、感謝の気持ちを表して褒美を贈ろうと思う。なにか、望みの品はあるか。あるなら、申してみよ」
「ならば、お聞きしたい情報があります。女王陛下の依代になっている女性の身の上です。その女性の名前と、どういう経緯で依代になったか、お聞かせ願えないでしょうか?」
女王は表情を硬くすると、先を促した。
「なにやら、訳ありのようじゃな。話してみよ」
「実は私めはトロルの姿をしていますが、本来はトロルではありません、『シェイプ・シフター』でございます」
女王は神妙な顔で頷く。
「なるほど。トロルは仮の姿か。それで?」
「私には妻がいました。名を、キヨコといいます。それが七年年前、キヨコは突如として私の前から消えました。そのキヨコに女王様の依代と姿が、そっくりなのです」
女王は顔を曇らせて告げる。
「そのような事情があったのだな。でも、この依代は御主の妻ではおそらくないぞ」
「なぜですか? 根拠となる理由をお聞かせください」
女王は真剣な顔で淡々と語る。
「七年前に、古い漂着船が島に流れ着いた。漂着船は長い年月が経っており、乗員は誰もいなかった。ただ、中を確認すると、肉体保存用の魔道具があり、肉体が保存されていた」
「ほな、生き残りは、依代の体の主だけだったんですか?」
女王は神妙な顔で頷く。
「そうじゃ。だが、依代の体には、魂がなかった。憑依してわかったが、記憶も残っていなかった」
「記憶がないって、ほんまでっか」
「記憶は消されたのではない。最初から、なかったのじゃ」
記憶がない成人女性など、にわかには信じられなかった。
「体だけが存在した――いう話でっか?」
「そうじゃ。奇妙な遭難者ではある。だが、この体は『酒神の像』に選ばれた。当時は別の体を依代にしていたが、理由があり、新たな憑依先を探していた。わらわはこの体を新たな依代に選んだのじゃ」
女王の話が本当なら、依代はキヨコではない。だが、あまりにも依代の姿はキヨコに似ていた。
「では、キヨコの可能性はないんですか?」
女王は表情を曇らせて、首を横に振った。
「違うじゃろうな。憑依する前に、この島に滞在中だった南方から来た賢者に体を見せた。すると、南方から来た賢者は、この体は秘術により作られた精巧なコピーじゃ、と話していた」
僅かに期待が持てた。
「ほな、オリジナルになった者がいる、いう話でっか。なら、キヨコはどこにおるんですか?」
女王は残念そうな顔で、昔を語った。
「それは、わからぬ。浜に流れ着いた漂着船は古かったので、解体した。肉体を保存していた魔道具は南方から来た賢者に渡した」
おっちゃんは落胆した。
「なら、手懸かりはないんですか……」
女王は気の毒そうな顔をして、やんわりと告げる。
「あるにはあるが。おそらく、手懸かりを追っても、お主の妻は見つからんじゃろう」
「どんな手懸かりでもええから、教えてください」
女王は冴えない顔で教えてくれた。
「船名を記したプレートの裏には、船を造った日付とメッセージが、記されてあった」
「何と記載があったんでっか?」
女王は真面目な顔で、端的に語る。
「日付は三千年前。プレートには『この船を、女神アプネに捧げる』とあった」
「三千年! 船は、そんな前に造られていたんでっか」
「そうじゃ。船を調べた魔道師も、それくらいは経っておると判断していた」
(何や、キヨコには、わいが知らん秘密があるんか。失踪は単にわいに愛想が尽きて出ていったんとちゃうんか)
女王が同情した様子で、優しく声を懸ける。
「どうじゃ。お主の失踪した妻を捜す手懸かりには、なりそうもないじゃろう」
「あまりの内容に、ちと頭が混乱しとります。でも、キヨコに何か事情があるのなら知りたい」
謁見は、終了となった。




