第四百五十七夜 おっちゃんと災厄の蟹
翌日、おっちゃんはブラッド・オレンジ号の通信用の鏡の前で、連絡を待った。
連絡は日が暮れても入らなかった。月が高く昇る頃に、やっと骸から連絡が入った。
骸の顰め面が、会合が不調に行った事態を告げていた。
「ダメじゃ。やはり、一本化はできぬ。各ダンジョンで独自に行動する決まりになった」
「そうなりますか。そうなると、不安でんな」
骸は残念そうな顔で発言する。
「そうじゃのう。最悪、ブラッド・オレンジ号以外は沈むことになろう」
「ブラッド・オレンジ号は退却でっか?」
骸が素っ気ない態度で簡単に語る
「いいや。ドロゴロン船長にこのあと作戦を指示するが、ブラッド・オレンジ号は他の船の手に負えなかった時のみ、参戦する」。
「そんな悠長な戦術で大丈夫でっか? 最初からブラッド・オレンジ号も参戦していたほうが、勝率が上がるんと、ちゃいますか」
骸が自信のある顔で告げる。
「おっちゃんよ。これは秘密だが、今回の戦いでレイトンの街にどれだけ被害が出るかわからん。だが、『冥府洞窟』の勝利は揺るがないのじゃ」
「その自信はどこから来ておるんですか?」
骸が澄ました顔で告げる。
「見ておれ。明日になればわかる」
「わかりました。ほな、心配はしません」
「それと、おっちゃんよ。御主は戦いが始まったら、決してブラッド・オレンジ号を離れるでないぞ。これは厳命じゃ」
「しかと心得ました」
骸はそのあと船長のドロゴランを呼んで、明日の作戦を伝える。
だが、おっちゃんには作戦が知らされなかった。
翌日になると、街が慌しくなる。
レイトンの守備隊は港に配備され、艦隊が負けた時の決戦に備える。軍艦三隻が、災厄の蟹を封印した海中の神殿を、三方向から取り囲む。
港と神殿が一直線上になるように距離を置いてブラッド・オレンジ号と、『タタラ大洞窟』の海の怒り号が配置に就く。
神殿と港が三百m離れており、神殿とブラッド・オレンジ号は四百m離れていた。
おっちゃんとドロゴロンは、甲板の上にいた。
水夫のクロコ族が、真剣な顔で告げる。
「ドロゴロン船長。ミンダス島側から通告があった、封印を破って祭器を取り出す時刻です」
悠々たる態度で、ドロゴロンは発言する。
「そうか。いよいよ、始まるな。『海洋宮』『ラタン砂塵宮』『ダブダル廃城』だけで、どこまでできるか、見物だな」
(何や、『冥府洞窟』は余裕やの。災厄の蟹を甘く見とるんか。だとしたら危険やで)
八分が経過すると、神殿のある場所から波が立った。
海底から高さが二十五m、幅五十mの青い大きな毛蟹が現れた。
毛蟹を囲む軍艦から矢と魔法が浴びせられる。
おっちゃんは『遠見』の魔法を使って、状況を見守る。
毛蟹は軍艦に近づき鋏を振り下ろし、軍艦の側面を叩いていく。魔法も矢も、毛蟹には当っているが、毛蟹は攻撃を、ものともしない。
そうしているうちに、一隻目の軍艦が沈んでゆく。
(これは、毛蟹の怪我が再生しとる。あかん。あの巨体で再生能力持ちなら簡単に倒せん)
「加勢しなくて、ええんですか、ドロゴロン船長? このままでは、各個撃破されます」
ドロゴロンは尊大に構えて発言する。
「加勢はしない。奴らは、骸様の呼びかけを拒否して協調を拒んで、独自路線を採った。なら、意地を見せてもらう」
そうこうしているうちに、二隻目の軍艦が沈む。
三隻目は逃げ出そうとした。だが、巨大な軍艦を素早く操作することもできずに、毛蟹の追撃を受けて、沈められた。
三隻の軍艦を沈めた毛蟹は勝ち誇ったように鋏を振り上げて喜ぶ。毛蟹はいい気になったのか、残りの敵も沈めようとこちらに向かってきた。
「ドロゴロン船長。毛蟹が、こっちに向かってくるで」
「船首砲、用意!」ドロゴロンが、威勢よく宣言する。
巨大な髑髏の船首像が左右に分かれる。中から、砲座に固定された兵器が現れた。兵器は龍の頭を持ち、全長は三m、口径四十五㎝の、赤い筒状の形をしていた。
船長室が開いて、真剣な顔をしたエウダが姿を現した。
ドロゴロンがエウダに、恭しく頼む。
「暴食の魔女エウダ様。どうかあやつの弱点をお示しください」
エウダが『弱点看破』の魔法を唱えると、蟹の眉間が光った。
骸骨の水夫が、大声で叫ぶ。
「獄炎弾装填完了。ドラゴン・ソウル・ウエポン、起動します!」
すると、船首砲の眼が光った。
おっちゃんの頭の中に、青年の声がする。
「祖龍の血に選ばれし者よ、私を使いなさい。我らに逆らう愚かな敵を、共に滅するのです」
「何や、これは? 兵器が喋っとる。兵器が使えと囁いておる」
ドロゴロンが威勢よく促す。
「おっちゃん、ドラゴン・ソウル・ウエポンの出番だ。これで、あの蟹を撃つんだ」
蟹との距離は百mを切っていた。
(あかん! これは、ここでやらんと、やられる)
おっちゃんはドラゴン・ソウル・ウエポンに付いている台座に座り、砲身を調整する。
エウダが着けた弱点の光を狙う。引き金を引いた。
しゅぼすううううう、辺りの空気を一気に吸い込む音がした。強烈な熱線が放たれる。
熱線が毛蟹の眉間を貫いた。毛蟹の頭は発生した熱により瞬時に沸騰して、激しく弾け飛んだ。
毛蟹の身が飛び散るなか、ドロゴロンは歓声を上げた。
「やったー。ドラゴン・ソウル・ウエポンの実験は成功だ」
エウダが素っ頓狂な声を上げる。
「せっかくの蟹味噌が吹き飛んだ!」
ドラゴン・ソウル・ウエポンは、激しく発熱していた。
あまりの熱さに、おっちゃんは座っている砲座から転げ落ちるように逃げた。
発熱は凄まじく、砲座を焼き、火災を発生させた。すぐに海水が汲まれて、消火活動が開始される。
おっちゃんはドラゴン・ソウル・ウエポンの威力に戦慄した。
(何ちゅう威力や。弱点を射抜いたとはいえ。あの強大な化け物が一撃で沈んだで。これは、人間の手に渡せん武器や)
2018/05/24に『おっちゃん冒険者の千夜一夜』の二巻が発売します。




